一三話 デートに虹を!④

「雨脚が強くなってしまいましたね…」

「っ」

 こくりと肯いたビャスは、机に運ばれてきたティラミスを食んでいく。

 ぽつりぽつりと降り始めた雨は、瞬く間にしのを突く勢いのものとなり、喫茶店へ避難していたリンとビャスは、どうするかと相談を行う。

「私は回りたところ回っちゃいましたが、ビャスさんは何処か行きたいところとかありましたか?」

「っ僕は、このティラミスで満足です」

「雨が降ったら帰ろっか」

「はいっ、学校まで送りますね」

「ありがとうございます〜」

 ゆったりと茶を飲むリンは鼠色の雨雲を見上げては、転生する直前の光景がフラッシュバックし、急ぎ記憶に蓋をする。

「ど、どうかしましたか?」

「大丈夫、何でもないから」

(…。)

 一度大きく深呼吸をするリンの姿を不審に思い、ビャスはそっと机に置かれていた彼女の手に自身の手を重ねた。

「う、うまく話せない時とかに、母さんがしてくれたおまじないなんです。…嫌だったら、」

「ううん、嫌じゃないですよ。ありがとうね。すぅー、はぁー。いつか…いつか話すかもしれないけど、雨の日に悪い思い出があるんです」

「っ待ってます」

 通り雨だったのか、雨は勢いを失っていき、雲の切れ目からは光芒こうぼうが差し込んでいた。


「いたいた、リンーっ!ビャスーっ!」

 リンとビャスの二人が雨上がりの街並みを歩んでいれば、聞き慣れた声が響き渡り、見慣れた蒸気自動車にはチマとシェオが収まっている。

「あれ、チマ様とシェオさん。どうしたのですか?」

「いい感じに雨が上がったから、とっておきの場所に行こうと二人を探していたのよ。後ろに荷物を詰め込んで早く乗ってしまいなさいな!」

「「…。」」

 顔を見合わせた二人は急ぎ車輌へ向かっていき、荷物を載せきってから乗車する。

「何処に向かうんですか?」

「王城の敷地内にある虹芒こうぼうの丘よ。授業じゃ篇都へんと周辺は習っていないけど、時の王がこの地に王都を構え直す切っ掛けとなった場所があるの」

「あぁ〜」

「聞いたことある?」

「はい。詳しくはありませんが、大規模な流行り病で旧王都で数え切れないほどの死者を出した際、当時に王位を冠していたタニュ王が配下と共に避難なさっていて。…とある丘で虹を見た、でしたっけ?それで篇都する場所を決めたとか」

「だいたい正解ね、よく勉強しているじゃない。あまり広く知られていないけれど、王城にはその丘が残されていて、こうした光芒の差す雨上がりに綺麗な虹が見れるのよ」

「なるほど」

「そして、その虹を見れば息災延命そくさいえんめい学業成就がくぎょうじょうじゅ家内安全かないあんぜん五穀豊穣ごこくほうじょう!なんでも御座ござれっていう、ちょっとした言い伝えも!だから貴女達を探してたの、こうして見つけられるのも何かの縁だし。さあさあ、急いでシェオ!」

「はいっ!安全運転でかっ飛ばしますよ!」

 蒸気自動車は加速していき王城を目指す。

「息災延命に学業成就、家内安全で五穀豊穣…。随分と強欲な」

「最初は病魔退散くらいだったの、でも時々で虹を見た者たちが話しを盛っていって、今みたいな形になったのじゃないかしら。色々散らかった話しになってしまったけども、縁起がいいことは確かよ」

「なるほど。ですが、あまり有名ではないのは…?」

「場所が場所だからじゃない?王城の敷地内なんて、それなりの貴族かその縁者じゃなければ、入ることすら難しいのだから」

「あー、それもそうですね」


 王城の敷地内を車輌で走っていき、虹芒の丘へと辿り着けばこちらにも見知った顔ぶれが、天を仰いでいるではないか。

「あら、デュロも来ていたの」

「これからのことを祈ってな。チマたちもか?」

「そうよ、そんなところ。私はデュロの無病息災あたりを」

「私の?」

「だってデュロに何かあった場合、私が王位に着かなくちゃいけないじゃない?伯父様も伯母様も今からじゃ厳しいでしょ。政務官として従兄を手助けするのはいいけど、国王の座について騒乱を引き起こすのは避けたいわ」

