一三話 デートに虹を!③

「お待たせしました、チマ様」

「いらっしゃい、先生。今日は…娘さんはいないの?」

 家庭教師が一人でやってきたことに疑問を投げかけたチマ。李月7月になってから、諸外国への理解を深める勉強には家庭教師の彼女とその娘が教鞭を執っていた。

「なんだか今日は都合が合わなかったみたいでして、私一人の授業となります。ですから込み入った勉強ではなく、北方九金貨連合国の触りを行おうかと」

「承知したわ」

 机上に荷物を置いた家庭教師は、鞄から幾つかの資料を取り出しては広げ、首から下げられていた眼鏡を掛けて席に着く。

「北方九金貨連合国、当該国及びドゥルッチェ以北ではナインコインズユニオン若しくはエヌシーユーNCUと呼ばれる共和国群で、その歴史は凡そ七〇〇年前のディナート帝国崩壊にまで遡ります」

「ディナート崩壊事変と呼ばれる出来事ね」

「時の皇帝が崩御したことにより、皇子皇女による凄惨な争いが帝国全土へと拡大、周辺国を巻き込む程の内乱へと発展いたしました。この辺りは二年生で学ぶ範囲であり、チマ様は昨年に学びましたね」

「そうね。そこから東大陸は戦火の八〇年と呼ばれて、旧ディナートが一二分割し現在の各国へと姿を変えていったと」

 獅子しし国イュースア、鹿しか国インサラタア、束柱獣そくちゅうじゅう国パスティーチェ、羚羊かもしか国パーネリ、紅鶴べにづる国オリーズァ、金剛石竜子こんごうとかげ金貨スパッツェ、くま国フルータア、珊瑚さんご国ペイシェース、いのしい国カローチェ。以上の九つの国が各々の象徴たる動物を金貨に象って、国徴としている。

「内乱時こそ大きく力を失った各国ですが、長い時を経て隆盛の時にあり現在では東大陸を代表する大国へと姿を戻しています」

「良くも悪くも無視の出来ない相手よね。曾お祖父様やお祖父様たちの時代にはドゥルッチェへちょっかいを出してきて、開戦手前まで行ったことが多々あったなんて有名な離し」

「そうですね。『公共の政治』を行う都合上、政務官の制定には選挙を用い、元首ともなれば国勢の火を強められる野心が求められます。我々、北方九金貨連合国周辺の国々は、もう二度と弱った腹を見せることできないのです」

「そこで影響力を与えられるのが布陣札の国際公式戦」

「ええ。今上陛下のロォワ様は一昨年に、イュースアで行われた国際公式戦で見事勝利を修め、彼の国々へ大きな力を示し大陸での地位を押し上げました」

 ロォワとレィエは周辺諸国でも有名な切れ者で、若かりし頃から国際公式戦へと参加しては結果を残し、立場が弱まっていたドゥルッチェ王国の地位を、徐々に徐々に上げてきていた。

 本来であれば再来年の周年式典にもロォワが出場する必要があるのだが、絶好の機を逃してまで式典での布陣札に出る必要がないと自ら陣を敷き勝利した。

 国際公式戦に参加することはできないが、諸国元首との交流戦に参加しなければならないので、チマから道具の一式を回収する必要があるのだとか。

「多少の覚えはあると思いますが、おさらいを兼ねて各国家元首について学んでいきましょう。チマ様であれば、いずれ顔を合わせることにことでしょうから。…有名どころは『賢き獅子』や『賢首』と呼ばれるイュースアのブーファド・コンソ元首。現在三連続で元首を努め、現在で九年目。圧倒的な人気カリスマを誇る雄獅子です」

「布陣札にある『獅子金貨のコンソ』の子孫ね」

「はい。北方九金貨連合国に序列というものはなく、互いに対等としていますが、九つある国の中でも群を抜いて発展し、そして隆盛を誇っているのは間違いなくイュースアです」

「その根底にはコンソ家があると」

「間違いなく」

「ふむ」

「鹿国インサラタアはマーチェド・マセドワ元首。こちらは昔ながらの古株政務官で、御年七五歳と東大陸でも最高齢の国家元首となります。『古鹿こじかのマーチェド』などという呼称が多いとか―――」

(各国の元首が何時に国際公式戦へ参加しているかは追々調べてもらうとして、この中の誰かと対戦する可能性がなくもないのよね。一番強そうなのは…ブーファド・コンソ元首かしら。国際公式戦のことに関しては伯父様とお父様に聞くのが一番だし、お父様から食事時にでも尋ねてみましょっと)

「束柱獣国パスティーチェはピッツォーリ・ピツォ・テリーナ元首。こちらは若くして元首の地位にまで上り詰めたとのことですが、未だ多く情報は得られておらず、私の方から申し上げられることはございません」

「やり手なのかしらね」

「四〇という年齢を考えれば、随分なやり手なのでしょう」

「伯父様の事を考えると然程、と思えるけれど…」

「事情がありますからね、ドゥルッチェには」

 先王フェンの事を悪様にいうことはない。が、いくら敬愛する祖父であっても、国を傾けかけた事実は変わらず、それに目を瞑り妄信的に愛することをチマにはできない。

「ねえ先生。ちょっと話しが逸れてしまうけれど、私に政務官が務まるかしら?」

「…、無責任に肯定することは出来ませんが、デュロ殿下や数多の政務に関わる、それこそロォワ陛下やレィエ宰相とお力を合わせることで、チマ様はこれ以上無い輝きを見せてくれると私は信じております。今もですが、自身の力を過信なさらず他人からの評価も求められることも実力の一つ、そして言葉を噛み締めてご自身のお力に出来るのであれば、誰からもケチの着けられることのない立派な為政者となられるかと」

「私にはスキルがないわ」

「なくとも入学試験は首席だったではありませんか。こうして欠かすこと無く勉学に励み、今ではドゥルッチェの役に立とうと学業の外にまで飛び出し、周辺諸国への理解を深めておられる。チマ様が政務官を目指し、その地位に着くのであればきっとより良い世が待っているのでしょうね」

「重い、言葉。…先生の言葉を背負えるだけの者になりなさい、そういうことよね」

「。」

 家庭教師は返答を行わずに、小さく笑みを浮かべているのみ。

(答えは自分で探さなくちゃ)

「勉強の続きをお願い、逸れてしまったから」

「畏まりました」

 二人が勉強を再開していくと、外ではぽつりぽつりと雨粒が天から滴ってくる。

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