お昼ご飯はウキウキ・ウォッチング
「注文はこれで良い? じゃ頼むからねー」
「ああ、オッケーだ」
遊園地から離れ、電車で戻ること十分ちょっと。
俺たちは大会が開催される店舗からほど近い場所にあるファミレスへと足を運んでいた。
流石に昼時、客は大勢いるようだけど運良くすぐに席を取ることが出来たのは幸いだろう。
タブレット端末で注文を確定すると、後は料理が運ばれてくるのを待つだけだ。
「料理が来るまでに、今回私が使うデッキを見せておくね」
「ほーん、こりゃまた難解な構築で……ちゃんと回るの?」
「勿論。瀞磨さんからのアイデアを元に作った試作の現状最終調整版で、今日勝てたら完成って感じかな?」
注文した料理が来る間、角矢はカードゲーマーらしく今回の大会で使うデッキの中身を教えてくれる。
赤、青、黒の三色をメインカラーに据えたコントロールデッキ。
こんな構築はコレクター専門と言えども初めて見るぞ。一見しただけでは回し方が分からないな。
曰く瀞磨との共同制作のようで、その様子から察するにかなりの自信作であることが窺える。それのなんと心強いことか。
前にも思ったことだが、角矢は実力者だ。
そんな人が自信を持っているデッキなら安心して優勝賞品を勝ち取ってくれるのを期待できる。
しかし、そんな話の中、俺の視線はちょいちょい横の光景に引っ張られていた。
「んん~~!! すごい、全員のテーブルの上にあるお料理が全部違います! 全部が全部もやしじゃない!」
去り際の遊園地で見せた寂しい表情はどこへやら。
真横の光景とはラフラは新たな場所に興奮気味になって近場の席を覗いている様子だった。
というか俺ん家の料理がもやしばっかで悪かったな。
店で廃棄が出がちだから、節約含め勿体ない精神で食べてるだけだっての。
「糸状の物体にソースが掛かっている食べ物……これがパスタですね! それにあそこにある平たい円形はピザ! どれもテレビで見たことがあります! す、すごいです、ファミレス!」
しきりで隔てられた空間に文字通り首を突っ込む不審者。
その誰にも見えない触れられないという特権を大胆に使った実にしょーもない犯行だ。
なんてみっともない……。他の誰からも認識されないとはいえ、俺からは全部丸分かりだということを本人はきっと忘れている。
つまりなんだ、尻を向けるな尻を。ここは食事する場所だぞ。
自分の格好がハイレグカット風の衣装だってことも忘れてるのかよ。
席の真横でフリフリと揺れる推しの尻を眺めて眼福……じゃないんだな、これが。
こういうのは時と場で変わってくるもんだ。
「……水持ってくる。ちょいと待ってて」
「あ、うん。私氷少なめね」
俺は水がセルフで用意することを利用して一度席を立つ。
いくら存在そのものが他人に迷惑をかけるようなことにはならなくとも、こっちからしてみればとにかく気が散って仕方ない。
情操教育は重要だ。例え俺以外に迷惑をかけないとしても、弁えることを覚えさせなければ。
「あれがパフェ……! もしかしてこれが“美味しそう”という感覚なので──って、ありゃりゃ……!?」
隣の席を覗き見るラフラの首根っこを掴み、足早にその場から移動。
普段から浮遊状態で動いているため、軽く引っ張るだけで簡単に連れ出すことに成功した。
そのままお手洗い場へ駆け込む。
「ラフラ、お前さ、もう少し静かに出来ない?」
「え、えぇ……。でも体質上どなたにも迷惑は掛けていないはずですよ?」
「それはそうだけど、その……ああ、もう! お前がこっちに尻を向けて振ってくるのが気になって仕方ないんだよ!」
案の定自分のしでかしていることを理解できていないラフラ。
そんな無知の知を地で行く竜の賢者に、俺はちょっとだけ小っ恥ずかしくなりながらも、尻の件を伝える。
今日まで一緒に暮らしてきて、色々と印象が変わってはいるけれどもこいつは俺の推し……初恋の相手であることに変わりは無い。
そんな人物の尻を向けられたんじゃ無視なんて出来ないに決まっているだろ!
