最後の希望は隣に光る

「──それで、これとこれを合わせると一気に打点を形成してアドが取れるようになるから、最後にアタトリでこのスペルを撃ちつつ次ターンまで相手のスペルを禁止できるって感じ」

「良く出来てるなぁ~これ。よく一時間で作れたな、このデッキ」

「ふむふむ、なるほど」



 試合が始まるまでの間、俺たちはストレージコーナーで借りたデッキの回し方を制作者から学ぶ。


 隣にいるラフラも角矢のレクチャーを聞いており、即席とは思えないコンボ性を秘めたデッキに感心している様子。

 本当に理解してるのかよ。ま、使うのは俺だし何でも良いけど。


「でしょ~? 前から作ってみたかった物なんだけど、他のデッキ優先してたから後回しにしてたんだよね。こっそりパーツを店のストレージに隠してたんだ。誰にも取られて無くてラッキー♪」


 素直にすごいと言わざるを得ないこのデッキ。流石は角矢だ、デッキビルド力も高い。

 想像以上に回しやすいことも分かり、これなら俺の最悪な引き運でも何とかなる気がしてくる。


 ま、過信は出来ないけどな。

 こういうのは大抵、他人作のデッキは回らないというジンクスでぶち壊されるのがオチだ。


「何であれ一度使用感を確かめたい。まだ時間もありそうだから、角矢、一回やらないか?」

「ふふ、そうこなくっちゃ! 集児くんにも私の会心作を見てもらいたいし」


 ジンクスを突破するためにはデッキに慣れるが一番の対策。

 一人回しよりも実践的な方法である対人練習で使用感に慣れる必要がある。


 幸いにも本戦試合は長引いているようで、最速で試合を行えば一試合分は出来そうだ。


 会心の出来映えと太鼓判を押す新作デッキも気になるところ。

 あの構築でどんなことを起こすのか、コレクターと言えども気になる。


「こういう時に店員特権が役に立つ! そこのテーブルでやってみようよ。ここの店長に事後承諾すれば何とでもなる!」

「中古とはいえ商品の上でファミスピするのはマナー悪い気がするけど、他に場所も無いし、仕方ないか」


 角矢が指差すのはカードコーナーのすぐ横にある大型家具のコーナー。


 そこにはカードゲームをするにはもってこいなサイズのテーブルが鎮座していた。これで紙をしばくという。


 いくら店員特権でもそれはアリなん? そう思ってしまうが時間も無いので責任は角矢に負わせることにして了承。


 早速そのテーブルでバトルの準備を始める。普段の引き運の悪さを払うが如く入念にシャッフルをする。

 ……のだが、ここで起きてはいけないアクシデントが発生してしまう。


「……あれ? んー……、うん!?」

「どうした?」


 それが起きたのは角矢。ショルダーバッグの中身を漁りながらデッキを探している模様。

 だがいくら漁ろうとも小さな内容量のバッグでデッキが見つからないなんてあり得ない。


 最終的にドバッとバッグの中身をテーブルにひっくり返し、ポケットなどの中も確認。そして疑惑は確信に変わる。


「デッキ……無くしたかも……」

「え、ええ──!?」

「ええ──!?」


 青い顔をした角矢はそう呟く。その衝撃的な呟きは、俺とラフラに全く同じ反応をさせた。


 デッキを無くしたって、お前……な、何やってんだ!

 それ致命的ってレベルじゃないだろ! デッキを持たないカードゲーマーがどこにいるんだ!


「最後にデッキを出したのはファミレスだから、あそこに置いてきちゃったんだ。料理が来たタイミングで雑にしまったから、バッグに入れ損ねたんだ……」

「おいおいおいおい! どうすんだよ、すぐそことはいえ一往復する間に何試合終わるか分かんないんだぞ!?」


 この非常事態に俺も焦るのは当然。何しろ俺が試合に勝つことに可能性なんて一切考えていない。


 俺は角矢に全てを賭けているんだ。だから、その賭けている人物がデッキを無くしたのは致命傷レベルの出来事。

 もしそのまま紛失なら優勝は不可能。またしてもエンバーニアとの約束を破ることになる。


 あまり非難はしたくないが、ここで角矢の迂闊さが出てしまうとは……!

