一四話 河畔で釣りを!⑤

「…。」

 護衛の一人として周囲を警戒しながら歩みを進めているビャスは、ちらりとリンの表情を伺ってはチマから伝えられていた言葉を思い出す。

『詳しくは語ってくれなかったけれど、リンには何か不安に思うことがあるみたいなのよ。杞憂ならばそれでいいのだけど、仲の良いビャスの方から手助けできることがあったら助けてあげて。私にはシェオがいるから』

 胸衣嚢むなぽけっとには先日に入手した金箍根きんここんが収まっており、何時でも戦闘が出来る備えをして、それとなく周囲を警戒している風からも何かあるのは確かなのだと、ビャスは警戒の色を濃くする。

(戦闘なら魔物相手だと思うけど、魔物察知の上限は2。もっと実戦を経験して、スキル上限を伸ばしたほうが今後役に立つかな?もっというなら幅の広い敵性察知か危機察知が欲しいけど、ないものはしかたない…)

 チマから譲渡されたスキルポイントの余剰と自分の持ち得ているスキルを天秤に掛けて、今後どうやってスキルを伸ばすべきかをビャスは僅かに思考した。

 しばらく歩いていくと前方で何かあったのか、一行の進行が妨げられてしまい、リンの表情が僅かに硬くなる。

「そこの長耳、それ以上近づくのであれば容赦なく叩き切る」

「うぇっ!?私たちは自然公園内で道に迷ってしまい、現在地を訪ねたいだけなのですが…」

「他所を当たるように」

「…。」

 不服そうな表情を露わにしたのは、笹耳ささのみ族と呼ばれる大陸南部で見られる、笹のように長い耳をした種族。耳を除けば純人すみびと族に近しい見た目をしているのだが、祖神おやかみ系譜ふけいが異なる列記とした別種族。

 チマとマイのような国交を結ぶ切っ掛けとなった者も居ない現状、山を隔てた反対側にあるカリントの夜眼やがん族よりも遠い相手である。

 道を避けた彼らの前を通り過ぎていく際、笹耳族の視線はチマへ集中しており、シェオは白手袋を手に一行を睨めつけてから通り過ぎていった。

(見つけたぞ、渾沌こんとんを)(ああ、見つけたな、まじわりしたねだ)(たださねばならぬみちだ)

「っ!?」

(何、今の声!?)

 リンは脳内に響いて来た声に驚きつつも、表情の変化は最低限に抑え、何事もなかったかのように一行と足を進めていく。

(渾沌の芽、交わりし種、正さねばならぬ道…?どういうこと、そんな設定あったっけ…。…ない、よね。…そもそも笹耳族なんてゲームに出てこないし、レィエ宰相が土台を崩した弊害が出てきているってことだよね)

 ゲームであれば、発展しているマフィ領に対して快く思わない貴族子息が、観光の要である自然公園に泥を塗るために、魔物を持ち込んだことが騒動の始まりとなり、ストーリーボスとして『アカバミ』が現れる事となっている。

(アカバミ…?…っ!アカバミは既にチマ様達が遭遇しちゃっているんじゃなかった?)

 そう、チマとビャスがであった時に倒している魔物がアカバミという蛇。

(偶然、アカバミと戦っていたってことなら関係はないかもしれないけど、主要キャラたちが三人揃った場所に姿を見せていたのなら、もしかするかもしれない。…だけど、そうなると何が出てくるの?)

(リンさんが何か考え込んでいる…)

(リン様が何か思い悩んでいますね。お嬢様がビャスに伝えた件でしょうか?)

 チマの護衛に注力しているシェオでも気がつくほどの状態、どうしたものかと考えては。

 「リン様からお話しを伺ってください」とビャスへ目配せをすれば、頷きが返ってきてシェオは自身の職務へ意識を戻す。


 川辺りに到着し、騎士たちが簡単な野営地を形成している間、ビャスはリンへと声を掛ける。

「…りっリンさん、…っちょっとお話がありまして」

「はい、何ですか?」

「……っ少し場所を、外したいのですが」

「わかりました」

(ビャスさんからなんてなんだろう!?)

