理不尽な嫉妬が満ち満ちる!

「服装ヨシ! スマホ充電ヨシ! 財布ヨシ! 準備ヨシ!」

「ヨシ! って何ですか?」



 時はあっという間に過ぎて大会当日。そして、角矢とのデートを決行する日なった。


 俺は持ち物に不備がないよう出発前にきちんと点呼して忘れ物の有無を確認。うむ、問題は無いな!

 ラフラもつられて点呼を取るけど、意味は分かってないようだ。


「それじゃあラフラ、今から俺らは角矢と一緒に遊園地に行く。前にも言ったが興味の惹かれる物は沢山あるだろうけど、角矢が最優先だ。勝手な行動は控えろよ?」

「はい、大丈夫です! ……多分」

「自信持って言ってくれよ」


 やや怪しい感じだが、他者に存在が認知されない以上は大事になるまい。


 ちらっと時間を見ると時刻は朝の八時半。

 今から行けば待ち合わせ場所には余裕で到着できるけど、主役を待たせるわけにはいかない。


 余裕ぶっこいて遅刻じゃダサすぎるしな。早めに出るぜ。


「じゃあ行くぞ。戸締まりヨシ!」

『ヨシ! ふふっ、遊園地、どんな場所なのかとっても楽しみです!』


 朝から興奮しっぱなしのラフラには一旦カードに戻ってもらいつつ、俺は自転車に跨がってペダルを踏む。


 目的地は近所の駅。そこへ向けていざ出発だ。

 そうして自転車を漕ぐこと十分ちょっと。あっという間に目的地へたどり着く。


 土曜日にもなれば普段よりかは込むな。

 待ち合わせ場所は駅内に併設された休憩コーナー。俺もすぐに中へ入る。


「えーっと、あいつはいるかな──って……」





「はいっ、トリガー! これで穴唐くんのファミリアを全部止めるよ!」

「ウワ──ッ! ここでトリガーかよ!? 運良すぎだろッ」





「な、なんかいるー……!?」


 辺りを見渡さずとも騒ぎ立てる集団を発見。休憩コーナーの一角は盛り上がりを見せていた。


 白熱した戦いを魅せるのは勿論角矢。驚きなのが、その相手を務めているのはまさかの穴唐だった。

 なんでアイツがここに? 今日は確か妹の引っ越し作業の手伝いなのでは?


 いや、よく見ると穴唐以外にも鳥場さんや瀞磨、その他数名のカドショ常連──というか角矢のファン──もいるんだが……?


「あ、おーい集児くーん! こっちこっちー!」

「束上、来たか……!」

「んにゃろぉ……」


 まさかのゲストに驚いていると、ここで角矢が気付く。

 その瞬間、角矢の死角になった男衆から鋭い視線が飛んできた。


『な、なんだが物凄く敵意を感じます……!』

「ああ、俺も。どうやらあいつらにバレてるみたいだな」


 異様な雰囲気にカード状態のラフラも勘付いた様子。

 暢気に手を振るカドゲグループの姫は、その後ろに並び立つ男衆が雁首揃えて俺を睨みつけてくることに気付いてないな。


 軽蔑の目、ジト目、怒りの目──実に様々な感情を感じる。

 でも分かるのは、その目を向けられている理由は全て同じ内容であるということだ。


「えへへ、ごめんごめん。待ってたらみんなが来てさ、暇つぶしにファミスピしてたんだ~。なんかすごい偶然って感じ!」

「へ、へぇ~……。そうなんだ」


 いやそれ絶対偶然じゃないだろ……。

 素直に納得する表情を浮かべるも、内心そんな都合良く当日に用事があると言ってた奴らが集まるかよとツッコむ。


 ピンポイントに待ち合わせ場所に来たとか絶対あり得ない。

 何故バレた? 少なくとも俺はあいつらに今回のことは教えていないから無罪だ。


 教えたらこうなることは事前に予想できるしな。

 ただでさえファンの多い角矢とデートなんて、バレたら烈火の如く怒る奴が出てくるだろうし。


「ええっと、つかぬ事を聞くんだけど、そっち用事あるんじゃなかったのか?」

「俺の用事は昼からだからな。今はただ暇つぶしに来たのさ」

「僕も同じー。別にここには来なくても良かったけど」

「俺は特に無い。ただ来ただけだ」


 一応ファンどもにここにいる理由を訊ねてみる。

 うむ、みんなの事情は大体把握した。暇つぶし……という名の威嚇しに来たわけだ。角矢とデートする俺を恨みに。


 なんて性根の腐ったやつらだ。どこから情報が漏れたのかは分からないけど、俺だって目的のためにしてるんだから羨ましがられども恨みを買う道理はないぞ!


