24.烏丸ゴロウの悪魔的所業


   24



 ――かちゃり、と。


 ひたいに当てられた銃口は冷たいままだった。


 絞られた引き金は、なにも撃ち出しはしない。


 俺は微笑み、悪魔も微笑む。


 撃鉄ハンマーが、戻った。


「残念。きみの敗北っていうものを目に焼き付けたかったんだけどなぁ。はは。でもまあ、分かりきっていることでもある」

「負け惜しみ乙w」

「きみはこんな簡単には負けない。負けない運命さだめだ」

「中二病乙w」

「でも、いずれは必ず、負ける」


 悪魔が回転式拳銃リボルバーを差し出し、俺は受け取る。……確かな重さがあった。質感は想像よりも金属質だった。砂漠の熱を吸収するのではなく弾くようにして、異様に冷たかった。


 俺は弾倉を開く。魔素マナによって生成された紫の弾丸が一発だけ籠められていた。しかしそれは弾倉をずらした瞬間に霧散していく。まるで魔物の死体が燐光りんこうとなって天に還るかのように、紫の淡い光の粒子となって。


「てか俺、べつに負けなしの人生ってわけじゃないから」

「でもきみは、人生の重要なターニング・ポイントでは、必ず勝ってきたじゃないか。ボクの親友達との勝負で、一度も負けていないのが良い例だ」


 そして俺は――悪魔には悟られないように、意識を、集中させる。


「どうでもいいことでは負けるよ。俺」

「知っているさ」

「勝手に理解するなあッ!」

「こわ。急に怒るなよ……」


 俺は外した状態の弾倉を回す。からからからから。音は軽い。けれど回る感触はすこしだけ重い。なるほどこれが、回す感覚か。俺は何度でも弾倉を回す。回しながらに感覚というものを手に染みこませていく。


 さらに――想定。


 魔素マナの弾丸を籠めたときの重さというものを、想定する。


 しかし、やはり、気取られてはいけない。


 だから、意識を逸らすように、提案。


「悪魔」

「なんだい。それにしても悪魔、というのはつれない呼称だよね。あくちゃん、とか。そういう風に呼んだってボクは全然構わないぜ?」

「あくちゃん。今更ながら約束しないか?」

「契約ならしてもいいけど?」


 回転式拳銃リボルバーの確認が終わる。


 俺は力の加減というものを完全に理解する。どのくらいの力で回せばどれだけ弾倉が回るのか。


 からの弾倉の一つに魔素マナを放出していく。ゆっくりと、ゆっくりと。たとえ撃ち出された瞬間の衝撃があったとしても形が崩れない――確かな密度と、精巧さを演出して。


「現状、俺はおまえに、単純な暴力という点ではかなわない」

「まあまあ。そうかもしれないね? きみのことだから、なにかとんでもない秘策でボクの度肝を抜いてきそうではあるけれど」

「この勝負、無茶苦茶な決着を迎える可能性もある。おまえの暴力によって」

「ボクはそんな無粋な真似をするつもりはないけど? これでも悪魔として矜持きょうじを持っているからさぁ」


 鼻で笑う。


「悪魔としての矜持なんて信頼できるわけないだろ」

「あはは! まあそうだね。いいとも。じゃあ、暴力はなしだ。このロシアン・ルーレットというゲームをしている最中、暴力の行使は、なし。これでいいかい?」


 俺は頷くと同時に空の弾倉から指を抜く。魔素マナの弾丸を籠め終えていた。……弾丸は青白い。さながら月夜に輝く三日月の銀光ぎんこうだ。


 濃密な魔素マナの弾丸は、確かな殺気にちている。


 当たり前に、俺は、殺すつもりだった。


 悪魔が弾倉を確認する。


 頷かれた。


 弾倉を閉じる。その表面の凹凸に指を当てた。回すのは一瞬。なんでもないように。回転。


 かららららちかちかちかちかち、かち、かち、かち、かち、かち、……かち……かち…………かち…。


 銃の撃ち方は知っている。俺は姿勢を綺麗に保ったまま腕を伸ばす。銃口を悪魔のひたいに押し当てた。もう絶対に、どんなことがあろうとも、外さないように。


「殺気というより、もはや殺意だねぇ。烏丸ゴロウ」

「俺は基本、魔物も悪魔も例外なく殺すつもりだから。もちろんあくちゃんも」

「はは。あはははっ! 本当に、天性の悪魔性だ。きみのような存在が人間として生まれてくるなんて、神様っていうのは愚かだよねぇ」


 引き金に指を掛ける。


 俺は――弾丸の位置を知っている。最初に魔素マナの弾丸をどこに仕込んだのか。そしてどれだけ回せばそれが撃鉄の位置に来るのか。すべてを感覚として捉えていた。



 ――違和感。



 そして俺は勝利を確信しながらに違和感を覚えている。どうしようもなく、まるで靴底にこびりついてしまったガムのような違和感を覚えている。払拭することの出来ない違和感。正体不明の違和感。


