一三話 デートに虹を!①
「あの、ビャスさん」
「っはい、なんでしょうか?」
学校と生徒会の終わり、学校の玄関口へと向かっている最中に、リンは少しばかり恥ずかしそうにビャスへ話しかける。
「今度のお休みに王都の散策をしませんか?実はお買い物なんかをしたくって」
「あらいいじゃない、行ってらっしゃいな。その日一日を休みにしてあげるわ」
「わ、分かりました。僕も土地勘を養いたいと思っていましたから、ぜひ」
「それじゃあ」とリンは日時と集合場所を伝えていく。
「…間違えないように向かいますっ」
(よしっ!デートに誘えたし、この流れなら二人っきり!
「それにしても、ビャスは大分話しが流暢になったわね」
「そそそうですか?」
「一目瞭然よ、緊張が解れたのかしらね」
「環境の変化も有るのでしょう」
「…っ。お嬢様やシェオさん、アゲセンベ家の皆さんに、リンさんも!皆さんが親切にしてくれて、鬱々とした雲を払ってくれたから、…です」
「ふふっ、それはね。ビャスが誠心誠意頑張っているから、皆が親切にしてくれるの。貴方の頑張りが齎したということね」
「っ!」
「アゲセンベ家はビャスの帰れる居場所で」
「私たち従者は皆、家族のようなものです。私にしろ他のものにしろ、少しばかり事情を持つものは少なくありませんから、困ったことがあったら気兼ねなく言うのですよ」
「はいっ!」
チマとシェオに対して、姉や兄のような感覚を覚えたビャスは、最大の笑顔を以て返事を行った。
(場所は違っても、血の繋がらない家族に恵まれて幸せそ。…ちょっと羨ましいなぁ)
「…、リンは寂しそうな顔をしてどうしたの?」
「田舎の家族や、村の皆を思い出しまして。あっちでは村全体が家族みたいなもので、本当に仲がいいんですよ」
「リンの故郷ね、ルドロ村だったかしら?」
「はい、葡萄畑くらいしかないド田舎です」
「ふぅん、時間がある長期休暇の時にでも行ってみたいわ」
「ほぉんと何にもない田舎ですよ?」
「長閑で良さそうじゃない。私ね、王都周辺の直轄地から出たことがないのよ」
「お嬢様は夏の野営会が初めての遠出になるのです」
(公爵家のご令嬢が足を運ぶとなったら大騒ぎだろうなぁ…)
「それじゃあ…二泊三日くらいで、田舎体験でもしてみますか?」
「ええ、楽しみにしているわ!草の香りがする長閑な場所で、ゆっくりと身体を伸ばしお昼寝してみたかったの。ほら、漫画とかであるじゃない?」
「あー…、野外だと虫が結構いますから、…縁の下くらいにしましょうか」
「虫ねぇ」
思い浮かべている「虫が結構いる」は全く異なるのだろうと考えながら、リンは文を認める為の文言を組み立てていく。
「先ずはブルード男爵にお話しを通さないと」
「よろしくね」
さて、日を置いてリンとビャスのデート当日。
古くから待ち合わせの定番となっており、恋愛漫画ではよくよく見かける大噴水の広場。この噴水は歴史が長く、建造されたのは六〇〇年も昔で、
お洒落をしたリンは噴水の縁に腰掛けては、
そろそろ時間かなと時計を開いて確認していれば、わりかし見慣れたアゲセンベ家の車輌が公園の近くへ停車し、勢いよくビャスが飛び出してきた。運転席で操縦根を握るシェオと目が合い、お互いに手を振れば車は発車。きっと屋敷へ帰っていくのであろう。
「おおお、っ遅れてしまい申し訳御座いません!」
「時間丁度ですよビャスさん。然し、慌ててどうしたんですか?」
「………えっと、時間に余裕を持って屋敷を出る心算だったのですが、し使用人衣では駄目だと皆さんからお叱りを受けてしまいまして…」
「あはは、そういうことでしたか。私的には使用人衣のビャスさんでも良かったのですが。…今日の衣装も格好良くて素敵ですよっ」
「〜っ!りりりリンさんも、お綺麗で、その、その見惚れてしまいました」
「嬉しいです」
顔を真っ赤にした初々しいビャスを、リンは微笑ましく思い、相好を崩した。
「待ちなさいビャス!」
「は、はいぃ!」
屋敷を出る前のビャスは、アゲセンベ家に仕える使用人の一人に呼び止められて、勢いよく振り返る。呼び止めたのはシェオより幾らか年上の使用人で、面倒見の良さから姐さんと親しまれている女性だ。
「あんた、今日はデートだって言ってたよね?」
「でででで、デート!?」
「?。
「っ!!」
買い物に付き合って、王都内を散策するだけだと思っていたビャスだが、よくよく考えればデートに違いなく、顔を赤らめて驚きを露わにした。
「それで、デートに行くってのに、その格好は何!?仕事着でなんか行ったら、相手の女の子に幻滅されて、口も聞いてもらえなくなっちゃうよ」
「そ、それは嫌ですっ」
「でしょう?なら着替えの時間!ちょっと皆、来てくれる?」
「はいはーい、何ですか姐さん」「お呼びですかー?」
姐さんが声を上げればそこらから使用人たちが集まってきて、ビャスの衣服を見ては納得していく。
「誰かシェオんとこ行って、車走らせる準備をさせといて」
「それ私がやりまーす!」
「お願い。残りはビャスの衣服選定と着替え!」
「「はい!」」
バッと散っていった使用人らは、各々男の使用人の許へと尋ねていき、ビャスに合いそうな大きさの私服を掻き集めていく。ともすれば、屋敷内が賑やかしくなるもので。
「何の騒ぎをしているのよ?」
「お嬢様、実は」
斯々然々、チマに事情を説明すれば。
「そういうことね。時間は大丈夫なの?」
「シェオに車を準備させております」
「なら一安心ね。今日一日、リンと楽しんでらっしゃいね、ビャス」
「っ!」
着せ替え人形のようになっているビャスはコクコクと首肯して、眠そうに欠伸をするチマを見送り、使用人たちに揉みくちゃにされていくのであった。
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