2. 悲しさばかりだったあの子のプレイリスト
ジョンレノンとポールマッカートニー。
J・マスシスとルー・バーロウ。
リアムギャラガーとノエルギャラガー。
もしもあるバンドの中に価値観の違う天才が二人いるとしたら、衝突してしまうのは避けられないし、最悪の場合、長年続けたバンドも解散しなければならない。
これは悲しい話なのだけれど、この世には絶対に分かり合えない人や価値観、考えがある。だからこそ醜い争いは世界中で勃発してしまうし、思春期真っ只中の中学生が両親や先生に対して反抗心をぶちまけてしまうし、国内ではチョコレート菓子の天下を巡って、里と山の派閥争いが未だ続いている。
それにぶつかったときに最も被害を最小限に抑える方法は、そのどちらが「間違い」だと認めて、諦めて、逃げて、消え去ることだ。
――私がそれに気づいたのは中学二年生の頃だった。
金曜日の午後四時半頃、空はうっすらと橙色が被さっていたときのこと。放課後に自習という面目で居残っていた私は、お揃いの紺色のジャージを着た生徒達がグラウンドを外周する姿を二階から見下ろしていた。学校の鐘が完全に鳴止むと、吹奏楽部の「We love music」という大きな掛け声が遠くから聞こえてくる。それを耳にすると、「青春だなぁ」なんてポツリ呟いて、そっと瞳と鼓膜を塞いでいた。
ただただ疑問だったのだ。音楽が大好きな人が、円陣まで組んで半ば強制的に「大好き!」なんて叫ぶのか。
私は本当に音楽が好きだった。音楽が精神安定剤だった。何かを手に入れたくて、それでも何も持つ力が無かった私は、聴いている音楽ひとつにそのアイデンティティの全てを託していた。そしてそれは、ポジティブな流行りをスカしたような、ただただ音が沈んでいく虚げなものだった。だからこそ、「元気」とか「勇気」だとか、その他諸々の似た感情を口に出して、それを表現するものには全く心が動かなかった。
きっと私の心が幼くて、そんな「楽しい音楽」にまだついていけないことを知っていたからかもしれない。だから「音楽が大好きだ!」と叫ぶ掛け声を、そう言いながら汗を流す同級生の影を、腕を捲って焼けた手首を見せる女の子の姿を、私は無意識に避けるようにして歩いていた。
この世には絶対に分かり合えない人や価値観、考えがある。それがいつか衝突するのを避けるために、私は「消える」方を選んだ。
私が胸をうちを叫ばずに、それを心の中で耐えられさえすれば、彼らは何も考えずに好きなだけ音楽を楽しんで、何事もなかったように綺麗に卒業する。私がその一瞬を後悔するだけで、戦争も解散も、醜い言い争いだって、何も起こらない。
だけど、そこで生まれた怒りも後悔も妬みも、音楽が全て消し去ってくれる。綺麗事でもなんでもなくて、嬉しいときも悲しいときも、そこにはいつも音が鳴っているから。
そしてこれからは、その聴きまくった音を、共に語れる友達がいる。仲間がいる。私を支えてくれる女の子がいる。
明日はその子に会いにいく。
どんな話をしようか。
どんなお店に入って、どんなものを食べようか。
レコードショップでは、どんな音に出会えるのだろうか。知らない音を聴いた彼女は、どんな表情をするのだろうか。
ただ会ってしまうだけじゃつまらない。だから、もしも会えたら何を話そうかなって、そんな妄想を重ねる時間の方が好きだ。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
世界が終わる前に、少しでも二人で話していたい。
耳にこびりつく管楽器の音を振り払うように、私は一歩一歩きっちりと足音をたてて、学校の門を後にする。
気づけば七月が始まって、二日日が経とうとしていた。
♦
