一四話 河畔で釣りを!⑥

 ところ変わってチマはといえば。ビャスがリンと共に抜け出していった事を確認し、あちらはあちらに任せようと釣具を用意しているデュロ付きの麗人の護衛、ジェローズ・ゼラの後を追って釣り場へと向かっていく。

 この河畔かはん一帯は事前予約が必要な野営場で、今回はデュロやチマの為にバァナがマフィ家へと連絡を行い、昨年から予約を取り付けていた場所。本流から人為的に引かれた支流には、放流した虹鱒にじますが逃げてしまわないよう簡単なきが作られており、初心者でも釣りを楽しめるようになっている。

 本流も本流で幅広な河川であるため流れが緩やか且つ、深さもそれほどでないことから水遊びには最適で、水遊びをしたい者はそちらに向かった。

 手際よく釣具の準備をしていくゼラの様子から、釣りをし慣れている事が伺えて、チマの尻尾は分かりやすく揺れていく。

「ゼラって釣りには詳しいの?」

 コクリと頷きながら人好きのする笑顔を見せた彼女は、口笛を奏でながら釣竿を用意し終えて、チマへ手渡してから自身の分を組み立てる。

蚯蚓みみずとかの虫を糸の先に付けて釣るものだと思っていたのだけど、虫…?に似た疑似餌ルアーを使うのね」

「これは疑似餌ルアーでなく毛鉤フライと呼ばれる仕掛けで、由緒正しい競技釣りスポーツフィッシングの一種なのです。個人的には毛鉤の制作からチマ姫様にご参加頂いて、毛鉤釣りの楽しさを一から満喫してもらいたかったのですが、流石にそこまでの時間は用意できず、私が制作した物を使用していただきます。あぁ勿論のこと水生昆虫及び小魚の調査は、昨年に足を運んだ際に終えており、この時期この一帯に生息している水棲生物を模した毛鉤を数多く取り揃えておりますので、ご心配なさらず。私的には数日前から現地入りして、問題ないかどうかの試しもしておきたかったのですが、職務を怠ることは出来ずいきなりの本番になってしまいましたことを、ここに謝罪いたします」

「謝罪は別にいいのだけど。貴女…こんなに話せたのね。今まで交わした会話量の数十倍の声を聞いた気がするわ」

「釣りには煩くて、あしからず。毛鉤釣りフライフィッシングというのはですね、他の釣法よりも間近に魚を感じ、直接的に戦うことの出来る、素晴らしい釣法でして。すぅー…、少しばかり竿の扱い等の癖はありますが、それさえ覚えていただければこれ以上ない“釣り”という、最高にて至高の娯楽を楽しんでいただくことが出来ます。先ずは投法キャスティングから―――」

 釣り糸を垂らして、釣れるか釣れないかやきもきしながら時間を過ごすものとばかり思っていたチマは、まるで剣術の稽古が如く勢いで、釣り竿の振り方から毛鉤の動かし方等の指南を受けていき、困惑頻りな表情であったのだとか。

 とはいえスキルは無くとも物事の呑み込みの良いチマは、普段は無口なゼラが満足そうな表情を浮かべる程に筋が良く、三〇分もしない内に黙々と二人で釣りに打ち込むようになっていた。

(あれ?!『きゃーシェオ!こんな虫、私触れないわ!釣り針に付けてぇ!』的な展開が無い!?)

 釣りといえば蚯蚓なんかを使っての餌釣りと思っており、チマへと頼りになる姿を見せられるとばかりに思っていたシェオは肩透かしを食らって、網を手に二人の勇姿を眺めているだけだったとか。

(こんなことなら私も釣りに参加するべきでしたね…)

