メリゴ・大考察
「あ~あ、結局最速記録は出せなかったね」
「うん……まぁ、そういうもんだよ。つーか最速記録はバケモンだよ。やって分かったわ」
俺たちは駄弁りながらふらふらと園内を歩いている。
アトラクションの結果だが、残念ながら角矢が目指していた最速記録の更新は出来なかった。
残念がる様子の角矢だが、恐らく不正込みでも新記録は難しかったと俺は考える。
平均記録はおおよそ10分前後。それに対し俺たちのクリアタイムは大体4分半だ。
途中まで
本来ならこれでも十分自慢できるのだが、最速記録は3分弱。これで冗談抜きで次元が違うことが分かるだろう。
記録保持者はあそこを相当数やり込んだガチ勢とお見受けする。
どの界隈にもそういう人はいるんだな。もっとも、俺もそっち側の人間だとは思うけど。
「ま、記録には残った上に景品も貰えたし十分だろ?」
「そうだね。園内の飲食物の10%オフ券だって。何に使おっか」
見知らぬガチ勢に敬意を払うのはさておき、迷路の攻略報酬は飲食物の割引クーポン券だ。
……これ先に取っとけばさっきのポップコーンも多少は安くなったよな、これ。うわタイミング悪ぅ……。
「シュージさん、ちょっと」
「ん? ……どうした?」
間の悪い景品に微妙な気持ちになっていると、後ろからラフラの声がかかる。
ラフラには追っ手の監視を頼んでもらっているため、恐らく向こうに何かしらの変化が起きたことになる。
一体何が起きたのか……。角矢に怪しまれないよう小さな声で訊ねる。
「あ、あの、向こうにある沢山のお馬さんが回っているアトラクションなんでしょうか!? すごい気になります!」
それを聞いて、俺はずるっとスベる。
何だよ! ストーカーの方に何かしらの異変が起きてるのかと思っちまったよ!
ふと見やれば、近くにはメリーゴーランドがある模様。
あのサーカスのテントみたいな小屋と、その中を回る木馬の群れに目を奪われてしまったようだ。
あーもう余計なことに神経を尖らせて損した。そういうの心臓に悪いからやめてくれよ……。
心の中で小さなため息を吐きつつ、俺は前方を行く角矢に一言。
「……角矢、メリーゴーランドに乗らない?」
「メリーゴーラウンド? うん、全然いいよ」
意外にもあっさりと許可は下りた。
この報に、ラフラの方を振り向くと、満面の笑みを浮かべてぴょんぴょんとその場で跳ね飛ぶ推しの姿が。
ううむ、可愛い。とはいえ今はニヤけてる場合ではない。
遊園地での主役は角矢だ。主役をほっぽって自分の推しが喜ぶ姿に歓喜するなんてもっての外だ。
ラフラの要望は俺の意見として通してやるのが俺の役目。
まぁまた絶叫系に乗らされるよりかは全然マシだからな。メリーゴーランドの方が百倍マシだぜ。
そんなわけで次のアトラクションへと移動。
到着後、そう待つことなくメリーゴーランドに乗り込む。
「うわぁ、懐かしい。でも大人になった今になるとちょっと恥ずかしいな」
「角矢でもそう思うんだな」
「ちょっと-。それ失礼じゃない?」
音楽と共に回り始めるメリーゴーランド。
俺は馬車型の座席に座り、角矢は斜め前の位置にある馬に乗る。
俺より遊園地の場数を踏んでいる角矢でもメルヘンなアトラクションには多少なり恥ずかしさを覚えるようだ。
まぁそう言ってる俺もこういうのに乗るのは初めてだから気持ちはよく分かる。小っ恥ずかしいよな。
「シュージさん! これ楽しいです! ジェットコースターとは全然違いますよぉ!」
地味に恥ずかしさを隠せない俺たちだが、その一方でこのアトラクションを楽しむ声が聞こえる。
要望叶ったラフラは、どうやらメリーゴーランドがお気に召した模様。
位置は俺が乗る馬車の右横。角矢と同じく馬型の座席に乗ってこの緩い回転を堪能中だ。
