33.崩壊する世界の片隅で


   33



 合掌はどのタイミングでやるべきなんだろう?


 なんて考えている間に小惑星がルシファーの肉体をし潰した。大地が波打ち、砂が津波のように持ち上がる。小惑星はそのまま大地にめりこんでいき、衝撃波は大気の震動となって夜空にまで届く。


 俺は気絶したシラズさんを横抱きにした状態で中空に立っていた。届く衝撃波はルシファーから学んだ魔法の防御壁で遮断しておく。この魔法の名前を聞いておけば良かったなと思った。なんか魔法に名前があると格好いいから。是非とも危機が迫ったときに叫びたい。


「バリアー! 無敵バリア! これタッチ無効だから!」と。


 でもちょっとダサいか? 衝撃波が過ぎ去ったあとにルシファーを見下ろしながら手を合わせる。供養するつもりはないけれど、必要な所作であるような気はした。


【さすが悪魔キラーだ】

【六年前とぜんぜん変わってないじゃんw】

【人類最強】

【伝説復活! 伝説復活! 伝説復活!】

【完全復活じゃん】

【もしやS級から復帰?】

【いや試験してんだからF級でしょ】

【この場合どうなるんだろうね 昇級の具合は】

【伝説的迷宮之王探索者K】


 シラズさんのスマホからコメントの音声が流れ続けている。とても高速だ。たぶん訓練した人間でなければすべてを聞き取ることは出来ないだろう。どれだけの人数がいまこの配信を見ているのだろうか? 気になったけれど――それより先に俺は振り返る。


 直感だった。


 直感は正しかった。


 夜空に、亀裂が入っていた。


 まるでクッキーにフォークを突き刺したような、出鱈目な亀裂だった。


「ところでおまえらに聞きたいんだけどさ」


 なにが起きているかは理解不能だ。けれど夜空が割れる。さらに砂漠も割れている。それは小惑星による衝撃波による影響ではない。亀裂の先――本来であれば地表が見えていなければならないにも関わらず、光の届かない暗黒が覗く。しかも。


 割れた空が落ちてくる。割れた大地が浮かび上がる。なるほど世界の崩壊というのはこういうものなのかもしれない。俺はなんだか感慨深く思う。そして言う。


「今日って平日じゃん? いまって夕方前くらいの時間じゃん?」


 俺はそらを蹴って一気に加速する。戻りのロッカー。シラズさんは気絶したままだ。仕方ないので狭い空間に身体をねじ込んで二人で六階層へと戻る。


「みんな暇なの?」


【あ】

【あ】

【あ】

【うるせえ】

【無駄口を叩くな】

【暇に決まってるでしょ】

【みんなニートだよおおおおおお】

【それ禁句だからやめてね】

【暇っていいもの】

【ニートでもいいじゃない】

【休暇中の探索者です】

【ガキがよぉ】

【夜勤明け】

【いまから仕事だよん】


 六階層の崩壊はさらに酷かった。半分に折れる――というよりもそれはもはやゲームのバグにも近い――木々が不自然な形で断裂して空中を彷徨っていた。もはやダンジョンに生成されるすべては重力など関係ないようだ。……魔物を除いて。


 しかして魔物もダンジョンの崩壊に混乱に陥っているようだった。ゴブリンのすぐ傍を駆け抜けても俺になど気がついていない。血に飢えているはずの『渇きのオーク』達もおろおろと狼狽えていた。その横を抜けていく。五階層のロッカーを目指して。


 と。


「ゴロちゃん」


 緑の隙間から紅蓮が覗く。


 赤い髪の毛が垂れ下がっていく。それは彼女がしなやかな身体で断裂した木の幹に掴まり――その木が徐々に空中へと伸び上がっていくからだ。本来であれば恐怖しそうなものだけれど、まあこいつがこの程度で恐怖するはずもない。


 ――赤月シャボンは身軽に登場する。


「久しぶりだにゃあ」

「なんでここにいんの?」

「なんでだと思う?」

「ストーカーだから」

「正解にゃ。ちなみに、ストーカーはわたしだけじゃないよぉ」


 にやにやと赤い唇を持ち上げるシャボンは六年前と変わらない。同じグループ、【十六夜の黒鳥ピース・バード】に所属していた仲間。……ちなみに【十六夜の黒鳥ピース・バード】は入れ替わりの激しいパーティでもあった。ゆえにシャボンと共に活動していたのは一年くらいだろうか? それこそ現在はやる気のないBARを経営しているレミーと変わらない。


 そして、悪戯好きの猫にも似た赤月シャボンの背後から現れるのは、さらに俺の知っている奴らだった。


 元【十六夜の黒鳥ピース・バード】の、メンバー。


 相変わらずの尖ったファッションセンスは、さながら夕刻の雲みたいに、様々に色を変える。それでもカラフルな服装を着ている本人が淡い雰囲気を纏っているから、浮きがちなセンスも見事に調和していた。


