試練を越えて、また試練?

「あ~、楽しかった! 久々のジェットコースター……う~ん、やっぱり良い物だった!」

「…………そうかい、そりゃあよかった……」



 下車後、どこかすっきりとした顔で悪魔の乗り物ジェットコースターの乗り心地に感激する角矢。

 その隣をフラつきながら歩く俺。当然騒げる元気など残ってるはずもない。


 あんな物が人気アトラクション? バカ言うな、拷問器具の間違いだ。不特定多数の物好きによる過大評価だろ。

 それを嬉々として乗りたがるなんて、頭おかしいって……。


「んふふ、下りる時に二度と乗らないって言ってたよね? そんじゃ私の勝ち~。約束通りポップコーン買ってよね?」

「くそ……」


 あ、そういえばそんな約束してたな。何だよ、最初から勝ち目の無い勝負だったってわけか。


 よくもこんなアトラクションを楽しめるもんだぜ……。

 内心ドン引きしながらも、約束通りポップコーンを売ってる場所を目指してフラフラと園内を歩く。


 ……無論、直行はしない。俺には確認しないといけないことがあるからな。


「ごめん、ちょっとトイレ行っていい?」

「分かった。じゃあ私、そこで待ってるね」


 近くに手洗い場を見つけると、俺は角矢に一言断ってその中へ。

 何しろ初っぱなから元気を刈り取る形をしたアトラクションを経験したんだ。もう一人の同行者が気になるのも訳ないこと。


「ラフラ。おい、大丈夫か?」

『……も、もう終わりました? 出てきても大丈夫ですか……?』

「ああ、ジェットコースターの所にはいない。出てきてもいいぞ」


 個室の中へ入ると、懐に仕舞っていたカードを取り出す。

 厳重なプロテクトをされたカードに声を掛けると、震えるような声が帰ってくる。


 ある程度覚悟していた俺でさえキツかったのに、スペルを通してラフラが同期してしまったら、大方どうなるかの予想はつく。


 様子を察するに相当なショックを受けた模様。

 可哀想に。この怯えようからして、メンタルに無視しきれないくらいのダメージを負ってしまったんだな……。


「ジェットコースターがあんなにも恐ろしい乗り物だったなんて……。この世界には知らない方が良いこともあるんですね」

「全くだ。俺も今回初めて乗ったが、もう金輪際乗らないって決めた。角矢は楽しめてたみたいだけど、正直気が知れないわ」


 実体化するラフラ。しかし、現れて早々その場に膝を抱えて座り込んでしまう。


 表情は死んでいるように暗い。こんな顔は初めて見るな。

 その気持ちは理解できる。でもここトイレだからさ、座らず立ってて欲しいんだけど。


「でもまぁ人間誰しも不幸を経て成長してくんだ。ラフラにとっても意味を成すことのはず。一つの経験として捉えようぜ」

「はい……。ああ、怖かった……」


 慰めのつもりでラフラの背中を軽く叩いてみる

 この世に誕生してからどれくらいなのかは知らないが、まだ精神的に幼いと言わざるを得ないラフラ。


 ジェットコースターにビビったというだけの話ではあるけれど、これまでの生活には無かった刺激は彼女にとって良い影響を与えると俺は思う。


 今後はもうちょい大人しくなってくれると思うようにしよう。

 少なくとも何でも知ろうとするのは決して良いことばかりではないというのを学んだはずだろうしな。


「いつまでもショゲてないで行くぞ。角矢を待たせてるし、他にもアトラクションはあるんだからな」

「も、もう怖いのはありませんよね……?」


 うーむ、思いの外トラウマになってしまったみたいだ。

 しょうがない、角矢にはもう少し低刺激なアトラクションを中心に回るよう頼んでみるか……。




 そんなわけでトイレから出ると、角矢の下へ向かう。

 暇そうに俺を待つ角矢を発見。そんなに待たせたつもりは無かったんだが、急いで戻る。


「もー、遅いよ。そんなにトイレ我慢してたの?」

「まぁそんなとこだ。そんなことより早く行こうぜ」


 本当は用を足すのが目的ではないんだけどな。

 口先では適当にはぐらかしつつ、次の目的地へ。


 ジェットコースターにビビったら負けという負け確な賭けを一方的に取り付けられ、それに敗れた俺はポップコーンを買わなければならない。


 場所は購買のコーナー、あるいは専用のワゴンが園内のどこかにあるはず。

 香ばしい匂いはするから、きっと近くにあると思うんだけど。




「…………」




「……! シュージさん」


 そんな時、不意にラフラが俺を呼ぶ。

 その声にはすぐ気付いたものの、隣には角矢がいるせいで声に出して反応は出来ない。


 代わりに目で合図を送り、何を主張したいのかを聞く。

 一体何の用なんだか。あんまり人目の多い場所では話しかけないで欲しいんだが……。



「向こうに怪しい人がいます!」


「な────……!?」



 だが心の中の小さな不満は、ラフラから放たれた予想外極まりない言葉によって打ち消されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る