「あっ!来たかもしれないわ!いえ、来たわ!」

「本当ですかチマ姫様!?網の準備を!」

「は、はい!」

 初心者に舞い込んだ幸運か、魚を引っ掛けたチマはゼラの指示の元で糸を手繰り寄せ魚と戦い、最後にはシェオが川へ入って網で確保したのである。

「おめでとうございます、お嬢様!」「上手くいきましたね、チマ姫様!」

「…、」

 目を瞬かせたチマは、網の中で暴れている虹鱒を見つめては二人へ視線を向け。「釣れちゃったわね」と嬉しそうに尻尾を立てていた。


 各々が河畔で思い思いの過ごしていれば、風に揺られて芳ばしい香りが鼻腔を擽り、チマとゼラたちへ視線が集まる。二人が釣りに興じていたことは周知の事実なので、釣果があったのだと察して徐々に集まってきた。

「いい香りだね、釣果があったようで何よりだよ」

「ふふん、私はね、二匹も釣ったのよ!釣りの才能があるのかもしれないわ!」

「ほう、初心者のはずだが随分と調子が良かったのだな。ゼラの方はどうだった?」

 返答はなく、串焼きにされている虹鱒を指し示しては数を教える。元々寡黙な護衛、言葉が返ってこないことは普段からのものなので、気にした風もなく数えていく。すると合計一三尾が綺麗に下処理をされ、串焼きにされている。

「チマが二尾ならゼラは一一尾か。順調な釣りだったようで何よりだ」

 キリッとした表情を浮かべては、親指を立てサムズアップしてから焼き上がった虹鱒に塩をまぶして切り分けていく。

「一口程の大きさになっちゃうけど、皆と騎士たちも呼んで間食としましょ」

「なんだ、分けてくれるとは気前がいいじゃないか」

「夕餉もあるから食べ過ぎちゃうとちょっとね。ゼラも皆で食べるのに肯定的みたいだし」

 鷹揚に頷いたゼラは、切り分けた虹鱒を小皿に移していって人数分用意し、机に並べては騎士の一人に皆を集めさせた。

 一口で食べ終えてしまう量ではあったが、釣りをしたチマ本人は大満足といった様子で、大切な思い出の一つとして心に刻まれていく。

「来年にマシュマーロン領へ行くなら、…海釣りねっ!」

「っ!」「…。」

 チマの一言にゼラは表情を輝かせ、リンは真面目頻りな表情へと変わった。

(ビャスさんからの協力は取り付け現状、…半らビャスルートと言っても差し支えない状況だから。絶対にチマ様と二年生に進級するんだ)


「旅行って良いものねぇ」

 ご機嫌なチマは宿に戻るため自然公園を歩きながら鼻歌を奏でて、浮かれっぱなしだ。

「チマ様って旅行したことないんですか?」

「無いわよ、王都の直轄地から出たことすらね」

 意外だ、とリンが零せば。

「お父様は日々忙しくしているし、お母様も王后様伯母様にお仕えになってるから、三人纏まって何処かへ行くことは難しいのよ。式典が終わってしまえば、肩の荷も下りると仰ってたし、その辺で家族団欒の遠出してみたいわ」

「一人、とは言わず、従者連れで小旅行などをしてみたいと思ったことは?」

「なかったわね。鍛錬に勉強に稽古事に、色々必死になってあんまり周りが見えてなかったのかもしれないわ。こうして視野を広く持てたのも、学校に通って…リンや皆と友達になれたことが切っ掛けだったりして」

 恥ずかしいことを言ってしまったと、チマは照笑はにかみながら足を速めて、表情を隠してしまう。

「まあでも、屋敷っていう居場所から離れるのが怖かったのかもしれないわ。外はスキル至上主義者が跋扈する面白くない場所、なんて思っていたし」

「その考えは変わりましたか?」

「変わったわよ、他人ひと次第ってくらいには。友達になってくれる人もいれば、未だに彼是囁く人もいるのだし」

「…今更ですけど、よく私と初対面で友達になろうって思えましたね…」

「なんでかしらね?思い返してみると…我ながら不思議だわ」

「…、」

「だって、裏庭で独り寂しく昼食を突いてる次席なんて、変わっているなんて言葉じゃ済まないものねっ」

「そ、それはっ!」

 くすくすと悪戯っぽく笑みを浮かべたチマは、リンを誂い宿へと向かっていく。

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