13.時計の町、カラクリ
13
四階層は時計の町だった。
平凡な田舎の住宅地を模しているけれど時計がたくさん針を刻んでいた。
たとえば塀の上の目覚まし時計。軒先に垂れ下がる振り子時計。あるいは宙に浮いている腕時計。地面に溶けている時計もある。もちろん電信柱に掛かっている壁掛け時計も。はたまた公園のフェンスに引っかかる鳩時計。
襲いかかってくるのは機械仕掛けの人体時計――カラクリだ。
きちきちきちきち――軋む金属の音が町全体に飽和する。
バネの弾ける音が襲撃の合図だ。
カラクリは屋根の上から飛びかかってきたり道の果てから全速力で疾走してきたりマンホールを吹き飛ばして現れたりと神出鬼没だった。すべてが人型であったり獣型であったりした。なによりちゃんと時計の町に相応しく――瞳が時計であったり胸に時計が掛かっていたりとバリエーション豊かである。
――面白い!
さすがカラクリの名に恥じないなと俺は嬉しくなる。嬉しくなりながら右足を振り上げて
最後の一撃でアスファルトが
空中に浮かび上がったアスファルトの破片を視界に捉え、回転しながら蹴り飛ばしていく。
クリティカルに。
インパクトを。
コントロールして。
――思い出すのはサッカーだった。俺は幼少期から運動神経に恵まれていた。探索者になりたいと思うまではありとあらゆるスポーツを習っていた。サッカーも当然履修済みだった。国内の名門と呼ばれるようなところからスカウトマンがやってくることも珍しくなかった。
足の甲で、蹴るのではなく、導くように、放つのだ。
「ひ――ぇ」
シラズさんの声にならない悲鳴を聞きながら俺は高速で飛礫を蹴り出す。ぱっぱっぱっぱっぱっ。音は意外にも柔らかい。それでも――鋭さは風を切る音となって
カラクリ達の肉体が破壊されていく。俺は動きを止めない。何度でも繰り返す。何度でも繰り返そうじゃないか――俺の暴力衝動に容赦の二文字は存在しないのだ。なにより――これは遊びなのだ。
的当てだ!
自然と口元が緩む。自然と胸の奥底から笑いが込み上げてくる。そして俺は素直に自分の感情に身を委ねる。面白い。だから笑う。喜ぶ。嬉しい。楽しい。ああ。爽快な気分っ。これでいい! これが俺の望んでいた遊びでもある!
気がつけばカラクリは死に絶え蒼い
「大丈夫? シラズさん」
いつの間にかへたり込んでいたシラズさんの手を取って立ち上がらせる。それでも膝は震えているようだった。そんなに怖い展開だっただろうか? まあ怖いかもしれない。
俺は足下の瓦礫を拾って目を細める。そして二百メートル先の曲がり角に向かって思い切り投げ飛ばした。瓦礫はライナーとなって曲がり角の塀を粉砕してその奥に隠れているカラクリも絶命させる。
手についた石灰を両手を鳴らして払った。
「ちなみに全然カメラとか意識してなかったんだけど、大丈夫かな」
「あ、えっと。その。いまのは、すいません。ちょっと途中までしか撮れてなかったかも」
「ああ、そう」
答えながらに、心臓に意識を向ける。
鼓動が早い。息切れもしている。血管の収縮と拡張が手に取るように分かる。じっとりと全身に汗が滲んでいるのも分かった。……もちろん当然の現象だ。激しい運動をしたのだから。
ただ、六年前であれば、確実に息切れも汗もなかっただろう。脈拍が上がることもなかったはずだ。
「素材でも拾ってゆっくりしようか」
「……人、変わるんですね? 結構」
「ん? 安心してくれ。俺は魔物じゃない」
「いやそういう意味じゃなくてですね。雰囲気が、こう」
「まさかカラクリの怪電波にやられたのか? 俺は魔物じゃない」
「いやだからそういう意味じゃなくて。……もういいです」
拗ねたように言われる。なにがなんだかよく分からない。やっぱりカラクリの怪電波でも直撃してしまったのか。どうすれば治るだろうか? 宙づりにして頭を下にして、それこそ振り子時計にすれば治るか。
「なんか怖いこと考えてませんか……?」
「安心してくれ。むしろ優しさだ」
「戦ってるときとそうじゃないときの差が激しくないですか。名無しさんは」
「それはよく言われる。よく分からんけど」
そして俺はカラクリの素材を拾い集めながらスマホを操作して自分の配信を見る。それにしてもチャンネル名『あああああ』はてきとうすぎただろうか。
視聴人数――41人。コメント――3。
おおっ!
視聴人数は順調に増えている。だが注目すべきはコメントだ。俺は目を見開いてコメントを眺める。そこにはアルファベットが羅列してあった。意味不明なアルファベットだ。「feuifwjefhwejfjwiefwef」。これはなんだ。暗号か?
俺はうーんと頭を働かせる。
「それbotの荒らしなんで気にしなくて大丈夫です」
「そうなの?」
とにもかくにも俺達はカラクリの落とした素材を集めて麻袋に突っ込んだ。そして麻袋を持つのは俺ではなくシラズさんである。……麻袋は探索用に特殊な作りをしている。一般的なイメージで考えられる麻袋よりも伸縮性があって丈夫で、軽い。
とはいえ中に入っている物まで軽くなるわけではない。
相当な重量のはずだった。
実際にシラズさんは抱えるときによろめいている。どう考えても俺が持った方がいい気がする。それでも俺は任せる。なぜならシラズさんが自分で持つと言ったから。持ちたいと言ったから。
過去に――俺はべつにそんなことを微塵も思っていなかったのに、自分を足手まといだと感じてグループを抜けていった仲間がいる。何人もいる。彼らはみんな自主的に辞めていった。申し訳なさそうに抜けていった。
『自分がいなくてもなんとかなるじゃないですか……?』
と寂しい言葉を残して。
だからたとえ自分ひとりですべてがこなせるとしても、ある程度は分散させた方がいいのだ。ある程度の役割の分散というのは重要なのだ。比重は片一方に傾けるべきではないのだ。役割は、誰しも抱えていた方がいい。
この二人グループの役割は決まっている。
俺は戦闘。シラズさんはサポート。
それを
で、あるはずだった。
0
どこでどう裏切ればいいのだろう? ――シラズは前を歩く『名無し男』の後に続きながら思う。時計の町を進んでいく。次の階層を目指して歩いていく。
というか、そもそも裏切るべきなのだろうか?
このまま進めば、合格は固い。
名無し男は変態だけれど強い。あまりにも強すぎる。たぶん
一体何者なのだろう……?
一見して普通の好青年だ。髪は茶髪でふわふわしている猫っ毛だ。地毛だろう。背筋はすこし丸まっている。全体的に漂うのは溌剌さと――同時に
裏切り方は簡単だ。
自分が任されている麻袋――素材という名のポイントが詰まっているものを、落としてしまえばいい。あるいは麻袋を壊すだけでもいい。こちらは二人グループ。そうなれば素材を持ち帰ることに苦労するだろう。ポイントは大幅に減るはずだ。あとは、遅延か。なにかしら遅延行為を働いて足を引っ張れば……。
裏切る必要はあるのか?
このまま名無し男に
名無し男の背中を見上げながらシラズはかぶりを振った。ダメだ。それではダメだ。なぜなら……先がない。たとえ探索者になったとしても先がない。
狸谷は、名無し男を裏切れば、その後もサポートしてくれると言った。
ゆえに――シラズは覚悟をまた胸に秘めた。
覚えなければならない大きな違和感には、気がつかずに。
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