 雲母キララメアリは、相変わらずにダウナーだ。


「や、ゴロウ。助けに来たよ」

「助けなんていらないしぃ」

「嘘つき。顔、ちょっと困ってる」

「困ってないしぃ」

「顔、嬉しそう」

「嬉しくないしぃ」


 メアリは風船ガムを膨らませる。どうやらこれ以上俺の面倒くさい返答を聞きたくないらしい。よかった。俺も我ながら面倒くさいと思っていたのだ。自覚しながらもこの返答を変えられないのは俺の性格がもともと面倒くさい寄りだからなんだろう。はあ。病む。


 さらにシャボンとメアリの間に、小柄な人影。


 黒田リックンは小柄な身体をスーツコートで覆っている。季節外れの格好だ。これで顔つきが老けていたら下手すると不審者に間違えられて通報されてしまうんじゃないか? よくいる、コートを剥いだら無敵の肌色が飛び出して「見てくれえええええ!」と叫ぶ人種と同じだと思われてしまうのではないか? と案じるのだけれどリックンは童顔で年齢不詳。噂では十年以上も容姿は若々しいまま、それこそ高校生に間違えられてもおかしくはない顔つきをしていて、得だよなあと俺は思う。


「ゴローくん、状況はどう?」

「どうだと思う?」

「うーん。まあ僕にはよく分かんないけど、ピンチなのかな?」

「そうそう。無駄口を叩いてる場合じゃないってわけ。分かったらとっと動けェッ!」

「急にキレるふりするボケ、もう寒いからやめた方がいいよ。あとゴローくんの立場でやると、下手すればパワハラだ」

「受験生なんですけど?」

「正当な事実なんてどうでもいいのさ。どう見えるか、っていう方が大事だから」

「ぴえん」

「それも古いよ。時代に取り残されちゃったんだね」


 え。古いの? 嘘でしょ? と俺は真顔でリックンを見つめるけれどリックンは俺を見てはくれない。さらにシャボンに視線を向けると「にゃはは」と笑われた。笑う意味が分からない。そんなに俺の顔が面白かったのだろうか? さらにメアリを見るけれど、メアリは顔よりも大きくガムを膨らませている。表情が見えない。なんだこいつ……。


 俺は膨らんだガムを破裂させてメアリの顔をベタベタにする。メアリが無言で立ち尽くす。もちろんダンジョンでガムを膨らませている奴の方が悪いので俺は謝らない。


 崩壊を続けるダンジョンで、そして俺は言う。


「テレサとスズリも来てるだろ? あの二人は?」

「お。よく分かったね。さすがゴローくん。気持ち悪いくらいの察知能力だ」

「いちいち俺をディスらないと喋れない制約でもあるの? リックンは」

「隙を見せる方が悪いんだよ」


 肩をすくめるようにしてリックンは言う。なるほど。俺は腹パンしたくなる衝動を抑えてシャボンとメアリを見る。二人ともメアリの顔に張り付いた風船ガムの残骸を丁寧に剥ぎ取っていた。まったく。こんな危機的状況なのに一体なにをやっているんだ?


「もうすこしで来るよ。途中で救助待ちの受験生グループがいてさ、二人に任せたんだ。そのまま外で待っていてほしいものだけど……あの二人は、ゴローくんが好きだしね。来ると思うよ」

「へー。来なくていいのにね」

「……きみってたまに鬼畜だよね。人間に対しても」

「いや。嘘かも。来てもらった方が助かるな」


 足下に亀裂が入る。瞬間に以心伝心で俺達は飛び退いている。と同時にメアリの魔法が発動して、俺達は雲の上に乗っている。突然に現れた雲だ。けれどそれが雲でないことを俺は知っていて、なぜなら甘い香りがするからで、つまりこれは綿あめである。


 赤い髪の毛をなびかせ、シャボンが自分の足下の綿あめからこちらに飛び移ってくる。その身体を受け止めると同時、シャボンは言う。


「でぇ? どうしたのかにゃあゴロちゃん。まだ避難しない理由は?」

「七階層に忘れ物があるっていうのと、あとみんなに、お願いがあって」


 驚いた猫のようにシャボンは目を丸くする。


「ゴロちゃんがお願い? 珍しっ!」

「いまの僕はちょっと機嫌がいいし、聞いてあげないこともないよ。ゴローくん」

「素直じゃない、リックン」


 メアリの突っ込みを聞いてから、俺は言う。


 落ちてくる空の瓦礫を払いのけながら。




「【十六夜の黒鳥ピース・バード】、再結成しようぜ」



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