運命共同体の悪戯

「入り口から見えていた空中を走る長い線がジェットコースターの一部だったんですね。へぇ~」



 紆余曲折あり、俺たちはジェットコースターのアトラクションへと到着する。


 長めの列に並んで待つこと数分。いよいよ俺たちを含む十数名分の列が乗る番が来た。

 ……だけど、乗る前に一つ気になることがある。


 スタッフの案内で先頭からジェットコースターの搭乗席に座らされていく間に、それを確かめるべく俺はこっそりと隣に声を掛けた。


「ところでラフラ、お前どうやってジェットコースターに乗るんだよ。俺以外に触れないんだから、安全バーで体固定できないだろ。つーか座る席も無いし」

「言われてみれば確かに。私、どこに座ればいいんでしょう?」


 俺の疑問、それはどうやってジェットコースターに乗るのかということだ。


 他の誰にも存在を感知できないどころか触れられないこいつを固定する物質は存在しない。

 席だって無い以上、車体にしがみつくとかしか考えられない。


 それで一体どうやってジェットコースターを楽しむというのか。当人も考え無しって感じに見えるけど……。


「うーん、では私は一旦カードに戻りましょう。そこからでも景色は見えますので」

「お前がそれならいいけどさ、本当に良いのか? カードの中じゃ面白味が減ると思うんだけど」


 そう悩む間もなくラフラはカードに戻るという選択を取る。

 それならば確かに座席の問題は解決だ。一応カードに戻っても周囲を視認できるらしいからな。


 でもその選択は完璧な回答札ではない。

 カードに戻ってしまえば、角矢の言う全身で風を浴びるような体験が出来なくなる。


 早い話がテレビでジェットコースターに乗る映像を見るのと何ら変わらないということ。

 アトラクションとしての面白さの半分を失うことになるわけだ。


 それでラフラの好奇心を満たすことが出来るとは到底思えない。

 だからと言って見えない存在のために一席開けるなんて、人が空いてない限りは出来るわけないしなぁ……。


「大丈夫です! こういう時のためのスペルですよ」

「スペル……? それを使うのか? 今?」


 徐々に順番が近付いてくる中、ラフラの提案に首を捻る。

 どうやらスペルの行使でこの問題を解決するとのことだが、なんというか……不安だ。


 そもそもとして、ラフラが使えるスペルという名の能力は未知数な部分が多い。


 人体に悪影響を及ぼさないか、何かの代価を払う必要があるのかなどの検証はまだそれほど出来ていない。


 それに、一体どんなスペルを使うというのか……。とにかくスペルの行使は不安要素だらけってわけだ。


「私もこれを使えること自体は分かるのですが、実際に使うのは初めてです。もしかしたら時間に限りがあるかもしれませんので、直前に行います」

「マジかよ。なんか不安過ぎる……」

「ん? もしかして集児くん、ジェットコースター怖いの~?」


 ラフラの説明でつい漏れ出た呟き。それが角矢の耳に入ってしまった。


 思わず出てしまった不安の言葉を、どうやらジェットコースターに乗ることへの不安と聞き取った模様。


 角矢には関係ない……と言いたいところだが、言ったところで無意味。安い挑発は軽く受け流すに限る。


「あ、別に怖いとかじゃねぇよ。それよりほら、もう俺らの番だ」

「ふふん、もしビビったら後でポップコーンおごりね!」


 ここでついに俺らが搭乗する番が来た。

 スタッフの指示に従い、角矢は右側、俺は左側の席へ座る。


 当然、誰にも姿が見えないラフラはスタッフから無視されて一人残される。なんかシュールだ。


「うう、でもやっぱりズルいです! 私も席に座りたかった……」


 俺の左横で嘆くコスプレよりもヤバい格好の女の子。

 慰めてやりたいところだが、座席に座った以上、もうひそひそ話は出来ない。でも話はきちんと聞いてるからな。


 とはいえ本当に誰にも見られない存在で良かったとも思う。

 もし人に視認できていたら、一体どんな目で俺が見られるのか想像もしたくない。心から安堵する。


「ぐすっ、じゃあスペルを使いますね。少々驚くかもしれませんが、体に影響は少ないはずです。……多分」

「多分て……」

「ん? 何? 何か言った?」

「な、なんでもないー……」


 危ねっ。角矢に今の呟きを拾われるところだった。

 ただでさえ一方的な約束を取り付けられてる今、これ以上勘違いで俺がビビってるとは思われたくない。なんとか取り繕うぜ。


 しかし、一体ラフラは俺にどんなスペルをかけようとしているんだろう。

 人体に影響は無いらしいが……不安は拭えない。




「行きますよ──……魔法スペル運命共同体うんめいきょうどうたい悪戯いたずら』!」




「……うっ!?」


 重ね合わせた両の手を広げるように放った瞬間、俺の全身に妙な違和感が走る。

 不快というわけじゃない。ただ全身を何かが優しく撫でたような……そんな感じ。


 しかも今のスペル、口頭で発動したおかげで名称が判明。

『運命共同体の悪戯』。案の定ファミスピにも同名のスペルカードがある。


 効果は『各プレイヤーは自身の手札を全て山札に加えてシャッフルし、五枚引く。次の相手ターンの終わりまで、自分の手札からカードが離れた時、各相手は自身の手札を一枚選び、山札の一番下に置く』だったか。


 手札リセットと変則ハンデスといういやらしい効果から、コントロールデッキを中心に採用され、今や一枚制限のスペルだが、それを俺に使って何が起こるんだ?


「……よし、上手く発動できたかと。このスペルはシュージさんが受ける感覚を私に同期することが出来ます。一方的な同期になるはずなので害は無いはず。では私はカードに戻ります。ジェットコースター、楽しみです!」


 と自信ありげな様子でラフラはカードに戻っていった。

 体に受ける感覚を一方的に同期、か。確かにカードの効果に沿った感じの能力だ。


 ここでピピピピピピー、とジェットコースターの発車準備が整ったことを意味する音が鳴る。


「ムフフ、ビビったら負けだよー!」

「誰がビビるか! ぜってぇ負けねぇ」


 安全バーが下り、体が固定される。

 そしてジェットコースターがついに動き出す。不安半分、緊張半分の一幕が始まった。

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