その翌日は七月三日土曜日。ニルヴァーナに会う約束をした日で、尚且つ初めて塾をサボった日だった。来週の期末テストを前にして、気持ちが重くなるのを少しでも忘れたくて、彼女と一緒に過ごす時間を楽しみにしていた。
――見つけた。ソニーのヘッドホンに、WAVEの紙袋。
肩口でぴったりと切り揃えられた小豆色の髪から、柔らかな陽の光を透けて見えている。ヘッドホンを首からぶら下げた彼女の横顔をまじまじと凝視すると、人目を気にせずに飄々としている黒猫みたいな風貌になっているのに、私を見つけた瞬間にすこぶる明るい笑顔になって、にっこりと微笑んでくる。私はというと、他人の目線が気になるので、気まずそうに愛想笑いを浮かべて、小さく右手を振った。
「やっほぅ、千尋」
「……なんかごめんね。待たせちゃった?」
私がそういうと、彼女は首振りする子犬みたいに首を横に振る。
私は彼女がいいけれど。
彼女はこんな私の何が良いのだろう、ほんとに。
「うん。今日はよろしくね」
「会いたかったー」
「私も」
「ぎゅー」
「……暑苦しいからやめて」
「うー」
「うーじゃない。ぎゅーもだめ。やるなら、じー、にして」
ニルヴァーナは、じーっと私の方を見る。
「というか、なんで今日も制服なの?」
「……塾行ってないのバレないように」
「千尋っていつもどんな服着るの?」
「普通のTシャツとか」
「ふつーてなんやねん」
へなへなな関西弁が可愛らしい。
もしこの世にカートコバーンが生きていたら、多分瞬殺されていたと思うけれど。
「あなたが着てそうな服」
彼女のコーデは子供っぽいあどけなさが残っているにも関わらず、一つのファッションとして成立していた。イエローとブルーのバイカラーのタンクトップと、裾がプリーツのデニムのミニスカート。足元はオフホワイトのオールスター。はっきり言って、私はこんな服持っていなかったけど。
「似てる服を着てデートするってことは、私達ってベストカップルじゃない?」
似てる服というけれど、いたってありふれている服なだけだ。ベストカップルというけれど、そんな関係はこの街にミジンコ並みに多く存在している。
「そんな関係じゃないでしょ……それにおしゃれとかよくわかんないし」
おい。それは東京の女の子が絶対に言ってはいけない死語だ。と言いたくなる気持ちも分かるが、まあ、時代が時代で、年齢が年齢だ。当時はお金も娯楽もSNSもない。それらをイコールで結びつけると、不愛想な中学生にはファンデーションもネイルもカラーコンタクトも必要なかった。
「……古着でも買わない?」
「……私、今二千円しか持ってきてない」
「じゃあ来週かなあ」
「じゃあ今日は何するの?」
「……お腹空いた」
「そうやねぇ」
「私、美味しいお店知ってるよ!」
昼下がりの渋谷は、相変わらず人の波に溢れていた。私たちはその中を抜けようとする。
彼女が動くたび、スカートの裾がふんわりと揺れていた。
「手、繋いでて」
彼女の汗ばんだ手を握る。あんまり知らない人の手を握るのは緊張する。
だけど、それだけじゃない。
慣れた道のりを進んでいるから、どこに何があるとか、ほとんど分かる。
何か、嫌な予感がする。
「ここがいい!」
彼女が指さしたその向こうには、大きなフライドポテトの立体看板。
そのすぐ下にはカタカナで「マクドナルド・ハンバーガー」と表示されている。この街のベストカップルくらいにどこにでもある黄色いM字と赤い背景色の看板の向こうには、陽に照らされてほんの少し色あせたハッピーセットのおもちゃ達が無邪気な笑顔を浮かべてディスプレイに並んでいる。少しだけ風が吹き抜けて、ガラス越しに反射する光がちらつく。その奥、カウンターの向こうでは、忙しなく動くスタッフたちが、まるで作業に追われるように揃った動作で客を迎え入れていた。
まあいいか安いし、と思いながら入店する。
