第2話 空耳は耄碌のはじまり

 事務所を出てすぐには駅前ダンジョンの1階層が広がっています。


 何とかいう野球場と同じくらいの面積があるのだとか聞きますが目の前にあるのは岩をいたような壁、実際には体育館から教室ほどの空間が広がりそれがいくつも連なってその合計としての広さがそれだけあってそれによって階層を形成しているという訳です。


 細かく仕切られている訳ですから閉塞感しかない訳でして、開放型ダンジョンに人気で負けるのも致し方ないなと思い至る訳です。迷路型よりかはいくらかましだとは思いますが。あっちはずっと幅が広めの廊下が続くだけですからね。


 そして光源は謎の光る苔が至る所に自生していて、新聞を読むにはちょいとつらいが獲物を狙うには十分という絶妙な明るさを保っています。


 この個別の空間を回廊で繋ぎ光る苔が照明を担っているという典型的な洞窟型異界が駅前ダンジョンと言う訳でして、私たちはその中を2階層へと向かって移動している訳です。


「アレ、見てくださいよ、俺らと違ってまだ初級の諸君がロード―に明け暮れてるっスよ!」

「安藤君、君たちだってつい先週までその中にいたんですから指さしちゃいけませんよ」


 ゴブリンスレイヤーズなんて名前を名乗っているクセ、ゴブリン相手に頑張っている同業者を見下すのは止めましょうね、無用な敵を作るだけなんですから。君たちは駅前ダンジョンのアイドルなんですから言動には要注意、ですよ。


 1~2階層はゴブリン、コボルト程度しか出没しないのでまだまだ腕に身の覚えのない初心者クラスの初級探索者がちらりほらりと見かけるばかりです。


 私たちは、初級探索者たちからは畏怖の念で遠巻きにされゴブリンやコボルトたちは愛娘まなむすめとの格の差に一目散に散っていきますので話相手のいない寂しい旅となってしまいます。今日は物怖ものおじしないにぎやかなイケメン三人に囲まれてますが。


 そして3階層との境界である石段まで来ると事務所へと帰っていく、そんなルーティンがこのダンジョンに居続ける10年の間に形成されてきたという訳です。


 ここにいると外で嵐が来ていようと地震が起きていようと空間が違うとかで何の影響もありませんから探索者の数や入ってくる時の服装で季節やイベントを推し量るしかない、だから変化に敏感にならざるを得ないのですよ、ええ。


「じゃあ」

「雑魚に絡まれなかったから時短セーコーって事でありした!」

「はぁ、ジョー不破ももっと言う事あるだろ?タケ安藤にしたって口が悪いのどうにかしてくれよ。

 さん、すいません。よく言い聞かせていますから」

「ははっ、明智君、安藤君が大人しくなったら迷宮氾濫オーバーフローのサインかも知れませんから注意も程々にして用心して行って来てください。それではご安全に(出来れば支配人って呼んで欲しいんですが)」

「「「ご安全に!」」」

【おーい】


 3階層への石段を前に引き返そうとした時、何か声を聴いたような気がしました。


「今、何か声がしませんでしたか?」


 いぶかしげにかぶりを振る愛娘。小鬼の天敵ゴブリンスレイヤーズにしてもキョトンと私の方を見るばかりで娘の方が耳も数段良い事をかんがみるともしかして空耳だったのでしょうか?


