彼女は一体何者なのか?

「ようやく落ち着いてお話できますね」

「う、うん……そうだな」



 信じられないような出来事を経て、俺は自称……否、本物のラフィール・ラフランカと対面する。


 用意した座布団にちょこんと座っているけど、やはり座布団の形状に変化はない。

 乗っている様に床に座っているだけだ。これどうなってんだろうなぁ……。


「では再三改めまして、私はラフィール・ラフランカ。特技は魔法スペルの行使です。よろしくお願いします」

「正直まだ完全に信用したわけじゃないけど、信じられない物を見てるしなぁ……。うん、そういうことにしておく」


 三度目となる自己紹介で、俺はその存在を認めることにした。

 何しろカードから現れるだけでなく、魔法で痛みを消すという離れ業をこの身で実感したんだ。これ以上彼女を疑う余地はない。


 よもやこんなファンタジーに遭遇しうるとは……。

 妄想したことはいくつかあっても、実在するだなんて思ったことはないぞ。


「そういえば俺の名前って教えてなかったっけ。俺は束上集児たばかみ しゅうじ。俺のことはどう呼んでもいい。俺もラフラって呼ばせて貰うから」

「タバカミシュージ……はい、覚えました。今後ともよろしくお願いしますね! シュージさん!」


 取りあえず三回も自己紹介をされたんだから、こっちも名前を言わないとな。


 自己紹介をすると、ラフラは早速俺のことを下の名前で呼ぶ。

 うむ、可愛い女の子の綺麗な声で下の名を呼ばれるって、何か思ってたよりも悪くないな。


 推しのカードに自分のことを認知されるなんて、こんなに嬉しいことはない。ふへへ……。

 ……とまぁキモい感想は心の内に留めておくとして、ラフラに対する疑問は非常に多い。


 どこまで答えてくれるかは分からないが、取りあえず聞けるだけ聞いてみるか。


「ところでずっと気になってるんだけどさ、ラフラって何者なんだ? さっきもカードから出てきたって言ってるけど」


 まず最初に訊ねるのはラフラ自身のことについて。

 現状最も不可解な部分だからな。朝の時点で同じことを言ってるわけだし、適当についた嘘ではないと思う。


 だがケースがあまりにも突飛過ぎている。

 前例が無いか仕事の休憩中にスマホで調べたが、そんな情報は調べられる限りじゃ一つもないのは明白。


 本人から自身のことについてどこまで知っているのかは把握しておくべきだろう。

 どのような存在なのかさえ俺にとっては不明瞭なんだから。


「実を言いますと自分自身のことは私でもよく分かっていないんです。気付いたら私という自意識がカードに宿っていて……」

「自分のことをよく知らないのか?」

「恥ずかしながらですが……」


 最初の疑問だが、望むような答えは返ってこなかった。

 よもや本人でさえ自分自身のことに関して情報を持たないとは……これは予想外だ。


 こういうのって本人は知ってるもんだと思ってたんだけど……案外簡単な話じゃなさそう。

 一体何者なんだ、ラフラは……?


「ただ、少なくともそのカードは私にとって本体同然の存在だということです。大切に扱っていただければと」

「カードが本体……。そこは概ね予想通りか」


 手元のラフラのカードを眺めながら思う。曰くこれがラフラの本体みたいな物だとのこと。


 まさか何の変哲も無いカードにそんな意識が潜んでいるとは。

 この手の話ならよくあるっちゃある話で片付けられるな。そんな漫画みたいなことがあるとは思いもしなかったが。


「じゃあさ、どうやって実体化してるんだ? そんなことが出来るなら店にいる時点で歩いてどっか行けたんじゃないのか?」

「それについてはいくつか分かることがあります」


 ほう、二つ目の質問は少しだけ期待が持てそうだ。

 想像以上に自分のことに無知なラフラでも理解していること。それは一体何なのか、しっかりと聞き入る。


「一つは正式な所有者がいることです。ですが、ただ持ち主がいるだけでは実体化は不可能で、必須条件があるんですけどぉ……そのぉ……」


 すると、説明の途中で突然ラフラの顔が赤くなる。

 どうしたどうした? そんないきなり顔の色を変えるなんて。そんなに言い出しにくいことなのか?


「言いにくいなら無理に答える必要はないぞ。元々答えられる範囲だけで良いと思ってるし」

「いえ、そうではなくて……。その……実体化の条件なんですけど、端的に言いますと強くことなんです」

「愛される……?」


 そうです、とラフラは依然として顔を赤らめながら頑張って話を続ける。



「実は私、カードの状態でもある程度周囲の状況を把握出来ます。なのでシュージさんが昨夜、私に…………き、キスしたのを知ってるんです。それで条件を満たしちゃったってことで……」

「…………え、マジ?」



 衝撃の爆弾発言に、俺はまたしても全身が硬直する。

 昨日のことをラフラは知っていた? あの興奮故に起こしてしまった恥ずかしい一幕をだと!?


 それを聞いた途端、俺もラフラと同様顔が真っ赤になる。

 ヤバい、顔がめっちゃ熱くなるくらい恥ずかしい! そりゃ向こうも恥ずかしがるわ!


 というかそんなの普通気付くかよ……。カードに意思があるなんて誰がどう考えても予想できるはずないって!


 何であれ推しのカードを手に入れたことによる衝動的行為を、推し本人にしていたという事実に震える。


 朝の件よりも前に、俺は推しへセクハラ行為を働いてしまったというのかッ!?


「ごッ、ごめん……。そりゃ言い出しづらいよな……」

「いえ、その、気にしないでください。実を言うとちょっと嬉しかったですよ。あそこまで強い愛を感じたのは、多分久しぶりだったので……」


 き、気まずぅ~~……。こりゃ精一杯のフォローをされてる。

 いくら今の持ち主だとしても、見知らぬ男にカード状態とはいえいきなりキスされていい顔なんで浮かべられるはずないだろ。


 ましてやその愛をくれた男に翌日拒絶されたのはショックだったに違いない。

 激しく後悔。穴があったら入りたいってこういう時に使う言葉なんだな……。


 意思持つカードの存在が一般的だったら、こんな悲劇と黒歴史を生み出さずに済んだろうに。


「きょ、今日はこれくらいにしておくか……」

「そ、そうですね……。ああ、私ったら顔が熱い」


 お互いに昨夜の小っ恥ずかしい一幕を思い出してしまい、顔を赤くしてしまっている。

 恥ずかしいと思うのはラフラも同じことらしい。出過ぎた真似は厳禁だな。


「あ、そうだ。最後まで大事にするって言ったからな、所有者としての責任は取る。こ、これからよろしくな、ラフラ」

「……はい! これからよろしくお願いします! シュージさん!」


 ということで、俺の家に新たな同居人が加わった。

 ラフィール・ラフランカ。俺から愛とやらを受け取り、カードから実体化した謎の存在。


 これから俺の生活はどうなるか全く分からない。

 事実上の同棲……か。ううむ、俺は恋人とかいたことないから、全然予想が付かないんだよなぁ……。











お読みいただきありがとうございます。


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