当時のこの店の素晴らしいところは、店に入ったときの、ポテトの揚げた香りだけじゃない。なんと言っても、ワンコインでフィレオフィッシュとポテトとコーラがトレーに並ぶところだ。
テーブル席に戻ると、「魚なんて大人っぽいね」と彼女が言った。
「脂っこいものは苦手なの」と私は返した。
彼女のオーダーはダブルチーズバーガーにポテト、ベーコンポテトパイ、それとチョコレートシェイク。
それが悪いとは言わないけれど、胃もたれしそうなものばかりだった。
「ポテトにシェイクつけて食べると美味しいんだよ」
「……えっ、やだ」
「……そんなに変?」
「……うん」
「えー」
「ベーコンポテトパイも、夏には暑いし」
「あのね千尋。ベーコンポテトパイは今世紀随一の発明品なのだよ。言ってしまえば、全人類が待ち望んだ、一つの到達点なのだよ」
なんてアナログな発明品なのだろうか。もうすぐ世界が終わるのに、そんな炭水化物が人類の最後の叡智になっていいのか。
「何よその、駅前にあったタイタニックの広告みたいな表現は」
「えー、でも美味しいじゃん」
「……まあ、それはそうだけどさ」
「……納得できないなら、パイ、一口あげるけど」
「うん。ほしい」
「あーん、して」
「ん」
「どう?」
「おいひい」
「ねっ、誰かと食べると、すごく美味しいでしょ。だって、一人じゃないんだから」
すごく変な話だけど、私はそれを聞いてすごく泣きたくなった。今にして分かったことだけど、それは悲しいとか、寂しいとかじゃなくて、きっとすごく幸せだったんだと思う。
「そう、やね」
瞳の奥の涙を隠すために、震えた声を出した。
「どしたん」
「……フィレオフィッシュが、優しい味がするから」
「はあ」
彼女は目を細めて私の顔を見つめる。小さな笑い声が漏れ、その無邪気な表情は私の胸を締めつける。
「……千尋、さっきから変だよ。ジャンクフードに優しい味って、そんなの普通言う?」
彼女はからかうように言いながらも、私の顔をじっと見つめ続ける。その視線が私の心の奥にまで届いてくるようで、言葉を失いそうになる。
「だって、本当に優しいんだもん……」
うつむいてフィレオフィッシュをかじる。食べ物に逃げ込むしかできない自分が少し情けなくて、でも彼女の前では隠しきれない感情があふれそうで怖い。何かを言わなければならないと感じつつも、胸の中がぐちゃぐちゃになっていて、何を言えばいいのか分からない。
そのとき、彼女が私の手をそっと握った。汗ばんだ、少し暑苦しい手の温度が、水滴で冷えた手を包む。
「千尋、ねえ。今、何か抱えてるんじゃない?何も言わなくても、顔に全部出てるよ」
その温もりが、私の心をゆっくりと溶かしていく。今にも泣きそうな気持ちだったけど、涙をこらえながら、彼女を見つめた。
「私ね……」
言いかけた言葉が喉で詰まる。言いたいことはたくさんあるのに、それが言葉になる前に消えていく。全部伝えたいのに、思考の蔦が絡まって空回りして、何も言えない。
どうしてこんなにも彼女の前だと言葉が重くなるんだろう。
彼女は、私が何も言えないのを見て、優しく微笑んだ。そして、少し間を置いてから、そっと耳打ちするように言った。
「千尋、何があっても、私はずっと一緒だから。だから、無理しなくていいんだよ」
その言葉に、私の心が一気に揺さぶられた。ずっと一緒、なんて、そんなことを言われたのは初めてだった。
「……ありがとう」
その言葉しか出てこなかった。
はっきり言って安っぽかった。
ドラマにするにはあまりにも陳腐で、普通すぎる言葉だった。
でも、それで十分だと感じた。彼女が隣にいるだけで、私はこんなにも安心できるんだと気付いたから。
こんなに素晴らしい愛が、たった五百円で買えるのだから、やっぱりマクドナルドは世界の救世主で、フィレオフィッシュは優しさで、ベーコンポテトパイは今世紀随一の発明品なのかもしれない。