「まあ、きみは天才だものね。烏丸ゴロウ」


 悪魔は語る。


「音だろ? 弾倉が何度、回ったか。あはは。それくらいはするだろうさ。それくらいの、誰でも思いついて、でも誰も実行することの出来ない難しいことくらいは、容易に、こなすだろうさ。天才だから。……でも」


 悪魔の瞳――黄みがかった瞳の奥が、落胆を、告げた。



「きみらしくない」



 不発。


 撃鉄は、なにも叩かない。


「きみらしくないよ。本当に。……六年前のきみであれば、そもそも暴力の行使を禁止する、なんて契約もしなかったはずだ。あのときの、悪魔的なきみなら」

「懐古厨乙w」

「ちなみにこの回転式拳銃リボルバーは特別製だ。すべてランダム。すべて運。攻略しようなんて考えないでほしいな」

「クソゲー乙w」

「これは単純に、ボクときみ、どちらが天運を持っているかの勝負だよ」


 俺の手から回転式拳銃リボルバーを奪い、悪魔が、弾丸を籠める。


「思い出してくれないかい。悪魔よりも悪魔的だった、六年前以前の自分を」


 弾倉が、閉じられた。


「きみの悪魔的所業について、語ることには尽きない」

「俺、意外と優しいって評判なんすよ」


「たとえば【業火の悪魔インフェルノ・デビル】をきみは金属バットで殴り殺した。ボコボコだ。ボコボコ。なぜそんなことをしたのか。動画を撮影していたらしいね? 『S級ダンジョン攻略してみた(笑)』だっけ。ただ動画で面白いことをするためだけに、きみは、【業火の悪魔インフェルノ・デビル】を、金属バットで屠ったんだ。ばこんばこん殴って。言葉が喋れなくなるまで。最終的に【業火の悪魔インフェルノ・デビル】の肉体は、原型をとどめていなかった……」


「いやでもあれはしょうがない! あいつめっちゃ強かったもん! あと金属バットはしょうがない! 漫画のせいだから! 俺のせいじゃないから! 不可抗力だから!」


「なら【双子の悪魔デビル・デビル】は? 酷いものだったよね。片方だけをきみは執拗に狙った。ちなみにあれは、一応は兄の方だ。そうさ。きみは兄の【双子の悪魔デビル・デビル】をひたすらに攻撃して虐めたんだ。弟がどれだけ気を惹こうとも無視して。弟の方がもう許してください、勘弁してください、兄を虐めないでくださいって懇願しているにも関わらず……。ひたすら、気絶している兄をボコボコにし続けた。しかも! きみはめちゃくちゃ良い笑顔だった! 覚えているかい?」


「覚えてる覚えてる。でもあれも、しょうがないから! 複数の相手で片方だけを狙うのは常套手段だから! それで戦意喪失させるのが攻略法だから! あと笑ってたのはほら、兄? の方がなんか最初にめっちゃ偉そうだったから、ギャップで!」


「そうそう。【空虚の悪魔ルーザー・デビル】は言っていたよ。すこしずつすこしずつ異空間から肉体を削られていったって……まるで拷問を受けているみたいな気分だったって。なにせ【空虚の悪魔ルーザー・デビル】は号泣したらしいね? もう負けでいいです! もう私にはなにも出来ません! あなたの勝ちでいいので、それ以上痛いことをしないでください! って。でもきみは許さず、異空間に侵入しては、【空虚の悪魔ルーザー・デビル】の肉体を削った」


「いやそれもしょうがない! しょうがないんだ! それが攻略法なんだ! 弱体化させないとあいつ話にならなかったから! しょうがないじゃん異空間に肉体を置いてるんだから。しかもすぐ逃げようとするんだから! てかさ、命のやりとりをしててさ、自分がいざ負けそうになると簡単に許してくださいって、なんか、変じゃん? だって俺が泣いても絶対許してくれないじゃん? でしょ?」


「だから、残虐でも許されるのかい?」



「うん――徹底的に殺すよ。俺は」



「やっぱり、きみは悪魔だね!」



 悪魔が満面の笑みを浮かべた。



「――この弾丸は必ず命中する。天運は、きみを悪魔と認めるさ」



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「じゃ、救出に行くでござるかぁ。――テレサ殿」



 かたわらには、殴られて呻き、横たわる狸谷の姿があった。



 そして、烏丸ゴロウが、かつて結成した、伝説のグループ。



「【十六夜の黒鳥ピース・バード】の、皆様も」



 漆黒を纏ったつわもの達が、靴音を揃える。




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