12.裏切り者


 

   12



 F級ダンジョンも難易度が上がってるんだな。


 っていうのが俺の感想だった。足下に落ちているマッド・インプ達の素材を回収する。それは尖った耳であったり肌の一部分であったり肉であったり骨であったりする。泥にまみれていて気持ち悪いが、探索用の麻袋に入れてしまえば同じことだ。


 身体は軽い。


 既にダンジョンに潜ってから一時間が経過するだろうか? 順応してきたようだ。共鳴率ハーモニー・レートは体感としてはすこし下がっているような気がする。


 まあ、分かっていたことではある。俺は衰えている。


 それにしても……F級ダンジョンとは思えないくらいに魔物がたくさん出る。そもそもマッド・インプがこんなに集団発生するF級ダンジョンなど存在するのか? D級ダンジョンではよく見るが。まあいいか。


「あ。シラズさんどう? 配信は」


 視線を向けた先には女子高生――俺とペアを組んで実技試験にのぞんでいるシラズさんがいる。ちなみにシラズさんはいかにも優等生っていう感じのお下げの髪の毛を垂らした眼鏡女子だ。


「え……っと。はい。こんな感じで」


 小型のハンドカメラ――スズリに用意してもらった探索者専用のものだ――を手に持ちながらシラズさんがスマートフォンの画面を見せてくれる。映し出されるのは、大手配信プラットフォームの『RICH』だった。


 ちなみにチャンネル名は『あああああ』だ。配信タイトルは『仙台支部の実技試験攻略してみた(笑)』。


 視聴人数――16人。コメント数は0。


「これどう? 俺よく分かんないんだよな、配信。動画とかは見るんだけど」

「えっと。初回でこれなら、かなり上々です。ていうか……維持率が、ほぼ100%なので。凄いかもしれません、これ」


 たぷたぷたぷと画面を器用にタップしながらシラズさんが言う。なんかグラフとか図形が出てきて俺は吐き気を催す。俺は本当に図形問題とかグラフ問題とかが苦手なのだ。さながら吸血鬼に対してニンニクが効いてしまうように俺にも図形とグラフが効く。


「配信を見始めた人が、離れていっていなのだ」

「それ凄いの?」

「凄いですよっ! 私もその……なんていうか、いや。やっぱりやめておきます」

「なに? 実は配信者とか?」


 勘で言ってみたらシラズさんはぴくっと肩を震わせて上目遣いに俺を捉えて素早く瞬きを二回する。……それで俺は自然と口角が上がってくるのを感じている。


 俺は人間観察がそれなりに得意だ。あと直感にもそこそこ優れている。だから論理的な思考が苦手で図形問題とかグラフ問題がとっても苦手だけれど、答えだけは分かるなんてことが往々にして起こる。今回も同じだ。


 シラズさんは配信者だ。


「シラズさん、芸名は?」

「芸名とかじゃないですぅ」

「チャンネル名は?」

「知りません」

「どれくらい人気なの?」

「なにを言ってるかさっぱりですぅ」

「何系配信者か当ててみていい?」

「っ……あのっ。これ、コメント数0なの気になりますね!」


 強引な話の転回はあまりにも分かりやすい。けれど意地悪をし続けるのも悪いので俺は乗っかる。


「なんでみんなコメントしないんだろ?」

「……さあ? なんでだと思いますか? 名無しさんはっ」


 シラズさんはじっと俺を見ながら言う。どこか視線には棘が含まれているような気もする。そしてシラズさんは俺の顔、つまりは変装を見てから首を横に振った。この野郎……!


「まあいいや。次、行くか」


 現在地点は三階層。


 F級ダンジョンなので恐らく十階層あたりでおしまいだろう。そして俺は実技試験の合格基準について考える。まあマッド・インプをこれだけ処理したのだから合格は固いんじゃないだろうか? なら、さっさと出るべきか。