「それじゃあ待ち人も来たことだし、デートに行ってくるね! お土産も買ってくるから安心してよ」

「やったー。期待してる」

「思いっきり楽しんでいけよー。遊園地も大会も」

「ああ……うん、楽しんでこい。はぁ……」


 と角矢、堂々と全員の前で遊園地デートに行くことを公言。

 情報が漏れたのって、もしかして……角矢、お前のが言いふらしていたのか……。


 表面上は取り繕えてる奴らはともかく、鳥場さんは目に見えて落ち込んでしまっている。

 多分気付いたか見てしまったんだろう。遊園地のチケットが自分のプレゼントだってことを。


 うわぁ、何か申し訳なくていたたまれねぇ……。

 プレゼントの相談相手にそのプレゼントが使われてるんだから、鳥場さんの心情が嫌に分かってしまう。


 このデートにメリットがあるのは俺だけ。それ以外に及ぶ被害がデカすぎるぞ。


「はいこれ。切符はもう用意してあるから。ほら、ホーム行こう! みんなもわざわざ来てくれてありがとね~」

「あ、うん……」


 傷心の身内などお構いなしに、俺へ切符を渡すとホームに向かう角矢。

 俺でさえこうなることを予想して黙ってたんだ。多少は気遣ってやれよ。マジで容赦無いな。


「…………」

「…………」

「…………」

「ふぁ……」


 みんなのヒロインが不在になったことで、急激に居づらい空気が充満する休憩コーナー。


 傷心の鳥場さん、白い目で見てくる穴唐他、無関心そうな瀞磨。こんなに人がいるのに静まり返っている。


 圧が……無言の圧が凄い。とてもじゃないが一緒にはいられないな、こりゃ。


「じゃ、じゃあ俺も行くから……。俺もお土産買ってくるから、今回の件は許して……」


 俺も角矢に続けて足早にこの場から去ろうとする。

 こんな空気感なんだ。土産の一つくらい持ってこなければ許されないのは分かっているさ。


 小走りで去ろうとする────その時だ。



「……待て」



「ひぇっ……」


 その一声が俺の足を硬直させる。

 ドスの利いた低い声……ああ、これは明らかに敵意が込められた声色。発声者も自ずと分かる。


 恐る恐る後ろを振り返ると、その巨躯をこれでもかと生かし、俺を覗き込むかのように見下ろす鳥場さん。


 その目……まるで谷底の奥深くのような黒。

 これを見て背筋が凍らない奴はいない。恵まれた体格が恐怖と威圧をさらに助長する。



「角矢がチケットを使ったのは俺の責任だ。そこを責めたりはしない……だがな、束上。だからと言ってお前を許すわけにはいかん」

「え、は、はぁ……」

「抜け駆けたこと、必ず後悔させてやる。お前をずっと見ていることを忘れるなよ、束上ィ……!!」

「ひ、うわああ!」



 ドン! と肩にハンマーのような威力の手が落とされる。

 その瞬間、俺はもう体裁とか年齢差も関係なく、手を振り払って叫びながら逃げ出してしまった。


 もう痛みなんか気にしてられない。今まで仲良くしてきた相手にここまで強く言われるなんて初めてだったし、そりゃビビるさ。


 そんなに角矢とのデートを嫉妬してんのかよ。ただの交換条件にマジになりすぎだ。まるで大人げが無い!


 逃げるように休憩コーナーから出て行く。

 この姿がどんなにダサかろうがみっともなかろうが関係ない。



 仲の良い友人らに詰められたことにちょっとだけショックを受けながらも、俺は角矢が待つ駅のホームへと走っていった。

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