一五話 遣らずの弾雨③

(アイツらは一体何者?私を狙っていた?…そしてあの仮面、何処かで見たことがあるような…、記憶のすみに)

「ジェローズ騎士、私達はこのままお嬢様と殿下を保護したまま撤退となりますが、場所は如何に?」 

「…、足手纏は増やしたくありませんが、戦力は欲しいので先の運動場へ。彼らと合流後、宿へと帰還し防衛体制を敷きます。――センア」

 魔法名を口にすると同時に、ゼラの靴、その踵から赤い閃光を帯びた弾が打ち上がり、眩い光を放って爆ぜた。

「ビャスは後方へ、リン様は先頭を走ってください」

「はいっ!」

 鞄から金箍根きんここんを抜き取ったリンは、長さを六〇センチに握りやすい太さへと形を変えて、何時でも戦えるように準備を行いつつ、先頭を走っていく。

「っ!自然公園の色が!?後方から穢遺地あいゆのちが迫ってきてるわよ!?」

「何を―――ッ!?」

 「チマが錯乱している」と判断したデュロであったのだが、運動場へと向かって走っている一団を追い越すように白灰色の世界が広がっていき、「穢遺地が迫ってくる」という言葉の意味を理解した。

「前方、何か来ます!!」

まず――」

 地面から湧き出てきたのはいばらで出来た薔薇ばらの巨人が三体。

「ショウビって!?」

「リン様ご存知で?」

「推奨レベル60以上の化け物ですよ!!」

「…。植物系にしては異様な強度を持ち、体中にある赤い花からは毒を分泌します。迂回できればよかったのですが、」

 行く手を塞ぐように現れたショウビ、そしてシェオとゼラはお荷物を抱えている状況では、戦闘を回避することは叶わない。魔法師二人は護衛対象を下ろしては得物を取り出して。

「道を拓け、フーア!」

 ダンダンダン。正面の一体に向かって風の慈鳥からすと魔法弾を射出したのだが、…身体は半壊程度。茨を再編成し、一回り小さくしながら形状を元に戻した。

(護衛用の軽装備じゃ威力不足…)

 一発二五〇〇フィナンの弾丸を再装填しながらゼラは退路を探るも、離れた位置にもショウビが確認できてしまい、辟易とした表情を露わにする。彼女が殿となったところで進路が塞がれていることに変わりはなく、ただの犬死となるだろう。

「ビャス、デュロを抱えて。私は自分の脚でここを抜けるわ」

「…、チマ姫様」

「この魔物がどうかは知らないけど、初動で笹耳は私を狙っていた。なら囮くらい買って出るわよ」

「チマ様!?」「チマ!!」「「お嬢様!?」」

「みんな、デュロのことをよろしくね、私の大切な家族なの。――また、会えることを祈っているわ」

「!?」

 『――…また…会えることを祈っているわ。…元気でねリン、ビャス』

 ビャスルートの最終決戦前、リンとビャスを庇って被弾したチマが遺した最後の台詞。その一端を口にしたチマは、目にも止まらぬ速度でショウビの脇をすり抜けては、一身に注意を引いて姿を消していく。

「私はチマ様を追います、皆さんは何が何でも殿下をお護りください!!」

(チマ様の意思に背くのは私だけでいい。金箍根は、こう使う――――!!)

 隠し持っていた護陣佩に加工炭ごじんはいを挿入し、地面に斜めの角度で金箍根を刺したリンは長さを一〇メートル、二〇メートルと伸ばしてはチマの向かった方向へと自身を射出し、ショウビの一団を視界にとらえては。

(――――――うぐッ!!)

 足の竦む、いや先ほど食べたおやつと茶が胃を逆流し、口から溢れ出しそうな恐怖を覚える高所に、リンの心的外傷トラウマが精神を突き刺し掻き混ぜるも、宙に飛んでしまえば後は突き進み落ちるだけ。金箍根の大きさを小さくしては身体を縮こめて、無理矢理に墜落ちゃくちする。

「おうえっ!」

 吐瀉物を撒き散らしながら、金箍根の大きさを増しながら振るい、全身の筋肉と脳の血管がはち切れん勢いでチマを追っていた三体を吹き飛ばす。

「リン!?」

「驚くのは…後で、さっささっさで逃げますよ…うっ」

「私に構っていられる状況じゃないでしょう、それじゃ。私は先に行くから、リンも何処かへ逃げなさい、巻き込まれる理由なんてないわ」

「あります、私はチマ様を護りたいんで。大丈夫なんで、高所恐怖症なだけです」

「はぁ…、私の従者か、王城の騎士であれば解雇してあげたのに」

「お友達なんで命令は受け付けませんよ」

泛駕之馬じゃじゃうまね。…あの魔物たちは一貫して狙いは私みたいだから、いざとなったら置いていくわよ。というか…なんで私が狙われなくちゃいけないのよ、まったくもう!」

 楽しみにしていた巨大パンケーキを台無しにされたチマは、ご立腹な様子でショウビを引き付けるために駆け出す。

統魔族とうまぞくが出張ってくるには早すぎるし、そもそもあの笹耳族ささのみぞくは『義憤ぎふん』を名乗っていた。レィエに干渉していて、チマの身体を奪ったのは『均衡きんこう』。―――チマ様を救うための策が仇になっているんだけどもレィエ宰相~~!!)

「はっ、はぁ、ねえリン、貴女色々なことに詳しかったりするけど、仮面を着けたあの連中を知ってたりしない?」

「…いえ」

「…。嘘ね」

「!?」

「…本当に嘘だったの。まあ隠し事は私もしていたからいいけど、これから貴族社会で生きていくのだから嘘を嘘と見抜かれないようにしなさいな」

「はい。確かな情報、確立された情報ではありませんが、あの仮面は統魔族の用いていた文様だと思われます」

「統魔族!?神世の!?」

「独自の情報筋なので、眉唾と思ってもらっても結構なのですが、この一帯が穢遺地となったのがその証左かと」

「穢遺地は、はぁっ、神族が統魔族を封じたことによる余波って話じゃないの?」

「…、神族を否定する意思はありませんが、強大な統魔族を封じきれなかったが為の、力の漏れなんですよ。穢遺地と残響炭アレらは」

「――。純人族以外、他種族の前で同じことを言わないように!舌を抜かれて串刺しにされるんだから!」

「は、はい!」

「はぁ…はぁ…、はぁっ」

 周囲を見回し、ショウビから距離を置けた事を確認しては、木の根元にチマは倒れ込み呼吸を整えていく。緊張状態での全力疾走、加えて会話をしていれば息が続くはずもなく、胸元を開けては体温を逃がしていく。

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