【おーいってばぁ】


 私だってまだ50代なんですから年を取ったとはいえまだまだ耄碌もうろくしたとは言わせたくはありません、とにかく声がしたおぼしき方向へと意識を飛ばしてみます。


 現役時代からずっとポーターをやっていましたので自己防衛の為にも現状の解析能力は必須でした。そしてそれは気配探知というスキルとして結実し、私を今まで生かし続けてきてくれたのです。


 そのスキルは私にこう告げています。


  ――探索者もモンスターも目の前の娘たち以外は誰も隣の部屋まで存在しない――と


「私も焼きが回ったんでしょうかね・・・空耳を起こすなんて」

【よんでるってばぁ】

「忙しかったでしょう、他所のダンジョンが世界初の制覇されたのやらでここんとこ新規さんが多かったですからね」


 肩を落とす私を娘は優しく包んでくれます。イケメンの明智君なんかに慰められても全然癒されないのは内緒ですよ。


「いつだって君は優しいんだね」

【すこしははなしをきいてってばぁ】


 愛娘は何時いつもの様に静かに微笑んで肩をすくめました。空耳がうるさいのは気のせいなんでしょうね。幻聴なんてお迎えが近くなった証拠じゃありませんか!年を取ったとはいえまだまだ50代なんですから鍛えれば若手とタメは張れなくてもいいトコの勝負が出来るかも知れないじゃないですか。今すぐ小鬼の天敵ゴブリンスレイヤーズとやり合うとかじゃなければですけど。・・・ポーターに期待はして欲しくは無いんですが。


 何かがさわさわと私の背中を撫でていきます。きっと相棒の尻尾なのでしょうね。私を勇気づけてくれる積りなのでしょうね。


 出会った頃は吹けば飛ぶよな子供だったくせにね。いつも優しく慰めてくれるいい娘なんですよ。


【うぉぉぉぉい!!!あたいをむししちゃうとかしんじらんないよぉ!!!】


 ・・・最近の空耳って怒鳴ってくるんですかね?さっきからずっと煩くって仕方ないんですけ怒!!


「煩いって思ってるのは私だけなのかな?」


 愛娘は眼を見開いて首を振ります。もちろん、私がこのが騒がしいだなんて思った事なんて今の今まで1秒たりとありませんから!

 

「君の事じゃないから安心しなさい、君が騒ぐなんて事はしないって事は私が一番よく知っていますからね。

 実を言うとですね、さっきからどこからかコバエが纏わりつくみたいにしつこく話しかけてくるのがいてわずらわしいってだけの事ですからね、君と私は死ぬまで一緒なんですから気にしないで欲しいんだよ」

「お熱いのはいいですがやっぱお疲れモードじゃないんですか?」

【ちゃんときこえてたのね!

 おへんじしてくんないからきこえないのかってしんぱいしちゃったよぉ】


 どうやら今度はみんなにも聞こえたらしく、娘はさっと鋭い視線を周囲に配って短鎗を構え、イケメン三人組も今までのだらけた態度をかなぐり捨てて警戒を始めました。


 我が愛娘は、普段の乙女チックなイメージはどこへやらすっかり歴戦の勇者に早変わり・・・なのでしょうか。


 しかしどこの誰なんでしょうか、こんな誰もいない筈の空間で話し掛けて来るとかオカルトみたいで嫌なんですけど・・・そう言えばここは何でもありのダンジョンだって事を忘れていました。


 魔法で火を出す水を出す、斬撃を飛ばして見せる、手を使わずにドロップ品を収拾できる、敵である筈のモンスターさえもテイムして心を通わせる。


 そんなダンジョンから出たならほとんどの事が出来ない筈なのにこの中にいると苦も無く発動できる。それがダンジョンなんです。


「どこのどなたか存じ上げませんが私たち、いえ私に、しがないポーターでしかない私に何用でしょうか?

 御用の向きをおうかがいできれば幸いですが」

【しがないポーター?なんで?ユニークをテイムしてるのにまだポーターなの?

 ずっとおそとにでずにここにいるのはなぁぜ?

 『初めての探索者』は『始原の覇者』になってるのに『初めての強者を従えし者』はまだまえにいかないの?】


 矢継ぎ早に来る謎の声からの質問で、私は段々とパニックに追い込まれて行くのでした。

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2024年12月28日 10:00
2024年12月29日 10:00
2024年12月30日 10:00

テイマーもどきはダンジョンを出られない 虎と狸の蚊は参謀 @center2

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