既にかしましき行きの電車
「うぉ──! すごい、これが電車ですか! 銀色で四角くて座席もあって、テレビで見た物と同じです!」
「落ち着けよ。中で角矢が待ってるんだ。早く乗るぞ」
改札を抜けた先にあるホームに到着すると、目の前には次の発車を控えた電車があった。
それを見て大はしゃぎするのは実体化したラフラ。
どうにも電車の実物を見れたのが嬉しいようだ。普段以上の騒がしさに、つい辺りを見渡して体裁を気にしてしまった。
無論、こいつの姿や声は俺以外の誰にも見えないし聞こえない。心配するだけ損なのは本当に有り難いこった。
そんなラフラを引っ張って電車へ乗ると、角矢の姿を探す。
「おお~、これが電車の内部……。つーきんらっしゅのような状態だと思ってましたが、結構空いてますね」
「あ、やっと来た。も~、休憩コーナーからここまですぐそこじゃん。迷ってたの?」
「まぁそんなとこかな」
またもや騒ぎ始めるラフラはさておき、すぐに角矢を見つける。
入ってきた俺を見つけるや否や手を振って存在をアピールしてくれたからだ。
角矢の隣の席に座ってから、ようやく安堵のため息を吐く。
「……はぁー」
「なんでため息? なんかあったの?」
この態度に角矢は不思議そうな顔で訊ねてくる。
まぁ先んじて駅のホームに行った角矢が先ほどの出来事を知らないのは当然のこと。
あいつらは多分俺に恨み言を言うために集まったんだろう。
角矢が先に行ってから行動したんだから間違いない。主動は恐らく鳥場さんだ。
デートで使うチケットは確実に鳥場さんが角矢に贈ったプレゼントのやつだろうからなぁ。
本来の用途ではない使い方をされて不満に感じたんだろう。
角矢に当たるわけにはいかないから、代わりに俺へぶつけたってところか。ちょっと理不尽だぜ。
「いいや、何でも。みんなに遊園地に行くのを羨ましがられただけだ」
「ほんとぉ? それにしてはなんか変だと思うんだけど」
「マジで何でも無いって」
訝しむ角矢。だが俺は先の出来事を絶対に口外しない。
不服な気持ちこそあれど、だからと言ってチクるなんて小学生みたいな真似はみっともないからな。
それに言ったら言ったで角矢は鳥場さんたちを叱るはず。
嫉妬で俺に詰め寄っただなんて、そんなダサいことで怒られるなんてあいつらは望んじゃいないだろうし。
それを切っ掛けに関係性が破綻する可能性も十分あり得る。
友情に限らずだが、縁ってのは案外脆い。一度切れ込みが入るとあっという間に裂けて真っ二つになる。
俺はそうなるのだけは絶対に避けたい。失っていいのは面倒事と厄介者だけだ。
「ふーん。ま、いっか。それよりもこの後なんだけど……」
「遊園地に行くんだっけ。そういやもう何年行ってないんだろうか。今となっては全く覚えてないな」
空気は読める角矢は、これ以上の追及はせずに本日の日程について教えてくれる。
俺も気持ちを切り替えて今日のことについて考えるとしよう。
大会は午後三時から。同列店舗店員権限なのかエントリーはもう済ませてあるそうで、行けばすぐに出場できるとのこと。
その時間になるまで遊園地とかで時間を潰す予定。およそ五時間くらいだな。
「実は私もなんだ~。最後に行ったのは中学生の頃以来だよ」
「そうなんだ。てっきり常連とかそんなんだとばかり……」
「私って結構インドア派なんだね。休みの日はあんまり外出とかしないんだよ。ずっとカードいじってる」
にしても角矢も遊園地は久々とはな。
パッと見た印象から交友関係が広く、他の友達と頻繁に遊びに行ってるもんだと思っていたが、これは予想外だった。
お互いに久々となるであろう遊園地。どうなるのか分からなくなってきたな。
「さぁ、着いたら遊ぶぞー! 最初は何にする? いきなりジェットコースターとか?」
「じぇっとこーすたー!? 何ですかそれ!? 私気になります!」
まだ発車すらしてないのに最初のアトラクションを考える角矢。
そして、遊園地の全てに興味津々なラフラは当然のようにその話題へ食いついてくる。
こんな時に思うことでもないが、本当に他人からは見えないんだな。改めてそれを実感する。
「ジェットコースター、実は好きなんだよね~。こう、ジャーって行ってガーッと下りていく感じとか好きでさ~」
「ジャーって行ってガーッと!? 下りていくってどういうことなんでしょう!?」
「全身で風を浴びれることってあんま無いでしょ? 風が強い時の感じとはまた違う風の感じ方がね、好きなんだ」
「風を浴びる……大きな扇風機のような物なんでしょうか? でもお家の物はジャーもガーも無いですし……うう、一体どんな物なんでしょう!?」
……本当に聞こえてないんだよな、これ?
こっちが訊ねたわけでもないのに角矢が勝手にペラペラと口に出していく。
それを聞いてジェットコースターの形を考えるラフラ。
こう言うのも本人に悪いが、多分角矢の印象はアテにならないと思うぞ。一体どんな形を想像しているのやら。
俺にしか見えない不思議なコントが目の前で繰り広げられているのを見ていると、ここで電車の扉が閉まる。
「お? おお!? すごい、本当に動き出しましたよ! 地面がまるごと真横に移動しているみたいです!」
「あー。うん、そうだな」
「でしょー? じゃあ、最初はジェットコースターにしよっ」
発車メロディーが鳴ると、ガタン、ゴトン……と動き始める。
電車が動く感覚に楽しそうなラフラ。それに俺は適当な相づちを打ったら、角矢は自身の話に反応したと思ったようだ。
な、なんか……思ってたよりも大変だ。
女子とファミリア両方の話を聞かないといけないなんて、まるで聖徳太子ばりの能力を求められている気がする。
俺の脳は二人分のかしましさに五時間も耐えられるのだろうか……!?
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