一一話 鉄壁の剣聖!④

「なんだか…全身が痛いわ」

「そりゃあそうですよ、なんせ過労で倒れたのですから」

 医務室で目を覚ましたチマは、シェオたち傍からの報告を先ず聞いて、自分自身に呆れの籠もった感情を向けていく。

「チマ様、あの技はどうやって使用したのですか?」

「どうやったか、はわからないわ。けどね、何か、私は知っている気がして身体が自然と動いたのよ。手足を動かす時に意識をすることって少ないじゃない?」

「…、ということは同じことを今でもできるということですか?」

「出来る気は…しないわね。…私自身も不思議なのよ、アレは新しいことじゃあなくて、覚えがある気しかしないんだから」

(チマ様ってもしかして)

「失礼いたしますわ。…あら、もう起きていたのですね」

 リンの思考を邪魔するかのように表れたのはナツと取り巻きの一人。

「お見舞いに来てくれたの?トゥルト・ナツ」

「不本意ではありますが、私と干戈かんかを交えた相手に他なりませんので、後遺症でも残されては寝覚めが悪くなりますし…殿下からの印象も悪くなってしまいますわ」

「なら安心していいわよ。リンたちの対処が良かったみたいで、後遺症なんてのは一つもないのだから」

「それは何よりです。…、質問を宜しいでしょうか?」

「いいわよ」

「何故。アゲセンベ・チマ、貴女が『絶界ぜっかい』を使えますの?アレは剣聖の頂きにあると、曽御祖父様が文献に残していた絶技、“自称”戦闘に関するスキルは持たない者が会得できるものではありませんの」

「先ず一つ。私は『絶界』なんていう大層な技は知らないし、アレはまぐれの一回よ。再現しようとしても難しいわね」

「…」

「そしてスキルに関して開示することは出来ないけれど、私の戦闘能力に関与するスキルではないことは確か、いえ半らの真実よ」

「…。良いでしょう。干戈を交えた仲、それを本心として受け入れます。―」

 一度口を開きかけたナツは、出掛かった言葉を呑み込んでは下唇を軽く噛み、少しばかり悔しそうな表情を露わに視線を背ける。

「今回は絶界を披露せしめた事を称賛し、貴女が勝った際の条件を受け入れますわ。…負けていないので!誓跪けいきはいたしませんが!」

「ありがとうございます、トゥルト・ナツさん。全力を以て貴女と対峙出来たあの瞬間は、私にとっても益のある素晴らしい時間でした。また、今度はもう少し緩い形式で勝負いたしましょう」

「ええ、喜んで。……、一つ、改めて言っておきますが、私は負けてはいませんの!そこは勘違いなさらぬようお願いしますわ!!」

「勝ったなんて思えないわよ。私の実力じゃ全然歯が立たなかったじゃない」

(先を越されたなんて思いたくもないし、実際にまぐれなのでしょう。だけど、だけども!私にないものを持っている、持ってしまったアゲセンベ・チマが羨ましくて妬ましくてしょうがないのよ!)

「次は、次も絶対に負けませんから!」

「布陣札なら何時でも挑戦を待っているから」

「ふんっ!」

 髪が舞うように踵を返したナツは医務室を後にし、取り巻きが一礼をしてから後を追っていく。

 その後、ナツが布陣札を挑みにくるのだが、それはまた何時か。


 医務室のチマは医官に任せて、安堵の吐息を吐き出したシェオは、一人外へ出て夏の風を浴びる。

「思い詰めた顔をしてどうしたんですか?」

「リン様ですか。その、今日のお嬢様は登校する気が起こらず、休みたがっていたのですが…私が執拗しつこく言葉を連ね、先のような状況を引き起こしてしまった、と自分の至らなさを嘆いていたのです」

「あれは避けようのない事象だったと思いますよ。ナツ様はチマ様に確執があるようでしたし、日を改めても勝負を持ちかけてきたかと。それにあんな状況を予想する方が無理ですって」

(私にも予想ができない状況だったし)

「そうなんですけど。私は…『学校で友達ができ楽しく生きられた結果、息苦しさを払拭できた』という経験がありまして、それでお嬢様の置かれたスキルに関する思いを晴らせるようになればと、登校を勧めておりました。リン様や生徒会の方々との交流を考えれば、好転しているのかもしれませんが苦しい思いを強いていることには変わりません。……、本当にお嬢様に仕える者が私でいいのか、悩まざるを得ません」

「それは」

「そんな事で悩んで、執拗しつこくあれこれ言ってくる割に一人でお感傷センチして、まったく世話の焼ける従者よね」

 鼻で笑った声色は、シェオにとって聞き慣れたもので。

「お嬢様、どうしてここにっ」

 ビャスに肩を借りた姿で、後ろには医官まで同行し、中々に迷惑なチマがそこにいた。

「表情を見れば一発よ。それに、道を間違えそうになった主を従者が正すように、思い悩む従者がいるのなら道を指し示すのが主の役割。辛気臭いシェオに喝を入れに来たのよ」

「…敵いませんね」

「シェオがいなければ、私は今のように真っ直ぐは歩けていなかっただろうし、飽きずに付き合ってくれる姿勢にはいつも感謝してるの。胸を張りなさいな、自慢の侍従さん」

 手を差し出せ、と合図を送れるとシェオは片手を差し出して、指先にチマが口付けをした。感謝と称賛、数年前にも彼女が行ったそれに、今回のシェオも顔を赤くして硬直していく。

「暫くそこで頭を冷やしなさいね。それじゃ戻るわ、未だ全身が痛いのよ…」

「「「…。」」」

 無茶をするお嬢様だと、リンたちは呆れるのであった。

(チマシェオ来たー!というかチマ様の口付け、破壊力あり過ぎでしょ!くぅ〜最高過ぎる!)

 冷静を装っているリンは、ゲームにはない組み合わせカップリングに大興奮。二人が結ばれることを大いに祈りながら、ほくほく顔で後を追っていく。

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