不可視な不可思議
「いらっしゃっせー」
翌日、俺は普段通り仕事に取り組んでいる。
カードを集めるにも金は必要だ。生活費や家賃だって一人暮らしをしていく以上自分で稼ぐ必要があるのは当然のこと。
ましてや昨日、推しであるカード『光の極竜賢 ラフィール・ラフランカ』という特大のファンタジーが同居人として俺の家に住むようになったんだ。
その食い扶持を稼ぐためにもこれまで以上に取り組まなければならない。
なんか嬉しいようなそうでもないような……。
でも所有者としての責任を取ると宣言した以上、撤回するつもりはないぜ。
「ありがっした~。ふぅ、まだ休憩まで長いな。客もいなくなったし……すいません、ちょっとトイレ掃除行きます」
客が空いたタイミングを見計らい、俺は同じシフトで先輩に一言告げて掃除に行く。
トイレは清潔感に気を配らないとすぐクレームが来るからな。
汚してくのは客側のくせに偉そうに言うからムカつくぜ。
そう思いながら掃除をする場面は割愛。それほど汚れてなかったから楽できていいな。
清掃用具を片付けて戻ろうとした──その時である。
「おお~……沢山ポスターが貼ってありますね。こっちには大きな機械が! 何に使うんでしょう」
「な……、ら、ラフラ!? ちょ、なんでここにいんだよ!?」
今し方通ろうとした通路に立っていたのは、ドスケベ衣装の女の子!
疑いようもないくらいにラフラ。おいおい嘘だろ……!
「あ、シュージさん。見てください、何に使うか分からない機械があります! 私初めて見ました!」
「コピー機とATMだよ……ってそうじゃない。何で実体化してるんだ! 仕事中はカードから出ないって約束だったろ? 自分の格好がどんなもんなのか自覚してんの!?」
未知なる物を前に暢気にはしゃぐラフラ。
実は出勤前にどうしても俺の仕事場を見たいって言うもんだから、大人しくすることを条件にカードを持ってきていた。
だが約束はあっけなく破られる。今は人がいないけど、店ん中には監視カメラとかあるんだからな!
こうやって心配をするのも当然のこと。だってそうだろう?
もう何度も思ったことだが、ラフラの服装は奇抜と言わざるを得ない。
リブ生地風レオタードで鼠径部はちょっと見えてるし、サイハイブーツに唯一覆えていない太ももは丸出し!
ノースリーブかつ長手袋。さらに顔は童顔の美人で、髪色はド派手なピンク!
コスプレの祭典コミケに出たとしても一番目立つであろう格好を普通の街でしたら即補導だぞ!
「そうなんですか? 確かに私の衣服はシュージさんとは大きく違いますが、そこまで騒ぐほどでは……」
「だから騒がれるレベルなんだって。もし誰かに見られるとヤバいじゃすまないんだよ」
自身の衣服のヤバさを理解してないラフラ。
確かに普通の人間の感性ではそんなこと思わないよな。種族の違いを感じる。
こういう間違った認識を訂正していくのも保護責任者である俺の役目。
はぁ、まるで子供か歳の離れた妹のようだ。ドキドキのベクトルが思ってたんと違う。
「取りあえずカードに戻ってくれ。もう変なことになったら大変になるの俺なんだからな──」
テテテテテテ~ンテ、テテテテテ~ン♪
「今の音は何の音でしょう? 耳に優しいメロディですね」
「ヤバッ、客が来た! あ~もうこっち来い!」
「え? ど、どこに行くんですか~!?」
しかし、ここでタイミング悪く入店音。お客様のご来店だ。
この時俺は咄嗟にラフラの腕を掴み、トイレの清掃用具室に連れ込んで隠れてしまう。
一畳にも満たない狭い物置部屋に俺とラフラが密着する形で収まる。
多少強引だったが、これで誰かに見られる心配は無くなった。ただ……。
「あー……、ごめん。無理矢理ここに連れ込んじゃって。誰かにラフラを見られて大騒ぎになるって思ったらつい……」
狭い部屋の中で、俺はまたしても衝動的行為をしてしまったことを反省。
しかもよくよく考えれば、今の状況は店員が女性を無理矢理連れ込んでる絵面になってしまっている。
やっちまった。こっちの方がヤバさ全開じゃねぇか。
ラフラを守るつもりが、誤解を招く行為をしただなんて。
ああ、監視カメラに映ってないことを願うばかりだ。奇跡よ、起こってくれ……。
「もう、シュージさんは慌てん坊な人です。そんなことを心配しても問題ありませんよ」
「へ?」
だが不安に陥る俺と違い、ラフラは何も焦っている様子はない。
純粋さ故の能天気なのか、あるいは事態を好転させる何か秘策でもあるのか。
すると、俺の腕から抜け出したラフラは、用具室の扉に頭を突っ込んで外の様子を伺う。
そういえば俺以外の物体には触れられないんだから、壁もすり抜けられるか……。小さな発見だ。
それはそうと俺も小窓から外を見る。
すると、入店してきた人物であろうサラリーマンがこっちに来ているのが見えた。
当然焦る俺。ラフラを引き戻そうとするが、向こうが一手早い。
「あっ、ちょ……」
「大丈夫です。見ていてください」
近付くサラリーマンの前にラフラが飛び出した。一瞬覚悟するが、それは杞憂となる。
するり……と、あの時のカーディガン同様、サラリーマンはラフラの身体をまるで何もないかのように通り抜けて男子トイレへ入っていった。
それだけじゃない。ぶつかるどころか存在にすら気付いていないようにも見える。
このドスケベ極まりない衣装の超絶美人を前にしてだぞ!?
唖然とする俺。こ、これは……!?
「ほら、言った通りでしょう? 相手がシュージさんと同じじゃなければ、私に干渉出来ませんから」
その場でくるりと一回転して、俺の方へ笑顔を見せるラフラ。
キュートな仕草に見蕩れながらも、俺はなるほどと唸る。そういうことだったのか……。
ラフラはどうやら俺以外には基本認知されないらしい。
見えない、触れない、聞こえない。一般人には虚無同然の存在のようだ。
となると監視カメラにも映ってる可能性は無いってことか?
なら納得だ。外に出ても人目を警戒しない理由を知っていたからだ。でも……。
「そういうのは先に言えってのよ」
「あたっ」
用具室から出ると、そのドヤ顔に一発デコピンを打つ。余計な心配かけさせやがって。
まぁ昨日の話を小っ恥ずかしさを理由に中途半端に終わらせて、他の話を聞かなかった俺にも非はあるけども。
だがラフラの存在が世間へ露見しないのは大助かりだ。
見つかって騒がれる心配がないのなら、別に無視しても問題ないだろう。ふぅ、ビビらせやがって。
まぁそれよりも一番の心配事は……一連の俺の動きが監視カメラにどう映ってるのか、それだけが不安要素なんだけど。
†
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