26.【十六夜の黒鳥《ピース・バード》】
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彼女からは気怠げな雰囲気が常に付きまとっていた。それは浮世離れした気配にも繋がっていた。実際に雲母メアリは常識というものに
烏丸ゴロウと同じく、彼女もまた天才に分類される人間だ。
口元のガムが、割れた。
瞬間、一階層にいるすべての魔物が眠りに落ちた。
――雲母メアリは、ダウナーに語る。
「ゴロウについて? 知りたいの。いいよ。……べつに、みんなが言うほど、天才って感じじゃない。でもなんか、不思議。奇妙。変。
たとえば、みんなが逃げようとするような状況で、平然と前に出て行く。しかも、笑って、楽しんで。あれは
あと、魔物とか悪魔の殺し方も……残虐。絶対に手を緩めない。相手がどれだけ同情を惹こうとしてきても、同情しない。平気で命を奪える残虐性がある。つまりゴロウは……子供だと、思う。
子供は残虐。トンボの頭をデコピンで飛ばしたり。蛙に花火を突き刺したり。蟻を踏み潰したり。子供はひたすら残虐で、それもすべて遊びで、いつも楽しんでいる。ゴロウと同じ。
ゴロウも魔物を殺すときは楽しげ。悪魔と戦うときはもっと楽しげ。つまり、ゴロウは子供。残虐。すべて遊びだから。彼にとっては」
黒田リックンはスーツコートの懐に手を忍ばせる。懐には無数の得物がしこまれている。小生意気ながらに可愛らしい顔立ちをしていた。ともすれば少年にも見えてしまうほどの童顔だ。どこか毒気を抜くような容姿。
しかし彼はすべてを自覚的に捉えていた。自分の容姿が相手にどのような印象を抱かせるのか。自分がどのような態度をすれば相手の感情がどう揺れるのか。すべてを知った上で相手を翻弄することに躊躇がない。黒田リックンは打算的かつ、悪い性格をしていた。
懐から取り出したスイッチを起動させる。
瞬間、大地が爆ぜて二階層にいるすべての魔物が打ち上がった。
――黒田リックンは、無邪気に語る。
「ゴローくん? ふふふ。ダメだよ彼を誤解しちゃ。あれは人間じゃない人間じゃない。化け物化け物。天才とかって言われてるけど、天才ともちょっと違うよ? だってドジだし。馬鹿だし。簡単な問題をよく間違えたりとかしてるし? なんなら僕よりも頭が悪いんじゃないかな? はは。
あと、器用な感じだけど不器用だし。うんうん。分かるよ。
そう。なんていうかね、圧倒的なパワー系なんだよね。彼は。ほら、世の中の人間っていうのは、いくつかの分類が出来るでしょう? すると、彼は容赦のないパワー系だね。うん。だからさ、迷いのないときのゴローくんっていうのは恐ろしいよ。
迷いなく、ひたすらまっすぐ直進してくるゴローくんっていうのは、なんていうか、本当に、怪物じみている。同じグループ、同じ味方、同じ人間、だっていうのになんだか、心が震えちゃうくらいに、怖いんだよ
だからさ、天才っていうより馬鹿っていう方が正しいと思うんだよね。すくなくとも僕はゴローくんを馬鹿だと思ってるよ。究極の、最強の、馬鹿」
赤月シャボンは燃えるような
雰囲気は明るく陽だまりのような気配に
彼女は突然に
瞬間、彼女を中心に風のリングが三階層全体へと広がり、魔物達の首を飛ばした。
――赤月シャボンは、
「にゃはは! ゴロちゃんみたいな人のことを理解するなんて無理だよぉ。理解しようなんて無駄に決まってるじゃん? いいかにゃ? あれは人間だと思っちゃいけないの。あんなの人間なわけないでしょ? 冷静に考えてみれば分かるにゃあ。
だってさぁ、彼が、どれだけの数の悪魔を殺してきたと思ってるのさ? どれだけの数の魔物を殺してきたと思ってるのさ? しかもそれってつまり、死線を潜った数にも通じてるにゃあ。貫いてきた修羅場の数にも繋がってるにゃあ。
それであんな精神、普通、無理だよ。いやさ、うちはね、強さ的な問題のことを言っているわけじゃないんだよ? にゃはは。そうじゃなくて、命を奪ったり、奪われたりっていう状況に対する、精神的なタフさを言ってるにゃ。長く探索者をやっていると、
