一五話 遣らずの弾雨②

「衣装の丈…短すぎない?庭球てにすって本当にこんな格好でするものなの?」

 そういって運動場に表れたのは半袖の上衣に短い丈のスカートをいう、肌色の…体毛の多く見られる庭球衣で表れたチマと同じ意匠の女性陣。動きを阻害しないためとはいえ、大なり小なり羞恥心が働いてデュロたちへと視線を移す。

 男性陣はチマたちを刺激しないようにと気遣いをしつつ、バァナは彼女たちの生足を目に顔を赤らめて距離を老いてしまった。彼是騒ぎ立てるような為人ではないことに安堵して、四人は道具を手に庭球の遊び方を確認していく。

「要は玉が二度跳ねる前に打ち返せばいいのね」

「なんとなくで遊びましょうか」

 ものの見事に四人は素人で、庭球というよりは庭球の道具を使った玉遊びと化しているのだが、本人たちは案外に楽しくしているので、騎士や男性陣は茶々入れること無く見守っていた。

「いいのですか殿下でんか、チマ様と思い出づくりをしなくて。時間は無情に過ぎていってしまいますよ」

「昨日の釣りもだがな、チマがあんなに楽しそうにしている場所に割って入りたくはないのだ。何か稽古事に打ち込むか、屋敷でちょっとした娯楽に笑みを零すくらいの姿しか見てこれなかったから、友人にはなれない従兄の私ではなく、心の許せる友人と過ごせる大切な時間の邪魔はしない。色々と気を利かせてくれたのに悪いなバァナ」

「そう仰有るのなら構いませんが。私的にも、大切な友人には悔いのない時間を過ごしてもらいたいのです。昼後の演奏はお二人だけとはいきませんし、……少ししたらチマ様と一対一で庭球の勝負でも如何ですか?チマ様は案外に勝負事がお好きみたいですし」

「あいつが熱くなる勝負事は布陣札くらいだと思うが…。ふっ、今は良いさ、出来立ての友人との時間を優先して欲しいから」

「案外に奥手ですよね、殿下って」

「お前に言われたくないさ」

 信用の置けるバァナを茶化しつつ、二年と三年の面々で庭球に熱をいれる。


「ふぅ…、とりあえず一旦の休憩にしたいわ。昼前なのに陽射しが暑くって困っちゃう」

「夏ですからねぇ。私達は休憩としましょうか」

「あちらに東屋なんかもありますし、日陰でおやつなんかも良いかもしれませんよ」

「そうね、シェオにでも用意させるわ」

 手振りで休憩と茶の用意を伝えれば、シェオは頷き荷物置き場へと歩いていき、四人のおやつを順位していく。

「チマ様とシェオさんって本当に以心伝心っすよね、なんかカッコいいし憧れちゃいますよ」

「決まった合図があるだけよ。…それと長く仕えてくれてるってくらい」

「へぇそうなんすか、へぇ」

「私を見て何のお話しですか?」

「私とシェオは付き合いが長いって話しよ」

「そういうことですか。よく考えてみれば、人生の三分の一はアゲセンベ家に仕えていますからっ」

「じゃあ私は半分も顔を合わせているのね、ふふっ」

「お嬢様からするとそうなるのですね」

 にこやかにおやつの準備をするシェオは何処か誇らしそうにしていた。


 運動場の近くには庭園と東屋がちらほらと。休憩がてらに庭園を散策しようとチマが提案すればメレとロアは未だ休みたいらしく。

「二人の護衛をお願いね」

「はっ!」

 騎士に二人の護衛を任せては、シェオとビャスを連れてリンと共に庭園へと歩き出す。

「私も同行していいか?」

「デュロも休憩?」

「そんなところだ。ラチェ、ゼラ付いてきてくれ」

「はい」「。」

(あれ…?とんでもない場所に紛れ込んじゃった感じ?)

 王族二人に挟まれていることに気がついたリンは、動きを強張らせながら一行と行動を共にする。

 暫くは庭園の状況を事前に予習してきたと思しきラチェの説明に頷きながら歩いていき、ある程度の説明が終わったあとは雑談に話しが変わっていく。

「そこそこに運動をしていたみたいだが、体力は問題ないか?最近は倒れることもあったのだろう?」

「ああいうゆったりとした運動なら問題ないわよ。後先考えれないくらいに盛り上がると、駄目になっちゃうのだけどね」

「それで歴史に残るような絶技を出したとか。面白いことをしてくれるよ」

「無我夢中だった事もあって再現が出来ないし、トゥルト・ナツにまで迷惑を掛ける始末だったけどね」

「…トゥルト・ナツに?」

「詳らかな情報は入れてないのね。戦ってた相手も、私が気を失った際に助けてくれたのも彼女よ」

「…。」

「彼女のことは好かない?」

「嫌い…ではないのだが、近づけることは叔父上やチマの地位を悪くしかねん」

「ほーんと、私とお父様の事が大好きよね。そういうところもデュロって感じがしていいのだけど、…甘く見すぎよ、アゲセンベを。弱点の私が言うのはどうかと思うけど、お父様もお母様も実力で今の地位にいるんだから、相手の家がどうとかじゃなくて、王后として必要な才覚を持つ相手を選びなさいな。恋愛のことなんてからっきしだけど、伯父様と伯母様は政略結婚だけど凄く仲が良い夫婦なんだし、愛情は後から付いてくるものなのじゃない?」

「ならお前もさっさと決めてしまえ!本当に、まったく…、私に説教できる立場じゃないだろうに」

「デュロのせいにしたくはないけれど、貴方がお嫁さんを決めて派閥を固めてくれないと選びにくのよー。立ち位置的にデュロの領域を侵すこと無く、アゲセンベ家の事を考えてくれる相手なんてそうそう見つからないし」

(((…。)))

(うっ…)

 チマに気取られること無く、チマ以外の視線はシェオへと向いていく。チマとアゲセンベ家の事を第一に考えて、政治的に難しい立ち位置でもない。貧民の出身というところに関しては、彼の実力を鑑みて一時的に第六で功績を積ませれば爵士くらいの用意は容易い。

 灯台下暗しなチマがシェオの気持ちに気がつくには、数十年数百年の時間が必要なので、足踏みを続けている彼が自分で踏み出すしか無い。

(お前がチマと夫婦になるのであれば、私も諦めがつく)

(チマ様は優良物件なんで、油断していると取られちゃいますよ)

(いくら待っても、お嬢様は気が付かないかと…)

 言葉はなくとも伝わってくる感情にシェオはたじろぎ、心の奥底にある「チマへの独占欲」がこじ開けられていく。ここ最近、チマの傍らに立っている者は、シェオだけでなくなってしまった。

 接してみれば気安く人懐っこいチマ、種族が違っている都合上、容姿の好き不好きは分かれるものの、愛らしいことには変わりない。そして何より、布陣札やナツとの模擬戦闘で実力を周囲に示したことを切っ掛けに、一部の生徒からは評価されつつある。そう、今まで通り、うかうかしていられないのだ。

「おじょ――、ッ!!」

「「!」」

 カィィィン。シェオが口を開いた瞬間に、チマへと飛来物が迫りきてはビャスがそれを剣で切り落とす。

「っ何者、ですか?」

(いいところだったのに)

 姿を現したのは笹耳族の一団で、どこか虚ろな目をして焦点が定まっていない、不気味な連中だ。

「我は義憤ぎふん渾沌こんとんを踏み潰しに参った」

「我は義憤。まじわりしたねを砕かねばならぬ」

「我は義憤。道を正す者也」

笹耳族ささのみぞくですか。何を言っているかは…理解しませんが、こちらのお二人を誰かと存じての犯行でしょうか?」

 普段はおちゃらけた、風変わりなラチェが殺気だけで人を殺さん形相で睨めつけながら相手に問う。

「それは、―――」

 ダン!ダン!ダン!と相手の言葉を遮るように攻撃を放ったのはゼラ。手に持つのは魔法銃で、その全ての弾道が相手の頭部を狙ったものであった。

 のだが、何かしら防御の術があるのが、笹耳族には攻撃が届いておらず魔法弾は途中で消滅をしている。

 中折れ式の魔法銃を開いては空薬莢を、廃し新たに三発の弾丸を詰めていく。

「ラチェ、アレは厄介です」

「見れば分かりますよ」

(騎士が外れる機会を狙っていましたか、幸いにもチマ姫様のご友人はお強いと噂のブルード・リン嬢のみ。私が殿となれば撤退は可能でしょう)

 王族の二人が危機に瀕した場合、ラチェが最前線へと立ち、他の者が護衛しながら撤退するのが緊急時の対応法。彼以外の護衛三人は僅かに顔を見合わせてから、二人を担いで即座に行動を開始する。

「小賢しいな神の枝族しぞくら」

「然し我とて魔を統べた」

「そしてこれから、再び世を統べる」

(アレって!?統魔族の、統魔族に操られている人が付けていた仮面!?ってことは―――)

 杖を高く掲げた笹耳族を中心に一帯が色のない灰色の世界が広がっていき、自然公園の一角は穢遺地と化した。

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