彼女の名は、角矢美咲

「さ、着いたぜ」

「おおー、ここがシュージさんの行きつけのお店ですか」



 午前十時。俺は予定通り近所の中古ショップへと脚を運ぶ。

 店名は『何でも倉庫宝屋』。服や雑貨は勿論、家具、本、ゲームといったあらゆる分野の物を取り扱う古物商だ。


 ここの中に目的となる場所はある。土曜だし、多分いつものメンバーは揃ってるだろうな。

 自動ドアを開ければ、店内放送の騒がしいBGMが俺たちをワッと歓迎する。


「うわぁ、なんか音が物凄く鳴ってます! 私のいた所とは大違いですよ!?」

「あそこは静かだったもんなぁ。ま、慣れれば大したことないよ」


 この騒がしさに驚いたのか、ラフラは飛び退くように下がり耳を塞いでしまった。


 そこまで驚くか……と一瞬思ったが、よく考えれば先週ラフラを購入したショップは雰囲気も落ち着いていてBGMも大人しめだったのを思い出す。


 あそこに数年はいたであろうラフラにとって、この店の騒がしさは想像以上の物だったんだ。

 取りあえず落ち着かせ、店内に入ったら右に曲がって真っ直ぐ行けばすぐにたどり着く。




「『シードロ』使います。山から五枚見て、一枚回収。手札を一枚エネに埋めて、さらに回収。んで4コスバウンス」

「マジかッ。じゃ退場時効果で1ドロー……」


「じゃあこれの効果で山札シャッフルして、一枚目……来た! 『混沌の龍 グラヴァジラ』召喚!」

「早、上振れしすぎィ!」


「『マギ種』進化で『ヤマ鬼』に。そのまま攻撃で『赤ドラ』、『ラークル』の順で重ねて、そのままマテリアルバースト。赤ライフに5点、通りますか」

「通……らせるしかないか。来いカウンター!」




「ここは……!」

「ここが目的地だ。こうして週末になるとこの辺のファミスピプレイヤーがこぞって紙をしばきに来るのさ」


 店のBGMにも負けない熱気を放ちながら、店内の一角は盛り上がりを見せている。


 複数名ものプレイヤーがそれぞれが共通の認識を持つ略称でカードを迷いなく使う様はまるで暗号だ。

 ま、俺もそれを解読できる人間なんだけどな。


 というわけで、改めてここが宝屋のカードコーナー。

 二十人は余裕で入れる広々としたスペース。卓上競技カードゲームに丁度良い高さのテーブルと腰に優しい椅子も完備。


 この手の場所にありがちな異臭問題だって担当の努力によってそれなりに抑えられているしな。

 まさにカドゲプレイヤーに優しい世界。居心地が良いんだわ。


「あ、いらっしゃ~い。えへへ、一週間ぶり。先週は珍しく来なかったね?」

「ああ、角矢か。いやちょっと遠出してきてさ」


 コーナーの説明をしていたら、後ろから声をかけられる。

 振り返ってみれば、そこにいるのは店の制服である黒いエプロンを来た茶髪のショートヘアの女性。無論顔なじみだ。


「こちらの方は……?」

「ああ、この人は──って、あーやべ。そうだった……」

「ん? どうしたの? 急にそんなこと言って」


 突然現れた人物を見て頭にハテナを浮かべるラフラ。俺はすぐに説明をしようとしたところで気付く。


 普通に会話してたせいで一瞬忘れてたけど、ラフラは俺以外の人から姿が見えないんだった。

 証拠に目の前の女性……角矢美咲かどや みさきは訝しげな目で俺のことを見てきている。


 しくった……。いや、こうなる可能性を微塵も考慮してなかったわけではないけど、実際にやっちまうとかなり恥ずかしいな。


「あー、今のは気にしないでくれ。先週いとこが来ててさ、つい近くにいるんだと勘違いしてた」

「そっか。まぁ慣れちゃうとついやっちゃうことってあるもんね。分かる分かる。今のは見なかったことにしとく」

「助かる。角矢は優しいな」

「へへ、そうでしょ? もっと褒めていいよ?」

「調子乗んな」


 咄嗟に嘘をひねり出し、何とか体裁を保つ。

 相手が角矢で良かった。陰キャ率激高なカードゲームのコーナーを担当するだけに、こうした気遣いが出来るのは助かる。


 ちょっと調子に乗りやすいのが玉に傷だが、それ以外は完璧。

 流石この店の看板娘的存在である。ファンも多いわけだ。


「それで、今日はどうしたの? ファミスピしに来た?」

「まぁ……ちょっとな。今回もストレージを漁りに来たんだ」

「そうだよね。集児くんはプレイよりコレクターだし。そういえばこの前の買取で何年か前のプロモが入ったんだ。お眼鏡に適うか見てみてよ」

「おっ、マジ? んじゃ見てくるわー」


 という会話をして角矢と別れる。去り際に手を振ってきたから、俺も同じく手を振り返した。

 にしてもプロモか。一体どんなのなんだろうか……!


「私のこと、忘れてませんか?」

「はっ! そ、そんなわけないだろ? つーか俺以外にラフラは見えないんだから、人前で俺に話しかけるのは控えろよな」


 ジトッとラフラの目に、ついドキッと図星を突かれてしまう。

 だ、だって角矢のやつは人の好みを覚えるのが得意だから、店に来ればおすすめとか教えてくれるんだもん……。


 貴重かもしれないプロモに気を取られてなんかないぞ。きちんも目的は果たすって。


「ところで今の方はどなたなんですか? 随分と仲がよろしそうでしたけど」

「あいつは角矢美咲。この店のカードとおもちゃのコーナー担当で、店の看板娘みたいなやつさ」


 ストレージのコーナーに行くまでに、ラフラからの疑問に答えてやる。


 角矢について話せるのはこれくらいしかない。良くも悪くも顔なじみの店員というだけの間柄だ。


 それに結構モテるらしい。この前なんか角矢が休みの時に、あいつに気のあるやつらが卓の上で角矢について盛り上がってたみたいだし。


 まぁ、角矢ほどの出来た人間は大人になってもカードゲームしてるような奴らを選ぶとは思えないけど。


 片思いしてる奴らには申し訳ないが、現実は厳しいだろうねぇ。

 俺みたくフラットな気持ちでいるのが一番楽だろうに。


「何であれ今の目的は意志を持つカードの捜索だ。ここなら俺の家以上にカードを置いてあるからな。流石に見つかるだろ」

「そうですね。よーし、今度こそ見つけ出しますよーっ!」


 張り切った様子のラフラ。

 格好さえ考慮しなければこちらも元気いっぱいの女の子って感じで角矢にも負けず劣らずである。


 ともあれ奇跡は今日起こるのだろうか。

 数千枚どころか全部合わせれば万枚に近い膨大な枚数を、俺たちはこれから調べ上げるんだからな。











お読みいただきありがとうございます。


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