「ポテトもあげよっか?」
「うん。いらない」
素晴らしい愛を手に取りながら、先端が茶色に染まった得体のしれないフライドポテトを強く拒んだ。
♦
HMVでCDの試し聴きをして、109の中を何も買わずに探検していると、もうすっかり空は暗くなっていた。
晩ごはんに遅れて怒られるかなあ、と思っていると、ふと彼女がイヤホンの片側を差し出してきた。
「ウォークマンに入れてきたから、一緒に聴こうよ」
私は左耳にそれを入れる。
伝わってくる彼女の耳の生温さ。人の知らない体温を感じるのは、なんだかむず痒い気持ちになる。
「耳、あったかいでしょ?」
「変なこと言わないでよ、もう」
「ほんとはうれしいくせにぃ」
「……流してよ、早く」
MDウォークマンから流れ始めたのは、彼女のプレイリスト。プチプチと小雨のように流れるノイズの粒子に乗せて、一曲目「ウォークスローリー」が流れる。曲が流れていた間、言葉はほとんど交わさなかった。
肩が触れ合うほど近くにいるはずなのに、どこか遠い存在のように感じていた。何か言いたくても、その言葉が見つからない沈黙の中で、曲だけが流れていた。
彼女がようやく口を開けたのは、四曲目の「マイガール」が流れたときだった。
「この曲、アルバムの中で一番好き」
「雨の日にぴったりだね」
「いや!青空の下で聴く曲だよ!夏の純度百パーセントのラブソングだよ!」
「歌詞からして、雲で霞んだ空の下で、コーヒーを飲みながら聴く失恋歌でしょ」
「このアコギサウンド!海辺を走る電車の中で聴く以外に、どこで聴くと言うの!?」
非常に残念だけど、この世には絶対に分かり合えない人や価値観、考えがある。
「……分かった。もう、私の負け。雨の日の曲じゃない。これは、夏の晴れた日の曲だよ」
それにぶつかったときに最も被害を最小限に抑える方法は、そのどちらが「間違い」だと認めて、諦めて、逃げて、消え去ることだ。
「……分かればよろしい」
私は敗北した。その負けを認めるのは、なんだか心地よい悲壮感があった。世界が終わるときも、こんな悲しさで満ち溢れているんだろうな、と思ったりした。
そんな私の心の奥底には探ろうともせず、真っ暗な夜空の下、彼女は満面の笑顔で二番のAメロを口ずさんでいる。
彼女は特別に歌が上手なわけではなかった。だけど、その声は綺麗に澄んでいた。
原曲よりも二つくらい高いキーの歌声は、小鳥が囀るようにか細くて、鋭い針で刺すと弾けて割れる風船みたいに、少し触れるだけで消えてしまいそうだった。
飽き飽きするくらいに長い灰色の夜。その中で、雨上がりの空に光を翳すようなメロディーに、ただ高い空に飛んで消えていくような、問いかけても何にも聞こえない歌詞をのせて。遥か北の青い森で生まれたか弱いセレナーデが、遠い夜空の向こうへと消えていく。
その日の夜、駅に戻るまでの間、渋谷センター街の隅を歩いていた。カラーギャングに怯えながら、二人歩調を揃えて、愛の歌を聴いていた。
私たちだけの、ひとつも愛情なんてない、空っぽな愛の歌を。
感情を誤魔化すためだけの、無意味な言葉を。
曲の再生が終わると、私は言った。
「綺麗だね」
そうだ。私が負けた理由はただ単純で、彼女が眩しくて、綺麗すぎたからだ。
それは悲しいけど、だからといってそれを変えたくはない。
「誰のこと?」
「あなたしかいないでしょ?」
「そう言ってくれる千尋も綺麗だよ」
「……ベタだなぁ」
「そんな普通がいいんだよ。二人できっちり二人占めできるくらいの、ありふれたような普通が。もしも明日、音もなく世界が終わるとしても、今日はただありふれた生活を、ただ当たり前のように送っていきたいんだよ」
「……時間、大丈夫?」
「もうちょっと、ここにいたい」
