34.一般配信者、烏丸ゴロウ


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 それからの流れは誰かに語るようなものでもなかった。


 とりあえず【十六夜の黒鳥ピース・バード】を再結成するかどうかについては保留。それに関しては俺の一存では決められないし、なんならメアリもリックンもシャボンも、たぶんいまは新しいグループかなにかに所属しているのではないだろうか?


 他の【十六夜の黒鳥ピース・バード】のメンバーにも連絡を取らなければならない。ということで後日に保留。


 スズリとテレサがやってきた段階で、俺はその二人に気絶したままのシラズさんを渡す。再会の喜びなんてなかった。いや。テレサは感極まって正面から抱きつきにきたので躱した。背後からの突進も躱した。キレたテレサが魔法を使ってきても相殺した。テレサは泣いて諦めた。つまり俺の勝ちだ。スズリはその様子を見て、布越しに口角を上げていただろう。


 元【十六夜の黒鳥ピース・バード】のメンバーだけで七階層に戻る。忘れ物を取りに――つまりは受験生達の遺体だ。ルシファーの遊び、気まぐれで亡くなってしまった彼らを、殺されてしまった彼らを、崩壊するダンジョンから救い出す。幸いにして氷漬けにしていたのでそれ以上の損壊はなかった。


 すべての人間がダンジョンから去った後、ダンジョンは崩れ落ちた。


 ダンジョンの外にはたくさんの人がいた。なにかしら揉め事があったらしく、救急車の他に警察車両もやってきていた。絶対に来ているだろうと思っていた狸谷もいない。あいつのことだから外で待っていて、


「死に損なったか」


 くらいのことは言いそうだと思ったのだけれど。


 まあ、いい。


 本物の空、本物の太陽、本物の風、本物の空気、本物の自然。


 肉体に補充されていた魔素マナが、急速に失われていく。


 一般人と大して変わらない肉体へと、戻っていく。


 視界の端では黒い案山子が風化していく。いきなり腐り、砂と化し、風に削られ、倒れていく。それはダンジョンの完全崩壊を意味している。


「ゴロウはこれから病院?」


 シラズさんが救急車に運ばれていく。その様子を見ているとメアリに訊かれた。


「まあさすがに。頭痛いし」

「痛いんだ。珍しい」

「感じないようにすれば感じないんだけどな」

「変。相変わらず」

「まあね」


 自分のひたいに手を当てる。まだダンジョン内部にいたときは傷の治りが早かった。魔素マナによる影響だ。けれど外に出て魔素マナが抜けてしまうと傷の治りは遅くなる。ということで俺も救急車に乗り込んで病院へ向かうことにした。たぶん頭蓋骨にひびも入っているだろうから。


「あとの話はリックンにお任せだにゃあ」

「勝手に僕に押しつけないでよ」

「私、帰るから」


 【十六夜の黒鳥ピース・バード】のやりとりを眺める。なんだか落ち着くやりとりだ。


 救急車のドアが閉められる。


 車内では、なぜか同伴として付いてきたテレサと話をした。ダンジョン内部でなにがあったのか。ルシファーという名前の悪魔について。さらにルシファーが漏らした【悪魔の王サタン】という言葉……については話さなかった。





 以後、くだらない話ばかりをして、病院で診察を受けて、一日だけ検査入院をして、解放されて、家に帰って、ミダレと戯れ、狐森さんからの電話を総スルーし、そしたら留守番電話に「試験の結果が出るまで二週間かかる」と残っていて、そういや実技試験中だったのか、と自覚し、なんとなく散歩に出ると近所の人とか学生、若い連中に声を掛けられるので対応して、調子に乗ってそいつらと遊んだら風邪をひいて、ああやっぱ引きこもりだと免疫力落ちるのかって自覚して、熱を出している間に、なんとなく、俺は配信を始める。


 そのタイミングで轟ハネコなる人物が俺に関する長大な記事を書き上げて、そちらも有名になって世界的に翻訳されたりしているらしいが、俺には関係ないだろう。


 配信者として活動を始めようかなって思う。


 そして配信の設定やらなんやら、ぜんぶを視聴者に教えてもらう。


 視聴人数――380万人。


 バグっているなと思う。でも復活というインパクトがあるのかもしれない。コメントがまるで拾えなくて苦労する。それでも手探りで設定を整える。名前をちゃんと『烏丸ゴロウ』に直して、すると視聴者から【本名でやるの草】【ネットリテラシーって知ってる?】と突っ込まれるけど、でもそもそも名前なんぞばれてるじゃねえかと俺はキレる。


 その日はコメントと喧嘩して、配信終了。


 だが配信そのものは楽しい。


 その後も暇潰しに配信をする。ゲームをするつもりにはなれないのでだらだら雑談する。語ることはあまりにも多すぎる。引退してからなにをしていたのか、話すと視聴者の中にも同じゲームをしていた奴がいて、対戦する。もちろん俺が勝つ。世界一をなめるな!


