第三弾『願い渦巻く決闘者たち』

本気のサプライズは意志をも揺らぐ

「そろそろ時間だな。行くぞ、ラフラ」

「も、もう少し見ていたいです……」

「忘れなかったら大会終わったらもう一回来てやるよ。今は我慢な?」



 スマホで時刻を確認すると、デジタル時計の数字は15時に差し掛かろうとしていた。


 大会の開催時間は午後の三時から。つまりもう始まる頃だ。

 約束通り角矢の試合を見守らねばならない。雑貨に気を取られるラフラを引っ張って会場となるカードコーナーへ行く。


 流石に開催時間が迫っているだけはある。先ほどよりも混雑していて、中々前に進めないな。


「お、来た来た。おーい、集児くん!」

「わり、お待たせ」


 人混みを避けながら進んでいくと、待ち合わせ場所のカードガチャ自販機の前に角矢が待っていた。


 俺の姿を見つけると人目も憚らず手を振ってくる。そうアピールしなくても見えてるよ。


「全然待ってないよ~。それじゃあ大会始まるから、早く行こうよ! ……と、その前に」

「ん? え、何?」


 自販機前に到着すると、待ち合わせした時出るような定型文が出てくる。まぁ、それはさておきだ。


 角矢は急にポケットに手を突っ込むと、そこから何かを取り出そうとしている。

 い、一体何を? 何を出すつもりだ?


「よいしょ。はい、これ」

「これは……デッキ? え、何コレ?」

「どうせ自分のデッキ持ってきてないんでしょ? それに言ったじゃん、サプライズって。即席だけどさっき作ったんだ。集児くんもこれ使って一緒に参加しなよ」

「ま、マジで……!?」


 う、嘘だろ……!? サプライズってそういうこと!?

 俺に手渡してきたのはまさかのデッキ。しかもご丁寧にカードスリーブも付けていて、やろうと思えば今すぐにでも始められる、


 もしかしてストレージを漁っていたのはこれを作っていたからか!?

 予想だにもしないガチのサプライズ。ただしそれは嬉しさより困惑が勝るものだが。


「ちょ、ちょっと待てよ! 約束と違うだろ! お前に助っ人頼んだのは俺がファミスピ弱いからなんだぞ。デッキを渡されても勝てないし、そもそも参加登録してないはずだ!」

「そうですよ! ファミスピが不得意であることを知った上でこんなことをするのは流石に酷です!」


 このまさか過ぎる暴挙に、俺は勿論のこと相手の耳に届くはずもないラフラも声を上げる。

 一体何を考えているんだ。わざわざ対戦相手を増やすなんて、それじゃ助っ人の意味が……。


「確かにこれは私の独断で決めたことだから、そういう反応になるのも分かる。でも約束したでしょ? 今日は私の言うことを何でも聞くって」

「ぐっ。そ、それは……そうだけど……」


 この唐突な展開は角矢自身も分かっているみたいだ。

 むむむ、それもそうだな。確かに俺は今日一日角矢の言うことを聞くと約束している。それが優勝賞品のトレード条件だからな。


 その条件を理由にして俺へ参加を強要するとは……。角矢、やはり策士だ。


「今日最後のお願いは私と一緒に大会へ参加すること。それにインターネット予約の時点で二人分の登録は済んでるから大丈夫。お願い、私と一緒に試合に出て。集児くんがどんな結果になっても、私は絶対に優勝するから」

「角矢……」


 少し納得いかない部分もあるが、そんな真面目な顔で言われてしまうと拒否しようにも出来なくなる。


 不正を好まない角矢のことだ。どんな理由でも良いから、他人に丸投げしようとする俺の姿勢に喝を入れたかったのかも。


 もしそうなら尚更受け入れるしかあるまい。

 俺のためにやってくれたことなら無闇に否定も出来ないしな。


「……分かった。出ればいいんだろ、俺も」

「……ふふん、その意気だよ集児くん! もし対戦で当たっても容赦しないから!」


 デッキを受け取ると、俺は参加の意思を示す。

 もう逃げられないと分かれば、挑む他に手段はない。覚悟を決める時が来ただけだ。


 この判断に喜びを見せる角矢。肩を俺の体にぶつけて気合いを入れてくる。いてぇよ。

 何はともあれやると決めた以上勝つつもりで行くが、内心勝てる自信なんて変わらず無い。


 願わくば初戦で優勝候補にぶち当たって負ければいいな、なんてひっそりと考えるなどする。



「これよりファミスピの大会を始めまーす。参加する人はカードゲームコーナーのプレイコーナーへ来てくださーい」



「ナイスタイミング。じゃあトーナメント表を確認しに行こ!」

「はいはい。角矢が勝てれば相手は誰でもいいけどな」


 ここで店員が大声でファミスピの大会の開催宣言をした。

 この一声で周囲のカードゲーマーたちの雰囲気が一変。一気にピリッとした空気感になる。


 俺たちも含むファミスピプレイヤーがぞろぞろと集まって、トーナメント表の確認を急ぐ。

 表には多くの参加者の名前が書いてあり、プライバシーに配慮してか全員ペンネームだ。


 インターネットでエントリーした俺たちだが、ペンネーム必須である以上本名は書けない。

 故にエントリーした本人である角矢に俺のペンネームを訊かなければ。


「角矢、俺のはなんて書いた?」

「えーっと『神シバキ』だったかな」

「『神シバキ』!? え、俺名前負けしてない?」

「まぁまぁいいからいいから。ちなみに私は『バゲバゲ』だよ。てことは順番は──」


 角矢ぇ……。俺にどんなペンネームを付けてんだ……。

 神シバキて……ネームバリューに対し本人の実力が伴ってなさすぎるだろ。


 角矢のペンネームも大概だけど、俺の比べると遙かにマシだ。

 なんつーか珍妙過ぎてもはや名前じゃなくないか? 俺のペンネーム……。


「お、集児くんはAブロックの4番目で、私はBのシードみたい」

「角矢はシードか。まぁ実力に見合った位置だな。てか俺はずいぶん早く出番が来るな……」


 表を確認するとこのトーナメントは2ブロックに別れており、最終的に各ブロックの代表で決勝戦を行う。


 参加総数は21人で一人余りは角矢……もといバゲバゲに割り振られた模様。

 何はともあれすぐに最初の試合が終わればすぐに俺の試合が始まる。


 今の内に角矢からもらったデッキがどんな物なのか確認しなくては……!


「角矢、このデッキの回し方教えてくれ!」

「おっけ~。じゃあ向こうに行こう」


 余裕たっぷりな角矢と共に、試合の様子が分かる程度に離れた位置で使い方をご教授してもらう。


 俺の実力じゃ勝てないと分かっていても、やるからには本気だ。

 最低でも試合として成立させるレベルで立ち向かわなければ相手方にも失礼だからな。


 それが大会に出る者の必要最低限のマナー。

 ここに集まっているカードゲーマーは全員本気だということを、俺は忘れちゃいないからな。

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