社会はクソ、推しは幻想?

「らっしゃせー……」



 その日、俺は仕事に集中できなかったことは言うまでもない。

 仕事は別に好きでも嫌いでもないが、今日ばかりは早く終わってほしいと願うばかり。


 何故かって? そりゃ当然ラフラのことだ。

 俺は触れることが出来るのに、他の物体には触れられない……そんなことが実際に目の前で起きたんだ。気にならないわけがない。


 最早ただの不法侵入者で終わらせられる話ではないのは明白。

 というか侵入すらしてないかもしれない。窓は勿論ドアもきちんと閉まっていたからな。


 部屋の中から発生した可能性すらあり得るんだ。

 正体、及びその目的が気になって仕方が無い。


「幽霊……なのかな。ラフラのカードに未練があって、それでカードに取り憑いて俺の前で姿を現した……的な? いや妄想しすぎか」


 仕事中にも関わらずぶつぶつと独り言。

 良くないのは分かっているが、どうしても考えざるを得ない。


 色々と仮説を立てたところでどれもしっくりこないよなぁ。

 一番納得出来る仮説は、実際のファミスピ世界から召喚されたって感じのやつ。


 そんな漫画じゃあるまいし……納得出来るが一番無理がある。

 俺は生粋のカードオタクだが、それでもある程度そういう妄想からの卒業は出来ているつもりだぞ。


 なんであれ本人に聞く意外に解決の糸口は見つからない。

 実は朝の一件の後、時間が押してることもあって説明などは一旦保留にして家でステイして貰っているんだ。


 早く仕事が終わってほしいと思っているわけ。

 もしこれで本当に空き巣とかだったら最悪だけどな。


「らっしゃせ~。レジ袋お付けしますか~、はい。商品が一点、二点、三点……あ、おタバコは番号でお願いし……いや、ですから番号でお願いします~」


 客が会計に来る間は脳死で接客し、暇なタイミングで朝の件を考えるを繰り返す。

 俺が短いながらも社会経験で学び得たことは、仕事は基本クソということです。




「お先に失礼しやーっす!」




 時間は流れ八時間が経過。ようやく終労時間となった。

 残業は店長の意向で無いことを感謝しつつ、夕勤の先輩後輩に挨拶して退勤。


 帰路を法定速度でブチ抜いてやる意気込みで自転車を漕ぐ。

 愛車を駐輪場へ停め、急いで自分の部屋へ。


「…………ッ!」


 バァン! と開けると近所迷惑だから、ゆっくりと扉を開ける。

 中から音はしない。大人しく静かに待ってくれているか、あるいは出て行ったとか?


 鍵は掛かってたから多分家の中にいるとは思うけど。

 さぁ、何であれ家主が帰ってきたぞ。朝の話の続きを聞かせて貰おうか!


 ……と思ったのだが。


「あれ? 誰もいない……?」


 家の中に入ると、大人しくしているどころか気配すらないことにすぐ気付く。

 不思議に思ってトイレや風呂も確認。念のため押し入れも見たが、誰も何もない。


 家の中はもぬけの殻だった。

 あるのは趣味で集めた数千枚あるカードを保管する棚と、それに追いやられる寝具と家具だけ。


 狭い部屋にあのナイスバディ……じゃなくて、女性一人が隠れられるスペースはない。


「……もしかして本当に夢だった? 寝ぼけすぎてラフラの姿を幻視してたのか?」


 わけが分からない……と同時に腑に落ちる。

 思えば上着が身体をすり抜けたのは単に俺が無に服を掛けてたからだと考えれば納得できる。


 手で触れたのも恐らく幻覚。つまり寝ぼけていた俺のせん妄だ。

 夢の内容を現実に投影していただけなんだろう。


 なーんだ。結局全部俺の気のせい、勘違い、幻覚か!

 現物のカードを手に入れたことで相当興奮しすぎてたみたいだな!


「あっはっはっはっは! ……はぁ、次の休み病院行こ」


 俺、何かの病気かもしれん。通院を考えてみるかな……。

 そう空笑いして部屋着に着替え始める。診察券をどこにしまってたかなぁとも考えながら服を脱ぎ始めると──



「おかえりなさい!」



「んえっ!? ──ッ痛ぇ!?」


 当然の大声に不意を突かれ、脱ぎかけの上着で前が見えない状態のまますっ転んでしまう。

 そのまま柱に後頭部を激突。今のでちょっと視界が揺れた。


「わーっ! だ、大丈夫ですか!?」

「いってェー……ってか、うわぁ!? まだ幻覚が続いてる? いや今ので復活したのか……!?」

「もう、人を幻覚扱いしないでください! 私はちゃんとあなたの目の前にいますよ」


 痛がる俺に心配して駆け寄ってくれるラフラ。

 なんて殊勝な人柄だろうか。でも朝の件を幻覚として処理してしまっている以上、再度現れたことに驚愕するほかない。


 痛みを堪えつつ慌てて上着を着直すと、やはり目の前にはあの奇抜でセクシーなリブ生地レオタードの姿。


 心配半分、幻覚呼ばわりに怒ってる半分の可愛らしい顔を浮かべている。


 うーん、怒りの表情も可愛すぎて怒られてる感じがしないな。

 本人にとってそれは決して良いことではないんだろうけれど。


「…………マジで幻覚じゃないの?」

「最初からそう言ってますよ。……そうだ、丁度良いので証拠を改めてお見せしますね。お顔、失礼します」


 朝以来となる二度目の誰何。それに対しラフラを名乗る謎の存在は肯定の意を示している。


 そして、唐突に俺の頭部へと手を伸ばし始めた。

 一体何を……? と思うものの抵抗はしない。


 何というか害意を感じないし、これがもし幻覚であったとしたら何の被害に繋がらないと考えたからだ。


 その手は額と後頭部を挟むように付ける。それにより身体がより接近している状態になった。


 顔も近い。改めて見ると日本人には到底思えないし、どこの国出身かも予想出来ない美麗な顔立ち。


 こんな美人、生まれて初めて見る。この時俺は、目の前の人物に見蕩れてしまっていた。



「…………どうでしょう。頭の痛みは和らいだでしょうか?」

「え……。あ、本当だ。痛みが引いてる……!?」



 ものの数秒、見蕩れている間に施術は終わったようだ。

 不思議だ……。頭を触られた以外は特に何かされた感じはしないのに、先ほど打った箇所からスーッと痛みが消え去った。


 これも気のせいなのか……? いや、そうは思えない。

 怪我にもならないような痛みではあったが、それでもじんわりと続く痛みは数分続くはず。なのにもう痛くない。


 どうやってこれを治したんだ? まさか……なのか?


「これで信じていただけますでしょうか? 私は……光の極竜賢 ラフィール・ラフランカ。得意なことは沢山の魔法スペルを使ったりすることです」

「は、はい……」


 その言葉、その名、その特技を────この時の俺は完全に信じざるをえなくなっていた。











お読みいただきありがとうございます。


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