お誘いは甘美な未知と共に

「んあ? 角矢からか」



 今にも床に就こうとしたタイミングでピロンとスマホが鳴る。

 誰かと思えば角矢からのメッセージ。今何時だと思ってんだ。夜中の十時なんだが。


 一体何の連絡だ? 概ね予想は付いてるけど、それ別に今じゃなくてもよくない?




角矢:〈来週の午前中は一緒に遊園地に行かない? ちょうど使い余してたチケットがあって、他に使い道も無かったからさ、どうかな? 午後は予定通り大会行くって感じで!〉




「遊園地……? そりゃまたチープな場所だ」


 メールを確認すると、どうやら大会が始まるまではお出かけをしたいという旨の内容だった。


 なるほど。どうやら角矢の最初のお願いが決まったらしい。

 しかも遊園地とは結構乙女な選択だな。俺には縁の無い場所だと思っていたが、行くだけならやぶさかじゃない。


「まぁ、つまりデートか。こういうのはあまり考えるなんてしなかったけど……いや、デートといえばアレを思い出すな」


 でもここで、俺はある記憶を回帰させてしまう。

 そのチケット──もしやだが鳥場さんから贈られたやつでは? そんな不安がよぎる。


 数ヶ月前、鳥場さんから角矢へ贈る誕生日プレゼントの内容をどうするべきかの相談を受けたことがある。


 俺や他の知り合いなどの意見を取り入れた結果、用意された物こそ遊園地のペアチケットだ。


 本来は鳥場さんが角矢をデートに誘うのを想定したプレゼントではあったんだが、当の本人がそのことを中々言い出せず、結局好きに使っていいよと言ってしまった曰く付き。


 まさかそれじゃあるまいな? しかし、こんな短時間でチケットを用意出来るとも思えないしなぁ……。


「いくら自由に使ってもいいとは言ったけども、普通それを俺に使うか? う~ん、何だかなぁ~……」


 そのチケットが例のアレだと仮定すると、正直鳥場さんが一生懸命選んだ物だっていうことを知ってるから、ここで使う選択肢に困惑せざるを得ない。


 とはいえその考えは早計だ。プレゼントされた物とは別のチケットの可能性も十分ある。角矢は用意周到な人だからな。


 うん、そうに違いない。仮にも特級呪物あんなものを俺に使ってしまえば、鳥場さんの怒りは天を突くだろう。

 そう思うようにして、俺はスマホのキーを打つ。




束上:〈おk。でも行くのめっちゃ久々だから、何時に行くのかとかそっちが決めといて〉




 以上の文を返信。内容の返答を待つ。

 しかし遊園地かぁ~。最後に行ったのは小学生の時以来だし、大人になってから行くだなんて考えたこともなかった。


 それをデートという形で今一度来ようとはついぞ思わなかった。

 不得手なイベント。細かい指定とかは向こうにぶん投げておこう。角矢ならそういうのは得意なはずだろう。


「お休みにならないんですか?」

「うおびっくりした。ラフラ、寝てたんじゃないの?」

「あ、ごめんなさい。睡眠前にスマホを触っている姿は珍しかったので、つい」


 不意に声を掛けられたことに驚いてしまった。

 いつの間にか実体化したラフラが真横に寝転がってスマホの画面を覗き込もうとしているとは。


 流石にこの顔の良さには慣れてきてはいるけど、それでもいきなり現れるのは心臓に悪いぞ。


「ところで、先ほど呟いていた『ゆうえんち』……とは一体何ですか? 地名などですか?」


 どうやらただ俺のことが気になって起きたわけじゃないっぽい。

 さっきの独り言で呟いたワードに反応したようだ。ラフラの好奇心が疼いている。


「あー、そうだな。一言で言えば遊ぶ場所かな。でもカドショとかとは大きく違う、公園の遊具の超絶バージョンアップ版みたいな」

「公園の遊具の超絶バージョンアップ版!? そ、それはとても興味があります! もしかして、そこへ行くご予定が?」


 どうやら遊園地という概念は完全に初見らしい。

 簡単に遊園地を説明すると、案の定食いついてきた。


 余談だがラフラは以前、どこで聞いたか公園に行きたいと言い出したことがある。


 それも沢山の遊具が並ぶような場所をだ。今のご時世、そういうのは少なくなってるから探すのに苦労したぜ。


 実際にそこへ連れて行くと、遊具に興味津々といった様子で満足するまで数時間待たされたんだ。

 尺の都合で割愛したが、ほんの数日前の思い出である。


 その時のはしゃぎ様と同等……いや、それ以上の反応だ。


「角矢が大会で優勝する代わりに俺が何でも言うことを聞くって話があったろ? それの条件としてデートして欲しいって連絡が来て、オッケーを出したところだ」

「ほ、本当ですか!? 私もご同行してもいいですか!? 行きたいです!」


 すごいグイグイ来る。この様子じゃ駄目とは言いづらいぞ。

 誰にも存在を認知できないから連れて行っても問題ないだろうけど、そうするとラフラにも目を配らないといけなくなる。


 そこが不安点だが、最悪放置してもそんなに遠くまで離れられないから別にいいか。


「わ、分かったよ。当日は一緒に連れてく。でも一応言っておくけど、メインは角矢だから勝手に行動するなよな」

「連れて行ってくれるんですか!? やった──!」


 仕方なしに同行を許可すると、予想通りラフラは大はしゃぎ。

 全身で喜びを表現するように絶叫しながら飛び上がった。


 この喜びの叫びが誰にも聞こえないのは幸いだ。

 じゃなきゃクレームが飛んできたに違いない。正直今もちょっとヒヤヒヤしてる。


 しかしまぁ、遊園地でそこまで喜べるとはな。

 まるで子供みたいだ……いや、それはあながち間違いでも無いのかもしれない。


 知能はあってもラフラはカードであり、その挙動は世間知らずな子供も同然。

 店の機械や公園すら知らなかったんだから、この世に存在するほとんどの物は未知の物なんだろう。


 持ち前の好奇心に加え、既知の物の上位存在があるという事実を前にすれば大はしゃぎするのはわけないことか。


「来週ですよね? ものすご~~く楽しみです!」


 今日一の興奮を見せるラフラ。それを見て、俺は釣られて笑みを浮かべる。


 それに、もしかしたら俺も初めて遊園地に行くってなった時はこんな感じにはしゃいでいたのかもしれない。


 うっすらとだがそんな記憶があるような気がする。今となってはほとんど覚えていないけどさ。


「……そうだな。あんまり長くは居れないけど、沢山遊ぼうな」

「はいっ!」


 せっかく行くんだから、楽しまなきゃ損だ。

 チケットが誰の物かなんてのは考えるだけ無駄。得た機会を余計な考えで潰すなんて勿体ないことはしない。


 俺も当日を楽しみにしておくことにするとしよう。

 童心に帰るのもたまには悪くないのかもしれないしな。

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