「…。」

 複雑そうな表情を露わにしたデュロだが、チマの言葉をなぞってみればとある一言に当たる。

「政務官をしてくれるのか?」

「いいわよ。リンも一緒なら尚良いのだけど」

「えっ、あっはい、頑張りますっ!」

「無理を強いるな。だが私としてもリン嬢がチマと手を取り私の力になってくれるのであれば、これ以上なく頼りになる。前向きな検討をしてくれると嬉しいよ、ブルード・リン殿」

 王族二人からの熱い視線に逃げてしまいたくなるほどの重圧を感じるものの、これ程に自身を求めてくれる相手がいるという事実にリンは胸を高鳴らせて、口端を上げる。

「確約は出来ませんが、私はチマ様とデュロ殿下が同じ道を歩めるお手伝いを出来たらと思っております」

 親戚ながら互いを邪険にしており、ついぞ和解することのなかった二人に、新たな光明を得ては一歩踏み出して手を取った。

「シェオとビャスも来て」

「はい」「っはい!」

「ここで会ったのも何かの縁、虹芒の下で仲良くしていきましょ!」

 満面の笑み笑みを浮かべたチマの背には、光芒が降りてきては見事な一橋の虹が架かる。五人の関係を祝福するが如く。

「綺麗な虹ね」「ああ」「ですね〜」

「いやぁ虹が出てくれて良かったですよ、架からなかったら締まりが悪いですから」

「チマは案外に考え無しで動くことがあるからな」

「ひどくない!?」

 和やかに、楽し気に一同は虹を眺めていく。


 一日の終りにビャスは、夜風に当たりながら天に座す月を眺めて、ほんのりと熱の籠もった吐息を漏らす。

(リンさんの事を考えると胸が熱くなる…、きっとこれが恋心なんだ。…今日は楽しかったなぁ)

 夏の野営会へ向けての買い物では、リンの私服を一緒に選んでみたり、喫茶店ではティラミスを一口あげたり、傍から見れば恋人のそれであったデートはビャスにとっては非常に楽しい時間で、機会があれば再び同じ瞬間を過ごしたいとさえ思えていた。

「…っ」

(お嬢様は勿論、王子殿下からも信頼を得ているリンさんは…きっと平民の出なんていう括りには収まらない人、僕が隣に立つことは出来るのかな?)

「こんばんは、ビャス」

「こっ、こんばんは、トゥモさんっ」

「…、夏の夜は気持ちいですよね。耳を楽しませる虫の大楽団に、昼の暑さを忘れさせる涼し気な夜風、私にとって憩いとも呼べる時間です」

「っはい………僕も好きな時間で、考え事をするのにちょうどよく」

「考え事、ですか。なるほど、本日の逢引に関することでしょうかね?」

「…っそ、そそうです。きっと僕は、り、リンさんの事が好きになってしまった…いえ、少し前から好きだったみたいで、……気持ちをどうしたらいいかと悩んでいました」

「ブルード・リン様。生い立ちは市井ですが、今は男爵家の養子となり貴族令嬢、気が引けてしまうのも理解できなくない」

「……。」

「私も経験があります。年は一六、王都の第八学校へ通っていた頃に、一つ上の先輩に綺麗で優しい、落ち着いたお嬢様チマ様のような方がいました」

 暗にチマが落ち着きに欠けると言っているのだろうか。

「彼女は子爵家のご令嬢で、私は爵士家。到底敵うことのない相手に恋心を抱いてしまったのです。結局のところ伯爵家へ嫁いでいって、お会いすることももうありませんが、…いい歳をした今でも想いは伝えるべきだったのではないかと小さく悔やんでいます」

「そう、なんですね」

「ええ。想いを伝えてしまえば関係が変わってしまいますが、伝えなかった後悔は…きっとそれ以上に苦しいものになってしまうかもしれません。ビャスが思ったように、自分で考えて行動してみてください」

「…はい」

「貴族間に伝わるとっておきの言葉を教えましょう。『踊ってくれませんか、林檎りんごの花のような貴女』、これはお嬢様のお祖父様である太上王様が太上后様をダンスにお誘いになった言葉で、本命の相手を誘う文言になります。覚悟がお有りなら是非」

 カツカツとトゥモは踵を返して屋敷へと戻っていく。

「…おお、踊ってくれませんか、……林檎の花のような貴女。………練習が必要だね」

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