 俺の最終的な探索者になることではない。あくまでも探索者になるのは通過点だ。



 俺の目的は、テレサに掛けられた呪いを解くこと。


 青森県弘前市のダンジョン――そこに潜んでいる、悪魔を殺すこと。



「あ、あの。名無しさん。ちょっといいですか?」

「ん?」

「その。……麻袋、私が持ちますよ」

「? いや大丈夫。それにカメラ持ってもらってるし。悪いから」

「でも名無しさんが戦闘係じゃないですか。私が荷物持ちしますから」

「いや大丈夫。それにインプの素材とかで重くなってるし」

「私も役に立ちたいので! 私が持ちます!」

「いや」

「私が持ちます!」

「い」

「私が!」


 どうやらシラズさんはマゾヒストらしい。たぶんドMな縛りとかをしてゲームを攻略する系配信者だろう。


 俺はすべてを理解して頷いて肩に掛けていた麻袋をシラズさんに手渡した。最初は重そうにしていたけれど気合いで持ち上げていた。……膂力からして共鳴率ハーモニー・レートは低いらしい。まあ最初はそんなものだ。


 そのうち共鳴率ハーモニー・レートも上がっていくはずだ。



 才能なんていうものはいつ開花させても構わない。


 俺はたまたま最初からはな開いていただけだ。



「改めて、行くか」


 そして俺はおもむろに近くの木に手を掛ける。太い枝に体重をかけてへし折った。腰をバネのように捻り――思い切り解放! 投擲とうてきされた枝は一本の槍と化して密林の間隙かんげきを抜けていく。


 二秒後に魔物の絶叫が響き渡った。


 隣で「ひぃい!」とシラズさんが細い悲鳴を上げる。けれど俺は構わずに進んでいく。やがて見えてくるのは――大の字になって息絶えているサイクロプスだった。


 大きな目玉に木の槍が突き刺さっていた。……それにしても。


「サイクロプスなんてF級ダンジョンに出てたっけな」


 まあダンジョンの危険度が全体的に上がっているというのならば僥倖ぎょうこうだ。


 しばらく飽きることもないだろうから。



  0



 シラズ――儚樹はかなぎシラズは思い出す。


 つい三日前に仙台支部に呼び出され、そして人事部の幹部である人間に言われた言葉を。狸谷という、小太りの男に言われた言葉を。



『おう、来たか。ひひ。おまえが金に困っているのは知ってるぜぇ。親の借金があんだろ。なに、言われた通りにしてくれりゃあ悪いことにはならねえさ。頼み事は一つだ。


 ――実技試験で、妙な変装をした男とペアを組め。既に他の受験者には言ってある。おまえはただ、変装をした男とペアを組んで、足を引っ張ればいい。それだけすりゃあ、今回は無理だが、次回の探索者試験で絶対に合格さえてやるよ。この狸谷様がな』



 本来であれば一顧いっこだにせず拒絶すべき誘惑だった。


 頷いたのは、なぜか。


 理解しているからだ。


 自分の才能のなさを。


 探索者試験――筆記試験は勉強すれば受かる。勉強は得意だ。誰にでも出来る。それでも、実技はどうか。自分に実技試験をこなせるだけの実力があるのか。また――そもそも探索者として一人前になることは可能なのか?



 私は、凡人だ。



 それでも探索者を目指すのはどうしてか。夢があるからだ。もちろんF級探索者ではアルバイト程度の収入しか得られないだろう。だがE級からはダンジョン探索だけを生業として食えていける。C級まで至ることが出来れば講演会や教師、コーチとしての副業の仕事も舞い込む。仕事に困ることはなくなる。


 また、たとえF級探索者として一生を終えることになろうとも――ダンジョンには夢がある。未知なるお宝が埋まっている。宝くじが当たるよりもよっぽど高確率で億万長者への道は開かれるのだ。


 だから。


『ほ、本当に……ですか。本当に、絶対に、私を探索者に』

『しつけぇなあ。してやるって言ってんだろ。俺を誰だと思ってんだ。人事部の狸谷様だぜ。とはいえ次回だけどな。一度落ちた奴は、半年後に再受験だ』

『半年後でも構わないですっ。絶対に探索者になれるならっ』

『だよなあ。おまえ、弟達を食わせねえといけねえもんなあ。動かなくなっちまった両親に代わって、借金も返さねえといけねえしなぁ。まあ、安心しろよ。俺は約束はたがわねぇ。探索者になってからも、ある程度の面倒は見てやるさ』


 下卑げびた笑いに――それでもシラズは、縋ることを決めたのだ。

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