難題、一体なんなんだい
「ただいまー……はぁ」
帰宅──俺は至極複雑な気持ちのまま、二つ隣の町から自宅へと直帰した。
理由は……まぁ、言わずもがなだ。どーすっかなぁ、マジで。
「大会優勝、か。ハードルが高すぎる……」
「そうなんですか? 大会って色んな人が集まってカードゲームをするっていうイベントのことですよね?」
頭を抱える俺に対し、ラフラは暢気に考えている。
そりゃプレイする側じゃなく、される側だもんな。プレイヤーの気苦労を理解してなくてもわけないこと。
「そう簡単な話じゃないんだよ。店舗大会でも試合は試合。真剣勝負の舞台なんだ。そこに立つだけでも萎縮するってのに、優勝だなんて……」
はあぁ──……、と口と心で大きなため息を吐く。
だって本当に俺の中では大問題なんだよ。大会優勝っていうハードルの高さは。
この時俺は、数時間前のエンバーニアの衝撃発言を思い出していた。
†
「大会で、優勝ォ!?」
『そうよ。優勝すればアンタは早くても来週にはあたしを買うことが出来るわ』
代替案を蹴られた俺に、エンバーニアは新たな案を突き付ける。
それがまさかの大会優勝というもの。そりゃ驚くのも無理ないって。
『来週の午後三時、このお店で店舗大会っていうのが開かれるみたいなの。優勝賞品はお店の商品が半額になる券。それを使えばあたしを半額で買えるはずよ』
「うーむ、た、確かにそれなら買えないこともないけど……」
た、確かにその高慢ちきな性格も今だけは許せるレベルで有力な情報を共有してくれるエンバーニア。
スタッフルームの金庫に保管されているから、そういうのもこっそり聞いてんのかな。
とはいえ物凄く高いハードルであることを除けば、思わず唸ってしまうほどその案は良い。
半額……つまり62000円が31000円になる。この差は結構大きい。
少し無理をすればギリ届かなくもない。それでも痛手には変わりないが、少なくとも道ばた雑草生活はしない程度に済む。
魅力はある提案だ。でもそれは俺にとって現実的では──
『異論は無しね。それじゃ、来週の大会頑張ってね~。遠くから応援してるわ』
「ちょっと待て! 勝手に決められると困る。そもそも俺、ファミスピそんな強くな……」
『もしそれで勝てなかったらアンタに買われるなんて願い下げよ。せめて準優勝の20%オフの券を狙うことね』
†
と、吐き捨てるような言葉で会話は終わってしまう。
話の続きをしようとしても居留守を決め込むもんだから、これ以上奇行に思われないよう帰ってきたわけだ。
「大会優勝、大会優勝……。最低でも準優勝。いやぁ~キツすぎるって」
「そんなに難しいんですか? 大会の優勝って」
「当たり前だろ。だって俺、ファミスピでも勝ったことあんまりないもん。マジで弱いんだって。優勝なんて仲間内の大会でもしたことないんだ」
ここまで落ち着かない様子を見せるのは、なにもエンバーニアに脅されたことだけが原因ではない。
この世は“好きだけど出来ない”と“出来るけど好きではない”のどちらも両立する世界である。
俺はその前者の人間で、ファミスピは好きだけどプレイヤーとしてはあまりにも才能が無いんだ。
本ッッッッ当に、弱い! 弱くて弱くて、そのあまりにも弱い自分に嫌気が差したくらいだ。
というかカードコレクターに転換した切っ掛けもラフラとの出会いだけじゃなく、周りのプレイヤーに勝てないというコンプレックスが一因にもなっている。
何度シャッフルしても毎回手札事故は起こるわ、逆転のトリガーは来たこと無いわで散々な結果だけ残る。
一応環境が更新されるたびに流行りのデッキとかは組んでいるけれど、ぶっちゃけ上手く回せる自信もない……。
「はぁ~……。どうすればいいんだ……。お手上げなんだけど」
「うぅ、そ、それでも練習はしてみませんか? 過去は駄目だったとしても、今は違うかもしれませんよ?」
独りでに落ち込む俺に、ラフラは前向きな言葉を掛けてくれる。
相変わらず優しいなぁ……。自信は依然として無いにも等しいが、ラフラの言うことには一理ある。
俺が実力に打ちのめされたのは小学生~中学生の頃。
あの時は身も心も子供で、ファミスピの事細かなルールを完全に理解しきれてなかったガキの時代だ。
大人である今ならば多少は違う結果になるんじゃないか?
最新ルールと公式の裁定は一応頭に入っているからな。その点は抜かりない。
「ありがとうな、ラフラ。お前の言うことも正しいかもしれない。取りあえずデッキの調整から始めるよ」
「その調子です! 私はファミスピのルールはあまり分かりませんが、きちんと応援しますので!」
心強い応援が俺の側にいる。うん、それだけは他のプレイヤーには無い俺だけの特権だ。
「よ~し、やる前からくよくよする前に、一度しっかりやってみないとな!」
諦めで得られる物はなにもなく、付いてしまうのは逃げ癖だけ。
そうなってしまうのはいただけない。
せっかくエンバーニアが出してくれたとっておきの秘策を無下には出来ないからな!
やる気を絞り出して、俺はカード部屋へと赴く。
プレイヤーとしてファミスピに向かうのはいつぶりだろうか。マジで年単位ぶりかも。
普段は知人に大会プロモなどを譲って貰っているから、本当に久々だ。
緊張……まだ始まってもいないのに、心臓がドクドクいってる。
もしかしたらこれが俺の再転換期になるのかもしれない。
ま、流石にそれはあり得ないか。漫画の主人公じゃないんだからさ。
†
お読みいただきありがとうございます。
次のエピソードに進むorブラウザバックする前に当作品のフォローと各エピソードの応援、そして★の投稿、余力がありましたら応援コメントやレビューの方をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます