一五話 遣らずの弾雨①

「我、義憤ぎふんが為すべきことは、連鎖を断つ根源の『渾沌こんとん』、琥珀こはく夜眼やがんを討ち滅ぼし、正しき道へを戻ること」

しかし…アレは均衡きんこうの領分」

「下手に動いては」

 焦点の合っていない虚ろな瞳の笹耳族ささのみぞくらは自然公園の一角にて顔を突き合わせて話し合いをしていた。

「外より来たりし者によって歪められた道を元に戻すには、同族への配慮などしている場合ではない」

「如何にも」

「繰り返される分岐点、その錨とした琥珀の夜眼を抜き上げることは、来たるべき、神威しんいを討ち滅ぼす聖戦の障害となりかねん」

「我の早き目覚めは、分裂という未曾有みぞうの状況をも産んでいる。五つの道を繰り返す、我々が仕掛けた安寧の砦を崩されるわけにはいかぬのだ。それに」

「ああ、感じている」

「忌まわしき盲愛も目覚めつつある」

「あぁ、忌まわしい。嘆かわしい」

盲愛もうあいは『諦堕たいだ』を持ち得ない琥珀の夜眼、『怠惰たいだ』に付くだろう。あの時のように」

「我々を討ち滅ぼしたあの瞬間のように」

はらわたが煮え繰り返るようだ…」

「あの瞬間を忘れることが出来ようか?」

「否」

「否」

「ならば」「我々が」「先手を打つべきだ」

 不審な笹耳族が杖で地面を突けば、そこを中心に数メートルが色を失い、白灰色へと変わっていった。


―――


 二日目は朝から昼前まで、チマたちの班は運動場で身体を動かして遊ぶ予定となっていて、昼後からは生徒が全員集まっての巨大パンケーキ作りと待っている。

 澄み渡った空には一点の曇りもなく、絶好の天気と言えよう。

 そんな朝方。昨日に散々燥いだ影響もあって、チマは他の三人が起きているのにも関わらずぐっすりと眠っており、どうしたものかと顔を見合わせていた。

「朝食までの時間は十分ありますが、チマ様のご支度を考えるとそろそろ起こさないとまずい時間でしょうか?」

「そう、かもしれませんね。昨晩も大変でしたから」

 湯浴みを終え濡れたチマの体毛を最初は彼女自身がのんびり時間を掛けて拭き取り、温風機で乾燥させようとしていたのだが、あまりに手際が悪く三人が世話を役に立つ至って、最終的には女性教師まで加わってお世話をされていた。

「来年からは、アゲセンベ家から使用人の手配をお願いしないといけませんね…」

「夜眼族ってあんまり湯浴みを好まない性質らしいのですが、純人族の国で暮らしている影響なのか、チマ様って毎日湯浴みをしているみたいなんですよ」

「綺麗好きなのは好感を持てますが、大変そうですよね」

 使用人らの苦労を悟った三人は、意を決してチマを起床に誘う。

「チマ様〜、朝ですよ」

 身体をそっと揺らしてみれば、口がクァっと開かれて欠伸が吐き出されていき、寝ぼけ眼で三人へ視線を向けてから掛布へ潜っていく。

「…今日は早いわねシェオ、……もうちょっとだけ寝るから。…、櫛と刷子ブラシは机に置いとい、て」

「「「…。」」」

 すぅ、と寝息が聞こえた三人は顔を見合わせてから、掛布を引っ剥がす。

「朝ですチマ様!」「起きてくださーい」「今は夏の野営会中なんで、支度を手伝ってくれる従者さんはいないんすよ!」

「わぁあ!何!?何事!?」

 心を鬼にしてでも起こさないと拙いと警鐘が鳴らされたため、全力でチマを起こしては身支度を行っていく。


 髪をけずり、体毛を毛繕いブラッシングすれば、着替えに移ることができ、湯浴み後と比べれば苦労が雲泥うんでいの差。

「チマ様ってお化粧は出来ないのですね」

「夜眼族用の化粧が有るとはお母様に聞いたことがあるけれど、山脈を越えた向こう側でしょ、手に入らないのよね」

「手に入ったらお化粧してみたいですか?」

「どうかしら。お母様が『手間がなくて楽々』なんて言うくらいだから、一回したら二回目はないかもしれないわ。ドゥルッチェに住まう以上はね!」

 正直、チマが化粧をしていようがしていまいが、純人族からすれば大差なく、本人もそれを理解している為に乗り気はない様子。

 同種族の異国人ならかく、異種族というのは目がえていなければ顔の造形で判別するのは難しく、化粧の有無どころか、汚れていると思われてしまう可能性すらある。

「こんなところかしら。何処かハネたりしていない?」

「問題ありませんよ」

「チマ様って毎朝こんなに毛繕いしているんすか?」

「そうよ。毎日しないと毛玉ができちゃうし、通気性が悪くなって皮膚病になったり、良いことなんて何にもないの。うちで飼ってるマカロと一緒よ」

 「猫と一緒で良いんだ…」という言葉は飲み込み、夜眼族は夜眼族で大変なのだと納得し、チマの着替えを手伝っていく。

「さっき名前の出てきたマカロさんって、そのぉ由来は画家のマカローニですか?」

「ええ、正解。メレもマカローニの絵画が好きだったり?」

「私はあんまり詳しくないのですが、父様が蒐集していまして」

「へぇー、マシュマーロン伯が」

「多分ですけど、チマ様がマシュマーロン領へとお越しになる際は、大手を振って勇みお会いになりたいと仰るかと」

「私は猫じゃないのだけどね。まあいいわ、メレの顔を立てて会ってあげるわよ」

「ありがとうございますぅ」

「ふぅん。マシュマーロン家で猫を飼っていたりしないの?」

「母様が過敏症持ちでして」

「そうなのね…、じゃあ領地に帰ったり、お母様とお会いになる際は衣服に気をつけて頂戴」

「はいっ」

 他人から猫扱いされると訂正をいれるが、自分は自身を猫のように扱うチマに、それでいいのかと疑問を覚えながらメレは頷いてく。

「それじゃあ朝食に向かうわよ。ふふーん、昼後のパンケーキが今から楽しみだわぁ」


 宿の朝食として提供される料理は軽めな物で、昨日の昼食と同じように必要な者が追加で頼むことで食事量を調整していく仕組み。

 並べられたのは野菜やゆで卵、湯で海老、鶏ハムなどがパンの上に載せられたスモーブローオープンサンドと、旬の果実水フルーツジュース。人によっては珈琲やマフィ領の名産たる茶を頼んで、スモーブローを切り分けて食んでいる。

(高級宿だけあって、日に三度の食事が本当に美味しい~。寮食と学校の食堂もだけど、基本的に貴族子息令嬢が口にするものだら、味と質が担保されてて助かるよ。母さんの料理が悪いとは言わないけどね)

 転生者であるリンは調味料や添加物のある現代の食事に慣れた状態で、異世界の田舎に産まれてしまった。最初の頃は気にする余裕もなかったのだが、ふとした瞬間にアレを食べたいコレを食べたいと思い出して、手が届かないのだと肩を落としていた。そういった時期と比べれば、今現在の美味な料理を楽しめる日々は天国そのもの。舌が肥えてしまうこともお構いなしに楽しんでいく。

(そういえば、煎餅があるから米と醤油はあるんだよね)

「チマ様ってお米に生魚が乗った料理って食べたことあります?」

「お寿司のこと?美味しいわよ、あれ」

(あるんだ)

「リンさんはドゥルッチェ西部のご出身ですよね?そちらの方からの知名度が非常に低いはずですが、よくご存知でしたね」

「え、魚食が好きなもので、はははー」

(行くか、ドゥルッチェ東部っ!)

「魔法道具での冷凍、そして鉄道技術の発展のお陰で王都にいる私も食べれるのだし、蒸気学と魔法道具学は大事にしていかなくちゃ駄目よね。これからもっと発展して、鮮魚が安価で手に入る用になれば、西部でも食事に海鮮を食べれるようになるかもしれないのだから」

「本格的に習うのは二年生からでしたっけ?」

「そうよ。本格的なのは専門の学院に行ったりして学ぶみたいで、学校の方では触りの分を教えて興味を持った人を引き込むって算段らしいわ。家庭教師の先生がいってたの」

 どちらの技術にも関わってくるのは残響炭ざんきょうたん。石炭という鉱山から発掘される化石資源も昔には使われていたのだが、神世から使われていた資源ということもあって現在は世界中から枯渇し、穢遺地あいゆのちに向かえば湧き続ける魔物を討伐することで確保できる残響炭た主流の現在の形に落ちついていった。

 神族によって資源が失われた、しぼかすの大地にて多くの種族は生きてゆく。統魔族を封じたとされる穢遺地を糧に。

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