 神がこの世にいるのだとすれば、とんだ試練を出してくれたな!


「~~ッ、このデッキを使え! どうせ俺がやっても勝ち目は薄いんだ。お前が作ったデッキなんだから回せるだろ?」

「で、でもそうなると優勝する保証は出来ないよ? 私、あのデッキで勝つことを考えてたから、あれ以外を回せる自信が無い。やるならもっと研鑽させないと……」


 こうなったらと、俺はこのデッキを角矢に返す選択を取る。

 しかし、返ってきた答えは事実上のノー。今の角矢にはこのデッキでは勝てる自信が無いのだという。


 研鑽……つまり、デッキの完成度を高めるということ。しかし、そんな時間は無い。


 いくら角矢がシードとはいえ、精々三十分前後が限界だ。

 ストレージやショーケースから必要カードを見つけるにはあまりにも時間が足りなさすぎる。


 つまるところ、角矢が確実に勝つには無くしたデッキを使うしかないということ。

 それを実現させるためには、ファミレスに戻ってデッキを取り戻してくる他方法はない。


 ここからファミレスの距離はラフラのスペルの有効範囲外なのは明白。俺に到ってはもうじき試合が始まる。

 となれば、残る方法はたった一つだ。


「……角矢、戻ってデッキを取ってこれるか?」

「デッキを忘れたのは私の責任だもん。それしか無いよ」


 角矢には一度ファミレスに戻って忘れ物を取りに行ってもらうしかない。

 本人もこのことについて責任を感じてるようだから、行くのは決定事項だ。


 デッキが紛失している可能性も考えられる以上、俺に出来ることは試合に勝ち進んで直接優勝を狙う他無い。


 正直絶望的な第二プランだが、今はそれ以外に取れる選択肢は無い。

 なんでこんなことになるかね。そんなに俺に優勝商品が渡って欲しくないのかよ、神ってやつは。


「分かった。じゃあすぐ向かってくれ。俺は……もしものケースを想定して、頑張って試合を勝ち進むから」

「う、うん! ああ、私シードで良かった……けれど集児くんの試合は見れないな。頑張って、応援してる!」


 不幸中の幸いなのは、角矢がシード選手だということ。

 参加者の中では最後に試合をするから、行き来するまでに使う時間には多少の余裕がある。


 急ぎで行って戻れば間に合う可能性は十分。残る不安要素はデッキが残っていることを祈るだけ。


 俺は試合に勝ち、角矢はデッキを持って戻る。

 お互いにそう約束をして、角矢は店を出て行った。




「各ブロックの第一試合が終わったので、第二試合を開始しま〜す。参加されている方はこちらへ来てくださいーい!」




「……腹くくるしかなさそうだな」


 角矢が店を出たタイミングで第一試合が終了したようだ。

 つまり俺の出番が来たってわけ。ううむ、不安だな。


 相変わらず勝てる自信なんて無い。いくら角矢が作ってくれたデッキとはいえ信用のしすぎは敗北を招く。


 足が重い。俺のトラウマ……ってほどではないけど、勝負に勝てないという経験が心を蝕んでいる。


「シュージさん……」

「ああ、大丈夫だ。俺は角矢を信じてる。信じれないのは俺の実力だけだよ。こればっかりはどうにも……な」


 本番を前に萎縮する俺に、ラフラが心配をしてくれる。

 推しにそんな顔をさせてしまうのは良くないな。反省の意を込めて、今出来る強がりをする。


 これでミスれば全てが終わる。エンバーニアの顰蹙を買って購入を拒否されればラフラのためにもならない。


 重圧……この感覚、カードゲームで感じて良いモンじゃないぜ。


「……シュージさん、提案があります」

「な、て、提案?」


 すると不意に、ラフラは意外なことを口にし出す。

 提案……? ラフラが俺に? 一体何をすると言うんだ? もはやスペルで何とかなるレベルではないんだぞ。




「はい。シュージさんの代わりに……!」




「んなっ…………!?」

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