勝利の女神は突如として
「角矢? あれ、お前もう帰ったんじゃないの?」
思わぬ来客……いや来職員?
それはどうでもいいけど、何で角矢がまだいるんだ? 勤務時間はとっくに過ぎてると思うんだが。
「え、違うよ。まだ制服着てるんだから、仕事中に決まってるじゃん。ちょっとだけ残業してただけだよ。今から帰るんだけどね」
だとのこと。姿を見かけなかったのは帰ったのではなく残業らしい。
仕事とはいえ週末でも熱心に働くな。一つ年下とはいえ、俺も見習うべき姿勢だ。
そんな帰宅間近の角矢、わざわざ俺たちの所に来て何のようだ?
「私のことはともかく、何してたの? 普段は見ないような暗い顔してたし、何かあった?」
「あー、気になる感じ?」
いや、来た理由はさっきの呼びかけの段階で分かってたな。
流石は気遣い上手。俺たちが──正しくは俺が問題にぶち当たってることを察したようだ。
ふむ……、角矢なら何か良いアイデア出してくれるかな?
期待こそ過度にはしないでおくけど、今は人の意見は貰えるだけ貰いたいところ。
かくかくしかじか──と、簡単にだが俺が直面している問題を説明。
それに対し角矢はうーんと唸り続け、数分間の沈黙を経て口を開く。
「う──ん……取りあえずきちんと考えたいから退勤切ってきてもいい?」
「まだ切って無かったのかよ」
おい、それサボりだろ。気の抜ける返事を貰い、角矢が退勤するまで待つ俺たち。
数分後、制服のエプロンを外した姿の角矢が戻ってきた。
「なるほどね。あそこの店の大会に出ると。でも集児くんが弱すぎて話にもならない……難しい問題だね」
「止めろよそうはっきり言うのは。傷付くだろ」
事実だとしても色んな人に弱いって連呼されたくないんだよ。
俺にだってプライドくらいあるんだからさ。
それはそれとして、角矢は俺の要求に応えられるような案を思いついてくれるのだろうか。
これで駄目なら仕方あるまい。玉砕覚悟で大会に臨むまでだ。
「……分かった。優勝賞品の全品半額券は私が手に入れて、それを集児くんに渡すってのはどう? ちょうど来週は休みだし、大会に私も出ていいよ」
「え!? いいのか?」
「おお、やったじゃん」
「角矢が出るなら決まったようなもの。うん、優勝おめでとう」
すると、角矢が出した提案に一瞬耳を疑ってしまった。
まさか……そんな都合の良いことがあるのか!? 最初に考えていた代理を頼めるなんて、ちょっと信じられないくらいだ。
実は角矢はファミスピプレイヤーとしては鳥場さんと並ぶくらい強い。
この通り穴唐や瀞磨も一切の疑問を抱くことなく勝ちを確信するレベルだ。
カード担当になったのもファミスピが好きだからって本人が言ってるくらいだしな。
「角矢が来てくれるなら問題解決だ! ありがとな角矢」
「えへへ、そう頼られると少し恥ずかしいな。でも、流石にタダってわけにはいかないよ。女の子の貴重な休日を使うんだから。うーん、じゃあ代わりに私の言うこと何でも聞くってのは?」
喜ぶのも束の間、やはりというか案の定というかタダで代理を請け負ってくれるわけじゃなさそう。
まぁそれも当然か。角矢はどちらかと言うと陽キャ側の人間だ。
俺の都合で休日を使わせるんだし、それなりの代価があってもおかしくはないよな。
「あはは、なんて冗だ──」
「分かった。俺とて何でもタダで手に入るとは思っちゃいない。優勝賞品との交換条件として、角矢の言うことは叶えられる限り聞くよ。それが筋ってもんだろ?」
出された条件に俺は二つ返事で了承する。
その実力に頼る以上、最大限要求には応えるつもりだけど、果たして何を求めてくるのやら……。
「え、ほんと? あ、いやいや。ま、まぁ何をしてもらうかは考え中ってことで……」
「そっか。一応言っとくけど俺に出来る範囲のことで頼むぜ」
取りあえず今は何もないようだ。
まぁ突然振って湧いた話だし、すぐには決められなくても当然よな。
ちょっぴり後が怖いけど、これで優勝賞品を手に入れる確立がグンとアップする。
角矢の実力なら心配は必要あるまい。俺の参加は多分必要なさそうで一安心だ。
「あ、そうだ。集児くんって私の連絡先知らないよね? せっかくだし今交換しようよ」
「なっ……!?」
「連絡先!?」
ふとした一言により、場の空気に緊張が走る。
いや、正しくはピリついた空気になったのは鳥場さんと穴唐の席だけなのだが。
「そういえばそうだったっけ? じゃあ交換するか」
「やった。じゃあスマホ出して。あ、ついでに
「あ、ああ。う、裏切り者! お前は同類だと思ってたのに!」
「そうだぞ! はんっ、もう奢ってやんねーし!」
「うわ
裏切り者て……。ただ今更になってスマホの連絡先とついでにSNSも交換しただけじゃんか。
連絡先を交換したからって頻繁に連絡を取り合う仲になるわけじゃないだろ。ちょっと考えすぎだぞ。
唯一冷静な瀞磨に宥められる二人を余所に、俺と角矢の連絡先は無事交換される。
どうせ一回か二回かのやりとりで終わるんだ。
別に騒ぎ立てるようなものでもないだろうに。連絡先一つで大袈裟な。
「ふふっ、やっと交換出来た……。それじゃ、家に帰ったらすぐにデッキ組むから帰るね! バイバーイ!」
「おう、気をつけてなー」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ輩を気にすること無く、角矢は早足で店を後にしていった。
でもちょっと気が早くない? まだ一週間もあるのに、もうデッキのことで頭がいっぱいとは。
何だかんだ角矢も楽しみみたいだな。それは何よりである。
そんな帰る姿を見送ると、不意にボン! と肩を殴られたかと思うくらい強く叩かれる。
う、嫌な予感。ちらっと後ろを見れば、怖い笑顔の鳥場さんがいた。
「ちょっとお話願えるかな? 同じ紙をしばく友よ」
「そ、そんな怖い顔するようなこと、俺してませんよ……?」
「ええい、嘘をつけ! 次回作の新主人公に立場と出番を奪われた前作主人公みたいな顔しておいて、その言い草はなんだ! 慰謝料としてなんか奢れ!」
「まだ醜い」
案の定二人から粘着攻撃を受ける。理不尽過ぎない?
ちなみに今の『次回作の新主人公に立場と出番を奪われた前作主人公みたいな顔』~ってのは、俺の顔は比較的マシっていう意味の褒め言葉らしい。
全然褒められてる気がしないんだけど。顔も得体も知れない新主人公と俺を比べるなよ。
結局俺は財布から一部を捻出することでオタクたちの怒りを静めることになる。
これをとほほと言わずに何と言う。地味に痛い出費だ。
†
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