 あとは一発芸の手品とかを披露する。そんな日々を繰り返す。でも視聴者の反応はよろしくない。視聴者からは【いい加減ダンジョンに潜ってよ】【これじゃ探索者じゃなくて雑談配信者じゃねえか】【ダンジョン探索まだー?】【また見たい】とかされる。もちろん俺は天邪鬼なので裏を取りまくる。それにライセンスも発行されていないから。


 へたな料理配信をしたり、カラオケ配信をしたり、急にゲームがやりたくなって配信をして、ホラーゲームにはまって配信をしまくり、あと新規のネットゲームにはまって長時間配信をやり、視聴者を厳選。あとはやっぱり雑談、雑談、ゲーム、雑談、外配信、などなど。やっている間にライセンスが郵送されてくる。



 ――F級探索者、烏丸ゴロウ。



 どうやら本来は仙台支部に顔を出さなければいけないらしいが、忘れていたので郵送されてきたのだ。俺はそのライセンスを視聴者に見せる。どう? どう? 元S級探索者なのに、いまからF級なんだけど? おかしくない? ねえ、どう?


 ちなみに視聴者層は落ち着き、100万人を切るくらいで安定している。


 視聴者の反応は俺の期待していたものとは違う。


【ダンジョン探索者になるの?】

【雑談配信者じゃなくなるんか】

【いやゲーム配信者の間違いな】

【またどうせ今日もゲームだろ】

【ネトゲ地獄はやめろおおおおお】

【ホラゲやって】

【視聴者厳選回ですか?】

【ダンジョンは危険だからやめた方がいい!】

【やめとけ】

【やめといた方いい】

【一般配信者は死ぬぞ】

【雑談6、ゲーム3、カラオケと料理と外配信で1ね】

【ダンジョンは怖いところなんだよ。知ってる?】

【前に雑談配信者がダンジョン配信者になって亡くなったしな……】

【烏丸くんは健全な配信者だからダンジョンに向いてないよ】

【一生雑談してろ】


「うるせえ! 俺はダンジョン探索者だああああああ!」


 なんて日常を楽しんでいる間にリックンから連絡がある。


「ゴローくん。とりあえず元【十六夜の黒鳥ピース・バード】のメンバー、空いている面子めんつだけで十三人、集まったから来なよ」

「いつ?」

「いま」

「マジかよ。場所は?」

「いつものとこ」

「ああ。了解」


 電話は即座に切れる。いつものところ。俺は身支度を調ととのえた。


【いまの黒田リックン!?】

【声かわいいいいい!】

【ショタ期待】

【もちろん配信してくれますよね?】

【いまから外配信?】

【外配信きたあああああ】


 いやさすがに許可も取ってないのに配信なんてするわけないだろ、なんて常識的な文句は浮かぶわけもなく俺は配信を付けっぱなしでカメラを持って外配信をする。映すのは自分の顔だけ。慣れているやり方だ。そのままタクシーに乗って――向かうのはいつものところ。



 【十六夜の黒鳥ピース・バード】のたまり場でもある、BAR。『さ~びすしちゃいまース♡』の看板がうざい店。



 入るとすでに、元【十六夜の黒鳥ピース・バード】の連中である十三人は酒を飲んで出来上がった状態で騒がしい。俺が来たことにも気がついていない。なんなら気がついても無視される。傷ついちゃうワ……。


 どいつもこいつも個性的だった。個性の権化であるメアリとかシャボンが落ち着いて見えるほどに。


「なに飲む~?」

「コーラ」


 店主であるレミーは相変わらず気怠そうで、蛇のタトゥーも似合っていて、くすんだ金髪がそれらしい。俺はグラスに入れられたコーラを飲み干す。


 レミーを含めた十三人。まったく俺に興味がなさそうで、おのおのに酒とつまみを楽しんでいる姿は愉快だ。


 とはいえ仲が良いからのぞんざいな扱いであることを、俺は知っている。


 気を遣うような関係ではないのだ。全員。


 呼び出したリックン。さらにこの前助けに来てくれたメアリとシャボンもいた。


 そして俺は騒がしい仲間達に向かって、一言、放つ。



「俺の大事な後輩に呪いをかけやがった、不遜な悪魔がいるんだよ」



 瞬間、場は静まりかえる。



「付いてきてくれるか?」



 返事は必要なく、そして悪魔よりも悪魔的なグループは再結成された。


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