九話 思い出の音色!③

「引退?…そうね、もういい歳だものね」

「はい、お嬢様がお生まれになって早一〇年、私もそろそろ引退をして隠居しようかと旦那様へ相談していまして」

「それが来月というわけね。…寂しくなっちゃうわ」

 老年の侍女が年齢的に職務を続けるのが難しいと、引退を心に決めてチマへ打ち明けたのである。

「有り難きお言葉に御座います。後任に関してですが、旦那様はお嬢様がお決めになっても良いと仰言ってましたが、如何がなさいますか?」

「後任ね。…シェオがいいわ、一緒にいて楽しいから」

「うふふっ、そうですか。では私の方から旦那様に伝えておきます。改めてですが、今まで有難う御座いました、お嬢様」

「それはこっちの台詞よ。私が産まれてから面倒を見てくれてありがとう、貴女のお陰で、貴女が隣に居てくれたから私は前を向いて歩いてこれたのよ。本当にありがとう」

 くしゃりと表情を歪めたチマは、ぎこち無い笑顔を作っては侍女の手を取り、指先に口づけをした。物心が付いた時には隣で朗らかな笑みを浮かべてくれていた老年の侍女、第二の母と言って差し支えない彼女へ最大の感謝を込めて。

「それじゃあ引退するまで、短い間だけど宜しくね」

「はい、お嬢様」

 なから孫のようなチマから向けられた篤い信頼を胸に刻む。


 さて、書斎に呼び出されたシェオはレィエに加えてトゥモと侍女が待っており、喉を鳴らしてから重い足取りで部屋を進んでいく。

「よく来たねシェオ。ははっ、総緊張しなくて良い、叱ろうと思って読んだわけではないからね」

「そう、ですか」

「実は彼女が侍女を引退することになって、その事をチマに話したところ後任として君を指名したんだよ」

「私を?」

「そうシェオを。アゲセンベ家に仕えてかれこれ二年、チマのスキル探求に付き合ってくれていることは話を聞いているし、何よりチマが非常に懐いている様子だから私の方からも頼みたいと思ってね。どうだろうか?」

「その私なんかで宜しいのでしょうか?異性ですし、使用人として歴が浅く侍従として働けるだけの実力があるとは思えないのですが」

「先ずは後者だけど、経験と実力に関してはこれから徐々に積み重ねていってくれれば十分だ、元より使用人は多く仕えてくれているから、みなと協力しチマの面倒を見てほしい」

「なるほど」

「前者に関しては、一時いっときの感情に揺らいで間違いを犯すほど君は愚かではないだろう?」

「っ」

 三人から向けられた視線は確かな重圧があり、心に理性という名の堰堤えんていを構築するには十分すぎるそれだ。

「お嬢様に、お嬢様から直接伺ってからでも宜しいでしょうか?」

「それもそうだね。トゥモ、呼んできてくれるかい」

「承知しました」

 一礼をしたトゥモは直ぐ様退室しチマの許へと向かっていく。

「私はね、チマと共に様々へ挑戦するシェオの事を非常に評価しているんだ。未だ未だ若いことは確かだけども、チマが道を間違えるような場面に於いても、それを正せるだけの人材に育ってくれるのではないかと、そう思わずにはいられなくてね。数年でなくとも一〇年二〇年、長い期間を掛けて彼女の支えとなって欲しいのさ」

(それは別に従者でなくとも良い、違う形でもチマが物語ストーリーを駆け抜けた先にある未来に、支えとなれる人が居て欲しいと私は願って止まない。…攻略対象、ということもあり今とは異なる関係になる可能性もあるけれど、これまでの二年間とこれからの五年は確かな絆を生むことになる。だから)

「……お嬢様が私を選んでくれるのであれば、―――」

「あら、私が何を選ぶの?明日のおやつ?」

 扉を開け放ったチマは真っ直ぐに書斎を進んでいき、シェオの顔を除いては笑みを浮かべた。

「シェオを後任に、という話しをしていたら、チマから直接聞きたいとのことでね」

「その事でしたのね。シェオ、貴方は私にとって共に歩める心強い味方だと思っているわ。時を見て二年間も私に付き合ってくれて分かっていると思うけど、世間一般では『無駄』とせせら笑われるような挑戦を毎日毎日続けているわ。だけど、それに歩幅を合わせて付き合ってくれて、無駄だと笑わないシェオは私にとって大事な大事な人なのよ。…どうか私に仕えていただけませんか?」

 琥珀色の鮮やかな瞳には期待と信頼の感情が宿っており、シェオはそれを真っ直ぐに突きつけられ。

「…、このキャラメ・シェオ、未熟者ではありますがお嬢様の期待に応えるべく、粉骨砕身の思いで侍従としてお仕えいたします!」

「あははは、大袈裟ねシェオったら。いいわ、手を出して」

「?こうですか」

「そうよ」

 シェオの手を取ったチマは、感謝を込めて指先に口づけをした。

「~~~~っっ!!」

 言葉にならない悲鳴を上げた彼は、茹で上がった蟹の如く顔を真赤に染め上げて、暫くの間を硬直していたのだという。

「チマ…それはね、年頃の男の子には刺激が強すぎるよ」

「そうなのですか?」

「ほら、シェオはピクリとも動かなくなってしまったじゃないか。感謝を示す口付けだけど、相手を選ばないと大変なことになるから、しっかりと相手を見極めて使うようにね」

「はい、わかりましたわ」

「お父さんには沢山していいからね」

「明日は両頬にしてさしあげますわ」

「楽しみにしているよ」

 固まっているシェオが動き出すまで、仲良し父娘はのんびりと雑談をして過ごしていた。


―――


「日も暮れてきたし合わせはこんなところにしましょうか」

 ポピィの一言で一同は手を休めて一息つく。気がつけば夕刻、五人は思った以上に熱中していたようで、茜色の野外を見ては目を丸くする。

「二回三回集まれば耳汚しすることのない演奏が叶いそうだ」

「余興なのでそこまでの期待はされてないとおもいますが、やはり演奏するのであれば最高のものを提供したいですからね!」

 二年のポピィとプファは楽器スキルにポイントを振り分けているだけあって、他三人デュロ、チマ、ナツと比べると格段に上手く演奏を同じくする彼らも聴き惚れる場面が有ったほど。

「楽器はこの教室に残してもらって構わないとのことでしたので、窓掛カーテンを閉め楽器入れに納めて帰りましょうか」

「竪琴は演奏者が少ないので置いたままで、他のは音楽教師が回収してくれるとのことです」

 そんなこんなで片付けを終えて、ナツ以外は生徒会室に顔を出し各々解散することとなった。

「ねえシェオ」

「なんですかお嬢様?」

「今度一緒に演奏しない?ご無沙汰じゃない」

「練習にということなら付いていけるとは思えないのですが」

「違うわよ。ほら、初めて私と一緒に何かしようってなった時は楽器の演奏だったじゃない?だから初心に帰ってゆったりしたいのよ」

「っ!喜んで!」

「そうだ、リンとビャスも加えて四人で楽しくやるのも有りね」

「ええ、ええ!是非とも!」

 尻尾があったら千切れん程に振られていたであろうことが見て取れるシェオに、チマは小さく笑みを零す。

「なんのお話しですか?」「よ、呼びましたか?」

「今度一緒に楽器を演奏しようって話し。お遊びでね」

 チマ御一行は賑やかに廊下を歩む。

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