 胸を高鳴らせてビャスへ付いていけば、彼は深呼吸を繰り返してから意を決したように口を開いた。

「い、移動の最中、周囲を警戒していましたし、金箍根を持ち込んでいて、……何かあるのならお手伝いしたいと」

「あぁ〜、そういうことでしたか。ビャスさんはチマ様の護衛ですし、気になさらなくても大丈夫ですよ」

「っこれはお嬢様から頼まれた事でも、あります。それに、僕もリンさんのお力に成りたいと、思ってて」

「敵わないなぁ、チマ様にも、ビャスさんにも。そっか〜…、周りの人に気を使わせてたら意味ないよね。…実は私は、いや難しいなぁ」

「む難しいことなのですか?」

「説明が難しくってね。細かい事は追々、私が覚悟を決めたときに話す心算なんだけど、不確定な未来を見れる力があるんです」

「っ!?」

「ただ、本当に不確定で破茶滅茶、それに今年度内限定っていう期限付きな信頼に足る代物じゃあなくって、どうしたものかって悩んでまして。ははは〜、信じられませんよね」

「信じます。っ僕はリンさんを信じたいので」

(あぁ…、)

 見たことの表情に、そして聞いたことのある声、リンは胸を高鳴らせて目蓋を伏せた。

『そんなんだと、悪い人に騙されちゃうよ』

 正しい選択肢を選んでみれば。

「僕もお嬢様に似ちゃったのでしょうか。お嬢様の信じるリンさん、そして一緒の時間を過ごして楽しいと思えるリンさんを信じてお力になりたいんのです」

 思っていたのとは違う返答であるが、それが逆に心地良いもので、リンはビャスの気持ちを受け入れて意思を固めた。


「先程も言った通り不確定で破茶滅茶なのですが、この野営会の三日目にこの班を狙った襲撃が起ります」

「しゅ、襲撃、ですか」

「それも人為的に魔物を用いたものです。私の未来を知る力、未来視とでもいいましょうか。未来視では三年生の生徒が、どうやってかはわかりませんが魔物を自然公園内に運搬に成功し、私達へ襲い来るのです。ですが、未来視でも犯人そのものはわからず、そもそも根底が大きく異なっているため、それがそのままの状況で起こるとも限らないのです」

「…っじ事前の対処は、難しいんですね」

「はい。それに先程の笹耳族も存在を確認していませんし、何か嫌な感じがするんですよね、あの人達には」

「………、ジロジロとお嬢様の事を見ていました」

「そうだ。すれ違うときに、彼らの声を聞きませんでしたか?」

「ぼ、僕は聞いてません」

(やっぱあの声はあたしだけに)

「とりあえず、…不完全な力ということもあって物事がどう動くかはわかりませんから、現状維持の警戒をお願いします。……、私の目的はチマ様を必ず護り通すことなので」

「わっ、わかりました。…………、っその未来視ではお嬢様になにかある、のですか?」

「…、ええ。私はチマ様を絶対に救いたくて、チマ様を救うためにこの場にいるんだと思っています。だから…。ビャスさん、私に力を貸していただけますか?」

「っ未熟者ではありますが、リンさんと一緒にお嬢様をお護りします!ひ、拾ってもらった恩もありますし、お嬢様に何かあったら旦那様に奥様、シェオさんやアゲセンベ家に仕える皆さん、デュロ殿下と…っ多くの方が悲しみますから」

「ありがとうございます。チマ様お護り同盟の結成です!」

「あっはい、わ、わかりました。頑張りましょう」

(その名前はどうなんだろう…)

 声に出さないツッコミをしつつ、ビャスはリンと共に河畔かはんの簡易野営地へ戻っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る