「……来週の目印は?」
「オリーブ色のバケットハットに、リーバイスのTシャツ」
「そっか。来週、古着屋だったね」
「小指、ちょっと貸して」
「なにするの?」
「ゆーびきーりげーんまーん」
「やっぱり普通だね」
「キスの代わりと思えば、特別だよ」
キス。その二文字発せられるだけで、胸がドクンと高鳴る。
「エッチ」と私が言うと、ニルヴァーナは「ヘへっ」といじらしい薄ら笑いを浮かべた。
「また会おうね」
「うん。来週、ね」
大人になんかならなくたって、理解できるものがあるはずだ。
だから世界なんて今すぐに終わってしまっても、私は幸せだ。
若気の至りに入り浸っていた私は、彼女と過ごした日々をそんな風に思っていた。
♦
私たちが過ごしたひと夏は、「青春」という名のベストアルバムにも選ばれずに、シングルカットにもなれずに、ただひっそりと、裏に這いつくばったB面の中で息をし続けていた。
「眩しすぎる日々はよく分からない」と思いながら、みんなの持つ明るさを拒んだ。他人に馴染めず、孤独とともに過ごす毎日の中で、それでも誰かと過ごしたかった。笑っていたかった。
そう思ってようやく出会えたニルヴァーナはよく笑い、よく食べて、よく歌う少女だった。
健康的で文化的な最上級の生活という、何ら不満のない送っていたように見えたけれど、彼女が歌うのは、いつも悲しい曲ばかりだった。
あるときはAIRの「トゥデイ」だったり、またあるときはグレイプバインの「スロウ」だったり、その次の週は中村一義の「永遠なるもの」だったりした。「ちょっと散歩しよう」と言って、歌舞伎町一番街の中を揶揄うみたいに椎名林檎の「歌舞伎町の女王」を歌いながら二人歩いたし、行きつけのレコードショップで「良い曲見つけた!」と言って聴かせてきたのは、サニーデイ・サービスの「そして風が吹く」だった。
彼女が教えてくれたほぼ全ての曲は、もうすでに知っていた。けれど、そんな曲たちを満面の笑顔で私に教えてくれる彼女の表情を見る度に、私の心の中には知らない感情ばかりが生まれていた。
愛情なんて微塵も込められていないファストフードで、感情を左右される脆い心を持った私が本当に必要としていたのは、吹奏楽部の「We love music」の掛け声でも、「俺は音に生かされている」という視聴覚室のギター少年の心の叫びでもない。きっと、悲しみを直向きな笑顔で歌い続けていた、あの子のプレイリストだった。
自分が生きている今日という瞬間は、数えきれない過去の積み重ねの上に成り立っている。私は、今という瞬間を笑いながら過去を懐かしむ、そんな小さくて惨めな生き方を望んでいるのかもしれない。苦しさがどうしても消えなかった日々、まるで自我が薄れて崩れてしまう寸前だった頃、そんな時期に生きていたことは、特別でも美しくもなかった。ただ、無為な日常が続いていただけだった。
だからこそ、あの頃の何気ない会話や、ただの食べ物が、記憶の隅に消えることなく留まり続けている。そんなあまりにも当たり前だった日々の欠片を、私は希望と呼びたい。ありふれた一瞬でさえ、過ぎ去る時間の中で、どこか光を帯びて残っていく。うつらうつらと自意識が朧げになりながらも、その冷たさの中に確かに感じた歌声の温もりを、ストロベリームーンの照らす街角で、ほんの少しだけ思い出していた。
憂鬱な夜を食い荒らすように生まれた思い出は、嬉しくて、眩しかった。だけど、それら諸々の感情も、一秒後には全て無に帰す。蛇口から流れる水のような悲しさが、心の隅で流れている。
もう側にはあの子がいないし、あの子の歌声だって聞こえない。幾らでもあるような夜の静けさに寂しくなって、私はちょっぴり笑った。
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