エンバーニア様のご命令
「無理! 無理無理、買えないわこれ!」
ショーケースの前で不可能を嘆く俺。
それも当然だ。一万円前後だったら買ってもいいとは思ってたけれども、四捨五入で十万円になるくらい高いと流石に無理!
というかエンバーニアのカードを最初に発見した時点で気付いてたよ。
だって俺知ってるもん! 色んな店の情報から平均販売価格がこれくらいあることを!
「そ、そんなに高いんですか? 62000円って」
「ぶっちゃけ家賃より高い。これを買ったら今月は極貧生活を強いられることになる。今だって結構切り詰めてるのに、これ以上苦しくなるのは勘弁だ」
元がカード故の無知か、買えないことに不思議がるラフラ。
言うだけなら簡単だもんな。うーむ、後で金銭のことについて教えとくか……。
ちなみに俺の住んでるアパートは探しに探して奇跡的に見つけた家賃三万ちょっとの優良物件だ。
ただでさえ光熱費などを接収されている上でこんな物を買ってしまえば、生活難易度が鬼になるのが見えている。
マジで雑草とか食えそうな物を道ばたで拾うことも視野にいれないといけなくなる。
それだけはどうしても回避したい。人間は生活水準を下げることは出来ないからな。
「あいつには悪いけど諦めよう。どうせこの額じゃそう簡単に買ってく奴はいないだろうしな。ちょっとずつ貯めていこう」
「そうですか……。残念です」
物分かりの良いラフラは少し悲しそうになりながらも俺の妥協案に頷いてくれる。
現状俺以外に存在を認識できる奴がいないラフラにとって、エンバーニアは現状唯一の同じ意志持つカード。
それを諦めざるを得ないのは悔しいに違いない。俺も同感だ。
というか買えないことを本人に報告するのが一番苦しいよなぁ……。なんかすごい期待させてるっぽいし。
でも無理なものは無理とはっきり言ってやるべきだろう。仕方なかった、ってやつだ。
無念の気持ちで一杯になりながら、俺たちはエンバーニアの声が届くスタッフルーム前に戻る。
近付くとすぐに奴の声が届く。
『早かったわね。それで、私のカードは見つけられたかしら?』
「ああ。『
『フフ、ご明察よ。あんなに少ないヒントでよく見つけられたわ。ま、私の持ち主になるならこれくらい聡明じゃないと務まらないけれど』
「ほんとこいつ……」
相変わらず上から目線でちょっぴり苛つかせるやつだ。
設定じゃ女王のご身分だからって、意志持つカードでもそれを守ってんのかよ。
とはいえ俺の予想は大当たり。こいつはエンバーニアで間違いないらしい。
でも、これから伝えることを言ったらどんな顔するのやら。
あの性格だ。俺がこれまで培ってきたクソ客対応の経験からどんな反応をするのかの予想はつく。
「あー、でさ。それなんだけど、その……」
しかし予想はできていても言いづらいことに変わりは無い。
俺はエンバーニアを失望させてしまうことに罪悪感を覚えながらも、今回のことを説明した。
『は~~~~っ!? 買えないってどういうこと!?』
どかーんと、まるで爆発でもしたかのような、俺とラフラにしか聞こえない怒声が鳴り響く。
案の定エンバーニアは不満を露わにした。
そりゃそうだ。啖呵切ったわけじゃないが、購入すると約束したのに出来ずに終わったんだからな。
「エンバーニアさんに付いた62000円は相当なお値段だそうで、シュージさんには今すぐ払えることが出来ないみたいで……」
「流石にあの値段は手が出せないんだ。悪いけど今は諦めてほしい」
『あら、そんなに高い値段が付いてたのね。流石はあたし。でもそれとこれとは話は別よ! 何で出来ない約束なんかするのよ!』
うーん、耳が痛い。エンバーニアの期待を裏切ってしまった分、心の痛みも相まって何も言えないぜ。
だから、改めて約束を取り付けることにした。
「ほんとごめん。でも、俺としてもラフラのためにもそう簡単に諦めるわけにはいかないのは事実だ。三ヶ月、その期間があれば六万ちょっとの金額を貯めることが出来る。それまでの辛抱ってわけにはいかないか?」
俺はスタッフルームの奥にあるであろう金庫に向け、拝むように手を合わせて後日購入を約束する。
あの金額を一ヶ月や二ヶ月で揃えるには俺の賃金ではやや厳しいと俺の中で計算は出来ている。
でも三ヶ月の猶予があれば、およそ二万前後で済む。
痛手には違いないが、それでも借金以外の方法なら一番手っ取り早いやり方だ。
これが現状最速かつ資金的にも安全な購入への道筋になる。
果たして我が儘お姫様はこの案で納得してくれるだろうか……?
『……それ、嘘じゃないわよね? 本当に三ヶ月経ったらあたしを買いにもう一度ここへ戻ってくるの?』
新しい約束に対し、エンバーニアは半信半疑の模様。
まぁ気持ちは分かる。事情があったとはいえ、期待を裏切ってしまった相手から日を改めて購入すると言われているんだ。
疑り深いというかプライドが高いというか、気位の高いエンバーニアにとってこの選択はそう簡単に飲み込める内容じゃないのかもしれない。
でもだからこそ、もう一度信じて欲しいと思っている。
俺とて一人のカードコレクター。欲しいカードは時間を掛けてでも手に入れてやる。
かつてラフラという憧れを一度諦めた過去を歩んだ身。
同じ轍は二度と踏まないって決めてるんだ。
「約束する。なんなら週に一回のペースで様子見に来てもいい。経過報告の義務があったって問題ないだろ?」
「私も一緒に来ますよ。私にとって、新しいお友達を無視するなんて出来ませんから」
俺も、そしてラフラも、エンバーニアがうちに来てくれることは喜ばしいことだと思っている。
部屋が賑やかになるのは嫌いじゃない。食費がかさむこともなければ近所迷惑にもならないんだし、来るだけオッケーさ。
『……そう。分かったわ。アンタたちを信じる』
「良かった。それじゃ今日はこれで一旦帰って──」
『でも! あたしは気長に待つことはもう飽き飽きしてるの。三ヶ月なんて待ってらんない!』
俺たちの言葉を信じてくれたエンバーニアだったが、思わぬ反応に帰宅しようとしていた身体が急停止してしまう。
やっぱり待てないって……おいおい、我が儘すぎじゃないか?
今すぐ買えない理由は説明したはずじゃ……。
『アンタ、ファミスピしてるのよね? わざわざあたしを買おうとするんだから、それなりの腕前とみて一つ提案するわ』
「え゛。ちょっと待て。何か嫌な予感が……」
『黙りなさい。あたしを買う権利は来週までが期限よ。拒否権は無いわ。あたしのために──大会で優勝しなさい。それが絶対条件よ』
「え……えぇ────ッ!?」
予想だにもしないとんでもないミッションが突如として発生。
ここ一番の高飛車な発言に場所を弁えずおったまげてしまった。
†
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