一四話 河畔で釣りを!②

 全生徒の乗車を終え、出立の準備が整った蒸気機関車は煙突から蒸気を吐き出しながら走り出していく。ここからマフィ領まではおよそ二時間半の旅路で、生徒たちは客車を移らない程度に自由時間となる。

 無煙炭むえんたん使用型蒸気機関車『黒曜こくよう九六くろ式』、加工残響炭ざんきょうたんを使用することで無煙化に成功した最新型の蒸気機関車。無煙蒸気機関車自体は数年前から姿を見せ始めており、黒曜九六式を以て完成とされたともいわれているドゥルッチェ王国鉄道の技術の粋なのだ。先頭車に近い一号客車に於いても騒音は気にならず、デュロ一行とチマ一行の計八人は各々のんびりと雑談をして過ごしていた。

「じゃじゃーん!実は移動時の暇を潰す為に一三牌トランプを買ってきまして、一緒に遊びましょう!」

「確か、南方から渡ってきたっていう紙札遊びよね」

「市井ではそれなりに流行っているみたいでして、ちょっとした遊びにいいかと」

「やり方は分かるの?」

「ふっふっふ、こんなこともあろうかと予習してきました!」

(前世の知識だけどっ。大富豪にババ抜き、七並べに神経衰弱、あとは…ブラックジャックとポーカーくらいならなんとなくで出来るから、遊ぶには困らないよっ!とりあえずは簡単な)

ババ抜きオールドメードをしましょう!この一三牌は名前の通り一から一三までの数字が書かれた札が、色の違う四種類ずつ用意されています。そこから一二を一枚抜いて合計五一枚を順々に配り、同じ数字が二枚手元に来る毎に捨てて遊戯開始。時計回りに隣の人から札を一枚抜き揃えば捨てて、最期に余った一二の札を持っていた人が負けとなります」

「なんとなくわかったわ。とりあえず遊んでみて感覚を掴めばいいわね」

 リンが札を混ぜて遊戯を始めれば、デュロたちも興味があるようで座席を立って様子を伺っている。

 遊び方の理解を行うためにゆっくりとした進行で、一五分程の時間が経過すると。

「えぇ…私が負けてるんですけど!」

「だって」「ですねぇ」「あははー…」

「リンって直ぐに表情にでるんだもの。布陣札の時は真剣そのものだったのに、今回は目と表情でバレバレよ」

「な!そ、そうなんですか!?それじゃあ次は真剣にやります!」

「なら私も混ぜてもらえますかね、麗しの一年生みなさん」

 キラキラっと効果音がなりそうな程に輝かしい表情で表れたのはバァナ。

「客席の移動って禁止じゃなかったの?」

「生徒会長という地位を利用しまして、デュロ殿下と予定を詰めるという体で足を運んだのですよ」

「職権濫用ね。このババ抜きって何人まで出来るものなのかしら?」

「五人から六人くらいまでが妥当だと思いますが、実はもう一つ一三牌を用意しているので、四人五人で別れて皆さんで遊びましょう~!」

「準備が良いことね!それじゃあ何回か遊んで、この中で誰が一番強いかを決めるわよ!」

「ほう。チマには布陣札で何度も煮え湯を飲まされているから、ここで勝ちを拾っておこうか」

「珍しくやる気じゃないデュロ。従妹として簡単に負けてあげないんだから」

(殿下が楽しそうだ。…チマ様が学校に通うようになって、本当に良かった)

 バァナは何れ仕える主たるデュロが、学校生活という猶予期間を満喫できている姿に微笑みを零して、チマにも内心感謝を送っていた。

「ならさ、勝率の最も高い優勝者が一人相手を指名して、指先に口付けを貰えるというはどうだろう?」

「バァナ…普段からそういう遊びをしているんじゃないでしょうね?…足をすくわれるわよ」

「誤解ですよ誤解!そんな破廉恥なこと頻繁に出来るわけがないじゃないですかっ」

 わかりやすく頬を上気させたバァナに、嘘を言っている風は感じられないが、女好きという性格から「やっていそう」という印象を拭えず、ゲームでの彼を知るリン以外は首を傾げていったのだ。


「ねえデュロ」

「なんだい?」

「貴方が勝ったら誰に口付けを求めるの?」

「…、私に心理戦は意味がないよ。…………」

「…えぇ…」

 まさか言葉に釣られて一二を引き抜くとは思っておらず、チマは呆れの表情を露わにしていた。

「ならチマにでもしてもらおうかな」

「私ぃ?別にいいけれど。…今回は厳しそうね、はい上がり」

 淡々と札を引いて手札の一枚と組み合わせて場に出し、チマは一番上がりを決めていく。

 そうこうして一時間程遊んだ結果、最終的に優勝となったのはメレであった。

「運が良かっただけですぅ」

「運も実力のうちよ。さあ、相手は誰を指名するの?」

「…。なら、チマ様にお願いしたいです」

「いいけれど、他にも色々勢揃いなのよ?」

「はい。学業優秀で首席、『剣聖けんせい』を持つトゥルト・ナツ様へも臆せず挑み、布陣札では国内で最も強いと言われている程。…その、実は私もスキルが多い方ではなくて、親近感と言ってしまったら不敬からもしれませんが、憧れずにはいられなかったのです」

「そう。ふふっ、嬉しかったら特別よ」

 一歩踏み込んだチマはメレの手を取り、そのまま彼女の頬へ口付けをした。思っても見ない不意打ちに、本人はおろかデュロやシェオ、ほぼ全員があんぐりと口を開けて、目を瞬かせていた。

「なんか勝てなかったけれど、気持ちはすっきりしたわね」

 鼻歌を奏でているチマは、一同の視線などお構いなしに席へ腰を下ろして車窓からの眺めに目を向け、尻尾を小刻みに震わせていく。

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