ラフラを名乗る可愛いが不審な女

「え……っと、待って。どういうこと?」



 いや本当にどういうことなんだよ。

 目が覚めたら推しのコスプレをした女性がいただけでも十分意味不明な状況なのに、その人から電波な発言が飛ぶとは。


 私を買った? 身体を実体化? おいおい、朝から頭痛案件なんだが。勘弁してくれ。


 俺は人なんか金で買ってねぇよ!

 風俗にも行ったことないようなオタクに出来ることじゃない。


 当然の疑問に対し目の前の女性は一瞬疑問を浮かべ、はっと気付いた様子で返事をする。


「そのままの意味なんですが……あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。では改めまして、私はラフィール・ラフランカ。昨日あなたに買っていただいた者です。不束者ですが今後とも末永くよろしくお願いしますね」

「うぉ…………」


 俺の困惑など全く意に介さず、礼儀正しく自己紹介をする謎の女性。


 ニコッと浮かべる笑顔。童顔系の美人が放つ笑みはすげぇで済まされないほど可愛い……って、いや待て待て!


 今何て名乗った? ラフィール・ラフランカ、そう聞こえたような……。


「え、ごめんもう一回名前言って?」

「ラフィール・ラフランカですよ。光の極竜賢……と聞けば分かりますかね?」


 聞き間違いかと思って再度名前を訊ねたら、一字一句同じ名前が飛び出す。今度は二つ名付きで。


 ポクポクポク……と脳内で木魚の奏でるリズムで思考。

 結果導き出されたのは、昨日買ったカードと完璧に一致した名前であるということ。


 確かに昨日、ラフラのカードを破格の値段で購入した。

 レシートだって取ってあるし、裏面の傷と念願叶えた嬉しさのあまりカードにキスをした恥ずい記憶もある。


 でもだからと言って、この状況になるはずがない!

 まだ夢の中だって言われる方が百倍納得できるんだが?


「いやいやちょっと待て。そんな冗談止めてくれよ。確かに昨日ラフラのカードを買ったけど、どこでそれを知った? ってか本当に何者? どうやって俺ん家に入ったんだ?」

「し、信じてない……。ええっと、どう言えばいいのかな……」


 このことを信じないのが予想外だったのか、ラフラを名乗る不審者はどう説明するか悩み始めた。


 当人には悪いがそれは人間として当然のこと。

 都合の良いことが発生したとして、そう易々と信じては一人暮らしなんてやってられるかってんだ。


 宗教勧誘や空き巣、押し売りの訪問販売……一人で生きる上で気をつけなければならないことは山のようにある。

 一人暮らしの身は信じるを簡単に使ってはいけないんだ。


 仮にこれが夢でないのなら、この人は不法侵入者に他ならない。

 まぁかく言う俺もセクハラの未遂をしていることになるわけだが……。


 もし素直に認めて帰ってもらうなら、先のイタズラのことを踏まえて全部見逃すつもりでいる。

 それくらいの慈悲……というか後ろめたさが俺にはあるからな。


 何であれ厄介ごとに巻き込まれるつもりは毛頭無い。

 回避できる事柄は良いこと以外全部避るのが俺のスタンスだ。


「う~ん、一体どう証明すれば……。ほ、本当に信じていただけないでしょうか……?」

「ぐぅッ、か、可愛い……」


 他に身分を証明する手段を持たないらしい自称ラフラは、美形童顔に付いてるキラキラの両目で上目遣いを行使。


 これがまぁ心臓を締め付けてくるくらい可愛いこと。

 あぁ止めてくれ、仮にも推しの姿をしてる人物にそんなことされたら許したくなるだろ。


 というかよく見るとコスプレ不審者にしては顔面の出来映えが異常に良いな。

 まるで本当に向こうの世界から来たみたいな……。非現実的な美しさを感じる。


 もっともそれはそれ、これはこれ、ケジメはケジメだけど。


「とッ、とにかく! 俺はそう易々と信用するわけにはいかないんだ。上着貸してやるから出てってくれ。これ以上関わると仕事に遅れる」

「本当に本当なのに~……!」


 この事態に忘れかけていたが時刻は早朝。今はこれ以上関わっていると遅刻しかねない。

 自称ラフラを立たせて居間まで押す。主張虚しくあっという間に玄関前へ。


 しかし朝から卑猥な格好──推しの服装は客観的に見ても変態的だからしょうがない──の女性を外で歩かせるわけにはいかない。


 押し入れの中から冬用のカーディガンを見繕うと、それを持って背中にかけてやろうとした時だ。


「はい、これ。菓子折りとかもいらないから、後でドアノブにでも掛けておいて────え」


 返却方法を説明しながらカーディガンをその肩に掛けた瞬間、俺の上着はパサッと床に落ちた。


 そのに気付き、身体が固まってしまう。

 普通ならば自称ラフラの肩から滑り落ちた……そう解釈するだろう。俺だってそう思うし、誰だってそう思うはず。


 でも俺の視界に映った光景はそれじゃない。

 肩から滑り落ちるのではなく、のだった。


「さ、最初からこうすれば分かりやすかったですね……」


 どこか恥ずかしそうにする自称ラフラ。

 こんな楽に身分を証明する方法を思いつかなかったことを照れくさく感じている様子。


 照れる姿も美人だね。でもそんなことを思う余裕なんて、今の俺には皆無なのだが。











お読みいただきありがとうございます。


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