子供っぽい部分があるラフラにとって、ジェットコースターよりもこういうのが合っているんだろう。
ま、俺も激しいのより緩い方が性に合っている。似たり寄ったりだな。
「……む、あれは」
メリーゴーランドを楽しむ推しに反応すると角矢に怪しまれるので、暖かい視線だけを送ってやる。
すると不意にその存在が視界に映ってしまった。
人混みの中、少し遠くの物陰から見える人影。
あの時も一瞬だけ視界に入ったストーカーだ。どうやらまだ着いてきてたみたいだな。
ここで初めて姿を確認。全身黒づくめのコーデは夜なら完璧だったろう。だが時刻は午前の半ばなのでそこそこ目立つ。
あと結構ガタイが良く思える。もし取っ組み合いになったら多分勝てないかも……。
「あいつ……一体何が目的で俺たちに着いてきてる? 本当に角矢のストーカーか? それとも別の何かが……」
怪しい装いの不審者の姿は、メリーゴーランドの回転によってすぐに視界から外れてしまった。
謎の追跡者……奴の目的は一体何なのか。
仮に角矢狙いならば、俺が最初にトイレへ入った段階で行動を起こしていてもおかしくない。
妙に不可解なのが何故に俺たちが遊園地にいるタイミングで現れたのかだ。
角矢本人がデートを吹聴してたとはいえ、流石に見ず知らずの相手には言うとは思えない。
となると身内の誰かか? しかし、知り合いはほぼ全員今日は用事があるといって大会代理参加を断られているから、カドゲ組ではないはず。
うーむ、真の目的が分からないな。まさかラフラのことが見えているわけではあるまいだろうし。
つい勘ぐってしまう。気になるなぁ……。
「シュージさん、おーい。大丈夫ですかぁー?」
「おーい、どうしたの? 何か急にぼーっと考えに耽り込んで」
「え……。あ、どうした?」
「メリーゴーラウンドはもう止まってるよ? 早く出ないと怒られるよ?」
と、色々と推理を重ねていたら、不意に声を掛けられた。
馬車に乗り込む形で俺の様子を伺っている様子。近くには同じくラフラがこっちを見ている。
ちょっと考え事に集中しすぎていた模様。すでにメリーゴーランドは止まっており、出る時間のようだ。
「あ、ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「やっぱり集児くんもローペースさに退屈だったんじゃない? 気晴らしの絶叫系にでも──」
「絶叫はもういいって……」
馬車から降りる最中にさり気なく絶叫系を勧めてくるのを拒否しつつ、メリーゴーランドから降りる。
俺はここでもう一度ストーカーがいた所に目をやる……のだが。
「……消えた」
そこにはすでに誰もいなかった。
なんとも逃げ足の速いやつだ。多分ストーキングは今回が初めてじゃないのかも。
しかし本当に何を目的に俺たちをつけるのか。
依然として分からないが、少なくとも現状は危害を加えようとしているわけではなさそうだ。
もっとも油断は出来ないけどな。警戒はしておくに越したことはない。
「さ、次は何に乗る~?」
「あ……ああ。そうだな。何にしようか」
「今度はあの乗り物が良いです! メリーゴーランドより回転してますよ!」
ここで状況を知らない角矢の暢気な声と、調子を取り戻したラフラの興奮しきった声が憶測の世界から俺を引き戻す。
うん、何であれまだデートは続いている。ラフラ共々最後まで気を引き締めて行かないとな。
その後、俺たちは園内の様々なアトラクションを満喫する。
主役の角矢とラフラは勿論だが、俺自身も中々楽しめたのは正直意外であった。
たまにはこういう休日も趣があって良いのかもしれない。そう思えるひとときを過ごしたのだった。
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