一二話 陣を敷く!⑤

「いやはや、手も足も出ませんでした。良き勝負をありがとうございます、アゲセンベ・チマ様」

「こちらこそありがとう、中々にいい腕をしていたわよ、シュネ先生もね」

 互いに握手を交わして笑みを浮かべれば、生徒たちは両者を称える拍手を送られる。

 ただ、これを面白くないと思うのは宰相に敵対的な貴族の子息令嬢たち。途中まではシュネが圧しているように見えた分、腹中に積もる感情は大きいようだ。

 とはいえ、デュロが審判を務めており、野次馬の中にはバァナまでいつの間にか混ざっている状況で、声を大に文句を垂れることなど出来るはずもなく、そそくさと退散してく。

「どうだったナツ?面白そうでしょ」

「私は貴女の実力を見に来ただけ、布陣札がどういった物かは知っていましてよ。…、何れ貴女に吠え面をかかせてあげますわ!」

「トゥルト・ナツ嬢がチマに挑むのかい?」

「は、はい!アゲセンベ・チマ様は布陣札の腕に自信があるとのことなので、好敵手ライバルの一人としては挑まずにはいられませんわ!おほほ」

 ころっと猫を被ったナツは、高笑いをしながら勢いで宣言をしてしまう。

「その際は私が審判を務めよう。チマから指名があればね」

(私が注目するとあれば下手に挑めないだろう)

(デュロ殿下の前で醜態を晒せませんわ!せめて良い勝負が出来る程度には布陣札の理解を深めなければ!)

 彼の思惑通りにナツが直ぐ様チマに挑みかかることは無くなる。

「ふっふっふ、挑戦は何時でも待っているわ!」

 自慢気なチマは腕組みをし、二人の考えなど気づくよしもなく満面の笑みを浮かべていた。


「ところで、アゲセンベ・チマ様はどれ程の『暗記』スキルをお持ちで?迷いのない手の動かし方とこちらの手を読み切っていた展開から考えるに、高位の、レベル一〇前後をお持ちな気がするのですが」

「ないわよ、『暗記』スキルそのものがね」

「ない、のですか?」

「ええ、有れば便利なだけで記憶力で補えばいいし、必須のスキルではないのでしょうに」

「…。えぇっと…」

「こういうやつなんだ、チマはな。私もあまり詳しいわけではないのだが、公式戦上位者は『暗記』類の記憶力に関するスキルを所持している事が殆どだ。特に国際公式戦では一〇分100%になる筈だ」

「伯父様もお父様も所持しているけど、そんなに。補強できるならあるに越したことはない程度だと思っていたわ」

(出場は大丈夫かしら?)

(問題ない、チマならな)

 不安そうな表情を向けられたデュロは、目配せで安心させて小さく笑う。

(こういうところなんですわ〜〜っ!アゲセンベ・チマばかりぃ!)

 従兄妹同士で通じ合う二人にナツは内心穏やかではいられず、「恋敵を倒さねば!」と闘志を燃やす。

「アゲセンベ・チマ様は公式戦に興味がお有りで?一度も出場されていないようですが」

「趣味の一つだから、そこまで力を入れる心算つもりはなかったのよ。勉学にしろ修練にしろ、他にもやるべき事があってね。ただまあ、今後は参加するかもしれないわ」

「ほほう!それはどういった心境の変化で?」

「布陣札への意欲が高いってだけよ。今までは限られた人しか相手がいなくって、何時でも試合を設けてくれるような相手でなかったから、機会があったら楽しむ程度の遊びだったのだけど。…友達も出来て楽しめるなって、ふふっ」

(お嬢様っ!)

 笑みを零すチマへシェオは熱い視線を向けていた。自分の行動が主に対して苦渋を強いるだけでなかったのだと、喜びを露わにする。

「これは楽しいことになりそうですね、仲間内に知らせなければ」

 布陣札を行った一室では様々な思いが渦を巻く。チマを中心にして。


―――


「ほう、学校で子どもたちに布陣札が。はっはっは、良いじゃないか、立役者は誰なんだ?」

「面白いことにチマ派閥なんですよ」

「チマが。成る程」

 王城の執務室で話しをするのはロォワとデュロ、そしてレィエの三人。

「元より市井で『公爵令嬢が太鼓判を押した布陣札一式』のような触れ込みで販売された道具が、一部の布陣札好きな貴族の目に止まり購入、彼らが購入するほどなら良い品なのであろうと。…彼是あり学校の生徒まで影響を及ぼし始め、授業後の時間にチマ派閥で遊んでいた事が流行りの切っ掛けとなったそうなのですよ」

「へぇ、チマの太鼓判な。此方にも取り寄せてみるか」

「私も検めてみましたが、質素ながらしっかりとした作りで悪くはないと思いました。…流石に父上が使うには品格が足りませんが」

「市井向けの大量生産品なのですよ」

「それを貴族らが。…面白いこともあるものだ」

「今までの受注生産品と比べれば食指が伸びやすいのも確かでしょう、タンユーエン商会はいい仕事をしましたね。埋もれていた才能が芽を出し、国際公式戦の場で大いに活躍してもらいたいものです」

「今までのドゥルッチェは、方々の猛者と渡り合えるだけの実力者が少なかった。この流行りに風を送り込み、大火にしてしまわねば」

 布陣札の国際公式戦、それは大陸の多くで行われる盤面の戦争。勝ったからと言って直接的に命じることはできないのだが、少なからずの影響は及ぼすことが出来、大きな式典、会合の場で催される試合となれば国同士の威信をかけた決闘いくさと言って差し支えない。

 今代になり先代の負債を解消し、国勢を上向けている今だからこそ、国際公式戦の場で活躍できる選手が欲しくてたまらないのだ。

「チマの方はどうだ?」

「布陣札の調子は絶好調ですし、登校し始めた当初よりもわかりやすく明るくなりましたね。…授業中は退屈そうにしているみたいですが。あぁそうそう、正式なものではありませんが、チマ派閥も一年生の生徒会役員を中心に少しばかり人員が増えていましてね―――」

 学校でのチマの様子を、デュロは楽しそうに語っていく。

「…すまないね、デュロ」

「叔父上が謝ることではありませんよ。『気持ちを捨てた』なんて言えはしませんが、隣に立つ相手が私の許せる者であれば、くらいには思えていますので」

「シェオとやらはどうなのだ?」

「「…うーん」」

 叔父と甥は二人して考え込む。

「シェオの方が立場的に気後れしていまして、」「チマもチマで鈍感なんですよ、本っ当に…」

「盤面の機微には敏感なのに」

 くつくつと他人事で笑うロォワに、当事者たちは穏やかな気持ではいられないのであった。

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