一二話 陣を敷く!②

 陽射しが厳しくなる李月7月、貴族の子息令嬢は陽射しを避けるように屋内で布陣札を楽しみ、少しずつだが流行りが広がっていた。その火付け役は一日の終わりに遊んでいたチマたちである。

 元より一部の貴族から嗜まれていた遊びということも有り浸透するのは早く、大人がやる遊戯というのが今までの感覚らしく、大人になりかけの生徒こどもたちは背伸びが出来る気がして一層打ち込んでいた。

(知ってはいました、やってみたこともあります…が。…アゲセンベ・チマは布陣札は何時でも挑戦を受け付けると言っていましたわね。ふむ…)

 ナツは少しばかり考え込んではチマたちの許へと向かっていく。

「ごきげんよう、ブルード・リン。少し時間を貰えます?」

「え、あっはい、ごきげんよう。構いませんけど、何の御用でしょうか?」

 「場所を移しましょう」と教室の外を指し示せばリンが立ち上がりナツの後を付いていくのだが。

「ちょっと、アゲセンベ・チマは呼んでいないのですけれども」

「え?」

「『え?』じゃあありませんわ!明白あからさまに無視していたではありませんか!」

「そうなの?ちょっと寂しいわね」

「…。勘違いしているところ悪いのですけど、私と貴女は友達でもなんでもありませんのよ。天敵とまではいいませんが、好敵手で有効的な間柄ではなくってよ」

「そう…。まあいいわ、リンの事を虐めないでね」

 しゅん、と耳を倒したチマは自分の席へ戻って、退屈そうに空を眺めている。

(まるで子犬じゃない…)

(チマ様は結構人懐っこい方なんですよ、可愛くないですか?)

(…。まあいいわ。さっさと話しを終えてしまいましょう)

 廊下に移ったリンはナツとその取り巻き三人に囲まれて、「なんの話しだろう」と首を傾げていく。

「単刀直入に尋ねたいのですが、布陣札という遊戯でのアゲセンベ・チマの実力はどれ程なのでしょうか?彼女の近くにいる貴女であれば、よく理解しているのではと思いまして」

(なんとなくだけど、チマ様の実力を知っている人っていうのは布陣札に造詣ぞうけいの深い人達で、知らない人はだいたいが遊び方を知っている程度。…つまりはナツ様もそっち側なんだろうけど…)

「恐ろしく強いです」

「恐ろしく…?」「はっ、あのアゲセンベ・チマ様が?」「話しを盛っているのではなくって?」「落ち着いてくださいお二人共、アゲセンベ様は学業では誰よりも高い成績を持つ才女ですよ」

 有り得ない、と難色を示す取り巻きを、落ち着いた一人が宥めてリンへ話しを続けさせる。

(陛下の名を出した場合、不敬だと言われる可能性があるし。同じ生徒会ってことで)

「デュロ殿下やバァナ会長ともやりあって、今のところ無敗なのです」

「デュロ殿下は従妹のアゲセンベ・チマに甘くいらっしゃいますし、バァナ会長は立場的に手加減をしてくれた可能性がありますから、本当に強いのかどうかはわかりませんわ!」

「そうです!それに殿下より強いなんて、不敬ではなくって?」

「まあまあ、落ち着いてくださいよ」

「貴女はアゲセンベ・チマの肩を持つの!?」

「別にそんなことは…」

「静かに。恥じらいを忘れていましてよ」

「「は、はい」」

(デュロ殿下はアゲセンベ・チマの事を好いてらっしゃる。…けれど、それが理由で手加減をし機嫌を取るような真似はしませんわ。バァナ様は…う~ん、あの方は大の女性好きですし手加減をしている可能性を否定できませんね)

「他には?国際公式戦に参加している方を参考にしたいのですけれど」

「あー…、レィエ宰相よりも強いとの話しですよ。ご家族間なので実力の担保にはならないかもしれませんが」

「そうね。陛下は?伯父と姪の関係なのだから、非公式あそびの場で試合をするくらいの間柄ではあるはずですわ」

「えーっと、いい勝負をするみたいでして。陛下にお時間のある時に、試合をなさっているのだとか」

「“いい勝負”ね」

「まあ、いくらなんでも陛下に敵うはずはありませんわね」

「ええ、ええ」

「「…。」」

(ブルード・リンがどういう為人ひととなりかは知りませんが、言葉を濁したということは陛下に配慮したのでしょう。国際公式戦でも高い勝率を誇る陛下よりも強い、つまりは国内でも最上位に位置する実力者。…というかコンは何か知ってそうね、二人を刺激しないよう黙っているけど)

(ナツ様が何かに感づかれたお顔…)

 落ち着いた取り巻きのアーロゥス・コンは、ほんのりと顔を引き攣らせて、そそそっ、と取り巻き二人の陰に隠れていく。

(後で邪魔が入らない場所で尋ねればいいでしょう。…布陣札に於いては実技と立場が逆、いえ雲壌月鼈うんじょうげつべつでは表せない差があるということですわね)

(ナツ様はチマ様に勝ちたいんだろうけど…、厳しいよねぇ。結構自信のあったあたしでも全然歯が立たないし)

 僅かばかり助力も考えていたのだが、ナツに対して力を貸すだけの理由はなく、力を貸した程度でどうこうなる相手でもない。

(下手に仲良くしてチマ様と袂を分かつことは避けたいんだよね。ビャスルート以外では全部、…敵対することになるんだし)

 さっさと撤退しようと一歩引くと。

「やあ、面白そうな話しをしていませんでしたか?」

「バレン・シュネ先生、いつの間に」

「なんか布陣札の話しをしている風だったから、甘い蜜に誘われて寄っただけで何もきいてはいませんよ。それで、布陣札の話し、してましたか?」

「チマ様の実力について問われていただけですよ」

「ほほう、アゲセンベ・チマ様の!いやぁいいね、私も興味がありまして…そうだ、今から私が試合の予定を確保しに行きますので、当日に見学なされば、ご自身の目で実力を図れるのではないでしょうか?…ある程度の知識は必要になりますが」

 片眼鏡を持ち上げて、挑発的な表情を見せたシュネ。

(シュネってゲーム内だと最強CPUNPCだったし、好感度を上げるには布陣札を一定回数挑まなくちゃいけなかったりするんだよね。姿を見せる時期的にも性格的にも、ゲーム内と然程変化のない人なのは、レィエ宰相が関わる範囲外ってことなんだろうなぁ。…というか、今回の話しにかこつけて布陣札したいだけだよね、この人)

 下手に布陣札を行うと好感度が上がってしまうので、深く関わらないようにしようと心に決めるリンであった。

「そうですわね、またとない機会かもしれませんので見学を願い出ましょう」

「はははっ、いいですね!それでは行きましょっと」

 仲介を願う二人の視線に、少しばかりの面倒くささを覚えたリンは、仕方なさそうに教室へと戻っていく。

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