一〇話 修練と恋心と!②

「これを毎日やっているんですか?」

「仕事の一環でもあるからな。今日はこんなところにしとくか、少し休んだら帰るといい」

「その前に、修練場を少しばかり借りてもいいでしょうか?」

「内容によるが」

「ビャスさーん、ちょっとお手合わせを願いたいのですが」

「っはい!?ぼ、僕でいいのならお願いしますっ!」

「今後もパーティを組むことがあると思いますし、干戈かんかを交えて実力を見ておきたかったんですよ〜。私の実力も知ってもらいたいってのもありますが」

「手合わせね。護陣佩ごじんはいさえ使ってくれれば問題ないぞ」

「ありがとうございますっ!」

 それじゃあとリンは六尺鉄棍りくしゃくてっこんを組み立てては、護陣佩の準備を行っていく。

「げぇ、鉄棍使いかよ」

「団長は苦手でしたよね、鉄棍。何故なんですか?」

 汗を拭き取っていたシェオは、苦虫を噛み潰したようなキュルへと質問を投げかける。

「今の第四の団長いるだろ?俺の元上官なんだが、あの人の一撃が痛いのなんの。仕事サボっていた所を見つかった時は酷かった…」

「自業自得ですね…。リンさんは強いですよ、年齢に対してレベルが高いだけでなく、対魔獣に於いては経験をよく積んでいいます」

「シェオがそこまで言うんなら見学していくか。彼女が騎士団を志望する率はどれくらいだと思う?」

「低いですよ。お嬢様が積極的に取り込んでいましたし、座学の成績も二番手ということもあって、政務官の道が一番明るいかと」

「そういうね。然っかしチマお嬢が」

「お友達を得たことで変わり始めて、喜ばしい限りですよ」

「良いことだな。だけども、今みたいに離れる機会は減らしておけよ、悪い虫は付いてからじゃ遅いんだからな」

「…はい」

 そんなことは扨措さておきと、二人と騎士らはリンとビャスの模擬戦闘へ注目していく。


ティラミ・ビャス。レベル10。保有スキル、勇者【20/??】、剣術【30/35】、身体能力強化【30/40】、衛護【1/16】、刀術【1/14】、格闘術【1/7】、魔物察知【1/2】、学問【1/2】、園芸【1/1】、怠惰の仕徒【1/1】等々。

 ブルード・リン(タタン・リン)。レベル39。自然回復力【7/23】、鈍器術【7/38】、棒術【7/35】、回復魔法適性【6/58】、学問【6/16】、身体能力強化【5/20】、敵性察知【1/18】等々。

 六尺鉄棍を手にしたリンは、正面に構えているビャスを見据えて、自身の動きを組み立てていく。レベル自体はリンのほうが高いのだが、チマからスキルポイントを与えられていることを考慮すると、『怠惰の仕徒』での力の不制御考慮しても格上。油断は出来ない。

(あたしも格好いいところみせないとねっ!)

(リンさんに不甲斐ないところは、見られたくないのでっ!)

 最初にリンが動き出し鉄棍を振るう。

 先ずは僅かな動作から繰り出される振り下ろしの一撃。軽々と振られるそれは、簡単に防げそうに思えていたのだが、ビャスが剣で受け止め、流そうとした際に骨を震わせる程の振動に驚き目を剥いていた。

(っ!)

 押し切られたら拙いと本能が警鐘けいしょうを鳴らし、力を込めて押し返そうとした瞬間には、鉄棍へ込められた力は抜かれており、ビャスは僅かに重心をズラされていく。

 剣先を抜けて降ろされた鉄棍が狙うのは彼の足。つまりは足払いをしようという魂胆なのだと即座に悟っては、大地を一本足で蹴り飛び後方宙返りを綺麗に決めた。

(間一髪、危なかった。リンさんは間違いなく、強い!手合わせだからって、気を抜いたら持ってかれる!)

夜眼剣術やがんけんじゅつを習ってたから、身の熟しは柔らかいみたい。チマ様と比べちゃうとちょっと硬いけど)

 夜眼族の身体が柔らかすぎるのだ。

 次いでビャスが動き始め、両手で握られた剣で真っ直ぐな剣撃を繰り出す。夜眼剣術を扱っていた頃と比べ力が籠り鋭さも増した一撃なのだが、金属製で六尺180センチの長物を軽々と、それも手足かと思える程に自在な棒術を繰り広げるリンへは届くことがない。

(お嬢様から貰った『怠惰の仕徒』スキルのせいにはしたくないけど!)

(力の制御が上手くできてないね。悍馬じゃじゃ馬に振り回されてる感じかな?とりあえず、チマ様が近くにいない状態での実力も見れたし、決めきっちゃお)

 わざと隙を作りビャスを鉄棍の間合いの内側へ誘ったリンは、先程まで攻撃に用いていた反対を彼の足へ絡めるように差し込んでは、一気に持ち上げて体勢を崩してみせた。

「っ!」

 片足が上がって、「よっとっと」と情けない動きを見せた瞬間に鉄棍が引かれ、胴を突くべく根先が迫り。

まずいっ!)

 全力で躱そうとした身体を逸したビャスであるが、直撃は避けきれず肩に命中。元々崩れていた姿勢へ勢いよく押されてしまった為に、独楽こまのように回転してリンへと体当たりが入ってしまった。

「へっ?――みぎゃ!」

 リンの悲鳴と共に二人は転がっていく。

てて…、ビャスさん大丈夫ですか?」

「っはい、大丈――ッ!!」

 目を回しながら起き上がったビャスは、自身がリンの上に覆いかぶさるように、そしてチマと比べるとしっかりと膨らみのある胸部に顔を埋めていたことに気がつき、大急ぎで起き上がっていく。

「ごごごご、ごめんなさいっ!」

「え?あー…、別に大丈夫ですよ。手を貸してもらえますか?」

「はははいィ!」

 手を出しだしリンを起き上がらせたビャスの顔は、茹でた章魚たこかと思うくらいに真っ赤に染まっており、周囲の騎士たちはラッキースケベだとクツクツ笑っている。

「今に起こしてもらったのでお相子あいことしましょうか」

「えっと、あっと…は、はい」

 本当にそれでいいのかと困惑しつつも、彼はリンの提案にうなずいて手扇で顔を仰いでいく。


「全く…、リン様が許してくれたから良かったものを」

「はい、申し訳ございませんでした」

「いやいや、全然大丈夫ですよ」

「女性の胸部に顔を埋めるなんて、本来であれば両頬を出血するまで殴られても文句をいえないのですよ。それをわかっているのですか?」

「わかっていますとも。そのうえでビャスさんであれば問題ないということです。軸をずらされる程度の棒術しか繰り出せなかった私のせいでもありますので」

(他の男の人じゃ困るけど、なんてったって相手は推しビャスさん!揉まれても文句はいわないねっ)

 キリッとした表情を決めているのだが、頭の中はお花畑なリンである。

「そうですか。…お嬢様と修練をする時には気をつけてくださいね」

「……気をつけます」

「私とのことは運が良かったくらいに思ってくださいね、ビャス“くん”」

「…は、はいぃ」

 ちらりと視線が胸に向かったことで、自身を意識させることに成功したと、リンは小さく喜んで。ビャスは再び頬を上気させるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る