「あっ、お尻……」
「そうだ。人の席を覗くのも……みっともないから控えるべきだ。本当に俺にしかお前の姿が見えていない保証も無いしな」
「は、はい……分かりました……」
するとラフラは自分の尻をまじまじと見られていたことを意識し始めたのか、さっと自分の尻を隠す素振りを見せる。
こんなんでも一応羞恥心はあるらしい。最初のキスの件からそれは薄々分かっていた。
でも子供っぽいせいか単に鈍感なのか、自分がしていることに気付かないのはしょっちゅうだし、言われてから恥ずかしがったりすることも多い。
純粋故の鈍感さなんだろう。そういうところも教えていってやらないとな。
「うぅ、まだもう少し他のお料理を見てみたかった……」
「そう落ち込むなよ。どうせ最初で最後ってわけじゃないんだし、その内また来てやるって」
俺からのお叱りを受けたラフラは、相変わらず尻を隠しながらとぼとぼと俺の後を追って歩く。
飲食が出来ないにも関わらず、料理に興味を持つとは難儀なことだ。
そのままドリンクバーへ行き、コップを二人分取って利用する。
「おお~~!! こ、これは何ですか? お水が出てきてます!」
コップで金具部分を押すと、勢いよく水が注がれたのを見て、ラフラのテンションが急に上がる。
気を取られやすいというか何というか……立ち直りが早いのは良いことだ。
「これはドリンクバーの水……言われてみればこれの正式名称を俺も知らないな。まぁ水を出すやつだ」
「す、すごい! 何も無い場所からどうやって出ているんでしょうか!?」
一瞬にして調子を取り戻したラフラは水を出す装置に興味津々の様子。
ただ装置に触ろうとするも手はするりと透り抜けてしまい、触ることすらままならない。
そんな様子を見て俺は、仕方ないという気持ちと何とかしてやりたいという気持ちが内から沸き起こる。
「ラフラ。ほら、俺の手に触って」
「え、こうですか?」
「ああ。せーので行くぞ。せーの……」
俺はもう一個の空のコップに水を入れる。
ただし今度は一人でではなく、ラフラと一緒にだ。
コップを持つ手にラフラの右手を触れさせるよう誘導すると、合図と共にゆっくりと押す。
すると当然の如く装置から水が勢いよく注がれた。でも違う点が一つ。
「お、おおっ!? すごいです! シュージさん越しにお水がコップに流れ込む感覚が伝わってます!」
「それは良かった。案外やってみるもんだな」
物体に触れないラフラでも、どうやら俺の手を介することで感触を伝えられるらしい。
新発見だな。これが今後どう活きるかは全くの未知数だけど。
そんなわけで水を汲み終え、席へと戻る俺たち。
主役である角矢を放っておくのも良くないからな。気持ち急ぎで店内を移動する。
その間、装置を使って水を淹れた時の感覚が忘れられないのか、ラフラは右手を頻りに触っているようだ。
「満足か?」
「はいっ! あの、次にお水を淹れる時もご一緒しても……?」
「好きにすればいいさ。俺は別に迷惑じゃないから」
そう訊ねると、二度目もお願いされた。
よほど水の感触が気に入ったみたいだな。まぁ基本接触不可の世界にいるラフラにとっては未知の感覚に違いは無いだろうけど。
しょうがない奴だ。推しにそう言われちゃ断る理由もない。
まったく、本当にしょうがないな!
ふふふ、と笑みを浮かべながら通路を歩く一般成人男性。端から見ればきっとヤバい奴に見えているに違いない。
俺も俺で気をつけないと。誰にどう見られているか分からないからな。
……そう、周囲の目にはきちんと気をつけなければならない。
何しろ店内には俺たちの動向に目を光らせる奴が潜んでいたことを、後々知ることになるのだから。
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