でもそれが普通で、うちだって休暇はたくさん取ってるしぃ、カウンセリングだって受けてるしぃ、メンタルケアは怠ってないにゃ。というか、長く探索者をやっている人なら誰でも。でもゴロちゃんは、そういうことをしなくても平気。休暇を取ってるところも、メンタルケアをしているところも、うちは見たことない。
なんせ彼、いつでもどこでも、たとえ悪魔の気配がするダンジョンの最深部でもすやすや寝るしぃ、S級ダンジョンを命からがら攻略した後、何食わぬ顔でそのままパフェとか食いに行くんだにゃ。さすがに、うちは付いていけなくなったよぉ」
純白の気配を放つ彼女は派手なことはなにもしない。地道にヒントを積み重ねる。ヒントはやがて閃きを生み、雷光の如き答えを導き出す。
彼女は突然に人差し指を伸ばす。
まだなにも分からない未知なる四階層。しかし彼女が指さす先には孤独なロッカーが置かれていた。
――テレサは、感慨深く語る。
「うーん。先輩は変っすね。変以外にはなんとも言えないっす。天才? まぁ天才ではあると思うんすけどね。ほら。私って中学生のときから付き合いがあったんすけど、当時から変だったすよ。なんだろ。あの変さってどういう風に言い回すべきなんすかね……そう。
ありとあらゆることに躊躇がないっていうか。普通の人が踏みとどまったり、考えた末に臆病風に吹かれたり、理性的に判断して後退しようっていうときに、先輩だけは躊躇なく踏み出すんすよ。本当に、躊躇がないんです。それは自分に絶対の自信があるっていうのもあると思うんすけど、なんていうか――怖がらないところに起因しているっていうか。
――怖いっていう感情が欠如してるんすよ、先輩。
たとえば自分の命とか、立場とか、守るべきものが危機にさらされたときって、誰でも恐怖するじゃないすか。臆病になるじゃないすか。でも先輩はならない。平気で投げ出せちゃう感じがあるんすよね。で、それって傍から見てたらすごい怖いっていうか、心配になるんすけど、でも先輩自身は、あっけらかんとしている。
あー。私、先輩が迷ってるところって、見たことないかもしれないっす。まあでもそりゃそうっすよね。だって先輩、あんな好待遇のS級探索者をいきなり辞めるっていうときも、一切の躊躇がなかったっすもん。迷うような人間じゃないんすよね、やっぱり。
うん。捨て身になれる。すべてを平気で投げ出せる。なにも怖がらない――そこが先輩の、一番人間らしくない、人間じみていない、怪物なところだと思うっす」
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悪魔には、分からない。
悪魔には分からない。
目の前に座る人間のことが、男のことが、分からない。
砂の焦げたにおいが、形の良い鼻をくすぐった。
灼熱の太陽に、血が、光る。
満身創痍の――人間。
烏丸ゴロウ。
こいつは、なんだ?
分かったような気がしていた。なにせもうずっと昔から悪魔は追っていたのだ。自分の親友達がはじめて殺されたとき――およそ十年も前から追っていた。ずっと追っていた。まるでストーカーのように。いや。文字通りの
理解した、気になっていた。
いまは分からない。また分からなくなる。手の平にちゃんと掴んだはずだった。もう二度と離さないように掴んだはずだった。烏丸ゴロウという人間の実像を。その正体を。そして呪いによって縛るつもりだった。同じ悪魔という存在になる呪いを掛けることで。
もちろんすぐではない。呪いというのは遅効性の毒である。けれど次第に烏丸ゴロウは悪魔になっていく。そういう呪いで、縛る、つもりだった。いや。
既に勝っていた。
血が、また、光る。
烏丸ゴロウの顔は、血に濡れていた。
悪魔は、勝った。
五発。
呪いは、烏丸ゴロウを、
烏丸ゴロウは、もう、負けた。
はず、だった。
ゲームは終わらない。
「次は俺の番だ。いえい。よし。次こそおまえに勝つかんね、悪魔。おまえの名前を知って、おまえを弱体化させて、そして、殺すよ。容赦なく殺すよ。だはは。おまえがなにを叫ぼうとも殺す。喚こうとも殺す。泣こうとも殺す。絶対に殺す。――それまでは遊ぼうぜ! 楽しく、笑顔で」
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