一二話 陣を敷く!③

「あのチマ様、少し宜しいですか?」

「いいけど、…なんか増えたわね」

 高圧的な立ち姿をしている取り巻き二人にコン、シュネの四人が先程より増えている。

「実は――」

 斯々然々かくかくしかじか。チマの実力を見たいがための見学四人と、良い機会だからと挑みたいシュネの話しをすれば、布陣札好きのチマの表情は明るくなっていく。嫌煙されている訳では無いのだが、実力差がかなりあるので生徒会役員からもチマが誘われることは少なくなってしまった今、自分から挑みに来る挑戦者に琥珀色の瞳を輝かせていた。

「いいわっ、布陣札の挑戦者は拒まない主義なのよ!ナツ、貴女もこそこそとしてないで直接私に言ってくれれば、布陣札のやり方くらい手とり足取り教えてあげるに、もう」

 わかりやすくピンと尻尾を立てて震わせ、見るからに嬉しそうなそれである。

「やり方くらい分かっていますわ!今回は敵情視察で、何れ貴女を倒すための準備です!」

「私は逃げも隠れもしないわ!布陣札ならね!えへへ、何時でも待っているわ」

(チョロい…。なんか…敵ながら不安になりますわね…。……デュロ殿下と話している時は、社交の場でもこういった表情も見せていましたし、これがアゲセンベ・チマの素なのでしょう。こういった気さくで、デュロ殿下が自身を飾らずに相手を出来るからこそ…好いていらっしゃるのでしょうけど、…私には難しいですわ)

 ナツがチマを標的に攻撃していたのも、自分にはない立場ものを持ち、懸想けそうする相手からの気持ちに気がつくこと無くのうのうと過ごしていることが気に入らず、妬んでいたからであり…いや、今でも妬みは多く残っている。

 とはいえ結局のところ、チマを攻撃したところで立ち位置が変わるわけでもなく、デュロからの反感を買うばかりで利は一切ない。

(……八つ当たりも潮時なんでしょう。私は…アゲセンベ・チマより優れている点を多くの者に、それこそ今上陛下の目に届くほどの才を示して次期王后の地位を手に入れなくてはなりませんわ。デュロ殿下にどう思われようとも、隣に立ちお役に立ちたいのですから)

「私は全ての面で貴女を超えてみせますわ」

「へぇ、なら先ずは勉学を頑張ったら?何処に居るかはしらないけど、入学の筆記試験は私が首席よ」

「…、」

 意識もしていない強烈な反撃にナツは青筋を浮かべ、若干上がっていたチマへの評価がどん底にまで落ちていく。因みに彼女の入学試験の結果はB+判定で、最上位であるA+はチマとリンの二人のみである。

「次を見ていなさい、絶対に負けませんから!!!」

「簡単には負けてあげないけどね、リンにも」

「あっはい」

「そんなことよりも、バレン・シュネ先生との布陣札よね!今日明日は生徒会があるから、明後日なんてどうかしら?」

「お時間を用意します」

「それじゃあ明後日の授業後に。楽しみに待っているわ」

 その日のチマは、普段退屈そうに受けている授業を笑顔で参加していたのだとか。


「本日、卓越者たくえつしゃであるアゲセンベ・チマから審判の指名を拝命したガレト・デュロだ。挑戦者バレン・シュネから何か異論はあるか?」

「いいえ、ありません。本日はご足労いただき、ありがとうございます」

「アゲセンベ・チマから何かしらの変更点はあるか?」

「ないわ。今日はよろしくね」

 授業の教室にチマとシュネが向かい合い、その盤面を見下ろすように立っているデュロの三人を見つめる観客は非常に多い。最近話題にあがる布陣札の審判をデュロが務めるというだけでもかなりの話題性だったのだが、国内の公式戦でそれなりの成績をもつシュネが、挑戦者として試合に挑むということも野次馬が集まる要因となっていた。

「公式の場ではないが競技の公平性を担保するため、会場での私語及び不正を疑われるような行動をした場合には、即時の退場を願うこととなるので、我々の手を煩わせないことを願っている」

「「…。」」

 賑やかしい野次馬たちは、デュロの一言でピシャリと私語を終え、お行儀よく居住まいを正して視線を盤面へと向けていく。

(この道具一式は…王族が使用するという国内最高の逸品…、本当にアゲセンベ・チマ様はロォワ陛下に勝利したのですね。こうなるのなら、勝利の際に道具を譲ってもらえないか、とでも言っておくべきでしたか)

「私に勝てたら、今バレン・シュネ先生が目を離せないでいるこの道具一式をお譲りしますよ」

「それは…本当ですか?」

「ええ、本当よ」

「ですが私に対応する品を差し出すことは出来ませんが」

「賭けではないわ、卓越者わたくしに勝利せしめたという褒賞として譲るの。この王位継承権を持ち、まともなスキルを持ち得ない私が、唯一誰にも負けて劣らないと自負している布陣札。真剣勝負にて討ち取ってみせたのなら、これ以上ない褒賞を与えなくては気が収まらないわ」

「っ」

「だから、全力で挑んできなさいな、バレン・シュネ」

「「―――」」

 教室に足を運んできていた生徒たちは、犬歯を剥き出しに口端を釣り上げたチマを見て、獰猛な肉食獣を思い浮かべた。自信に挑もうとする哀れな仔山羊に牙を突き立てる寸前の、飢えた猛獣を。

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