八話 剣術と猫好き!⑤

サブレを食みながら漫画を読み始めたチマのもとへ、家令のトゥモが訪れる。

「入って」

「失礼します」

「トゥモが態々わざわざ、どうしたの?」

「どうにもお嬢様と商談がしたいという商人が現れたのですが…。予約もない飛び込み商人、先ずは断ったそうなのですがマカローニの絵画を持っているとのことで」

「私の許へ、マカローニの絵をねぇ。耳聡みみざとい商人なのだし会ってみても良いんじゃない?シェオ休みで出ているし、ビャスも第六に行っているから、」

 チラリとチマがトゥモへと視線を向ければ、鷹揚おうように頷き腰を折る。

「承知しました。私が同席いたします」

「それじゃあ決定ね。応接室で待ってもらって」

 支度を済ませてからトゥモと共に応接室に足を踏み入れれば、北方九金貨連合ナインコインズユニオン北方系ほっぽうけい純人族すみびとぞくが長椅子に腰掛けており、チマを見ては柔らかな笑みを浮かべて立ち上がる。

 ドゥルッチェに多くいる中央から南方純人族と比べると、体格こそは少し大きめなのだが、耳が丸っと小さいのが特徴だ。凍傷になりにくくするための進化だとかいう学者もいるのだが、真偽は不明。

「陽光と爽やかな風が草木を育む夏の今日、こうしてお会いできたことを光栄に思います、アゲセンベ・チマ殿下でんか

「王女でないから殿下は不要よ。知っているようだけど名乗りは上げさせてもらうわ、アゲセンベ・レィエが娘のアゲセンベ・チマ。そちらは?」

「私は束柱獣金貨のパスティーチェから参りました、ラザーニ・ラザ・ベシャメと申します。国をまたいだ旅商人なんかをしておりまして、パスティーチェの画家マカローニの絵画を好んでいるご令嬢がいると耳に挟み、足を運ばせていただきました。急な訪問は失礼と存じておりますが、く早くにお目に入れたいと門扉もんぴを叩いた次第に御座います」

「ふぅん。絵画の件は理解したけれど、貴女は女性よね?パスティーチェではラザーニは男性名の筈よ、身分を偽ってアゲセンベ家を訪れるなんていい度胸ね」

「いやはや、博識でいらっしゃる。実は私、本名はラザーニャ・ラザ・ベシャールメと申しまして、女が商人なんてしていると知られれば恰好かっこうかもで御座います。故に男装をして男名を名乗っていたのです。重ね重ね失礼をお詫びさせて貰いたい次第に…」

 襟を軽く開いて見せれば、喉仏は見当たらずスラッとした喉元がそこにあり、喉を整え女性らしい声へと変えていく。

「そういう事情なら受け入れてあげるわ、商人ラザーニ」

「ありがとうございます、アゲセンベ・チマ様」

「次からは予約を取って、ラザーニ・ラザ・ベシャメと名乗るようにね」

「畏まりました。…これは、良い茶葉ですね。香りから推察するに…マフィ領の『プケ』でしょうか?」

「へぇ、当たりよ。ドゥルッチェにはよく足を運ぶのかしら?」

「これで二回目です。プケに関しては独特な果物に近い香りがするという知識がありまして、もしかしたらと」

「飲んだことがないのなら、遠慮なくどうぞ」

「お言葉に甘えさせてもらって。…、ほう、これが。次の行き先はマフィ領にいたしましょうかね」

「横から失礼します。茶葉には適切な管理が必要ですので、取り扱いの際には注意事項を伺ったほうが賢明かと」

「ご忠言ありがとうございます。…ふぅ、それでは私の持ち込んだ、マカローニの絵画を見てもらいたいのですが。開いても?」

「どうぞ」

 長椅子の隣に置かれた背負鞄を漁れば、布で厳重に梱包された小さめな絵画が姿を見せて、ラザーニが梱包を解いていく。

 そうして姿を見せたのは、差し込む陽射しを浴びて眠る猫の絵画で、チマは目を皿のようにして検めていく。

「これはどうやって手に入れたの?本人から?」

「実は金子きんすを貸していた商人仲間が、借金の利息代わりにと譲り受けたものでして。いやぁ、パスティーチェで販売しても良かったのですが、どうせならドゥルッチェの蒐集家しゅうしゅうかにと」

「残念ね、その商人仲間とやらに一杯食わされたみたいよ」

「へっ?」

「その絵画を持って付いてらっしゃい」

「あっはい」

 チマは応接室を出ていって廊下を進み、アゲセンベ家の小さな画廊へとラザーニを案内する。

 そこには多くない美術品が並んでおり、壁にはいくつもの猫の絵画が並べられていた。

「その子はメロっていうのだけど、模様の描き方が違っているし、使っている絵の具の品質も低いわ。若い頃の絵画かもしれないと思うかもしれないけれど、その場合は署名サインが違う。質の悪い絵の具を使っていた頃の署名はこっち」

「おぉ…、悔しいですが…してやられましたね…。…よく見ると署名も、崩れていますし」

 悔しそうに顔をしかめては、絵画へと視線を落とし、肩をもガックリと落とす。

「利息っていうのはいくらだったの?フィナン換算で」

「フィナンですと、…七〇〇〇フィナンでしょうか」

「じゃあその贋作がんさくを七〇〇〇フィナンで買い取ってあげるわよ。絵画そのものは悪くないから」

「いいんですか!?」

「ラザーニの歩き損になるけれど、それでいいのならね」

「是非是非!いやはや、ドゥルッチェへは足を向けて眠れなくなってしまいます」

「トゥモ、金子の準備をしてあげて。ふふっ、次からは確かなものを商品として扱うのね」

「はい!」

っかし…、この贋作を描いた画家はマカローニの作品をよく知っているわ」

「そうなのですか?」

「マカローニは日常的な猫の一瞬を切り取って絵画にしているのだけど、この贋作、いえ作品も、ふとした日常の一瞬を良く切り取りれていると思ってね。こういった少しの陽射しでも見つけて、移動しながら寝ていたりするものなのよ。それに少し模様が違ってはいるけれど…、この子は間違いなくメロ。ほら見て、右耳の先が欠けているでしょ?」

「…なるほど。勉強になります」

「なら勉強をしていく?多くはないけれど教材があるわよ」

「いやぁ流石に本日知り合った商人が、こういった画廊に長居するのはよくないと思いますので」

「まぁそうね。…よく考えたら私の絵画や写真なんかがあって少し恥ずかしいわ」

 画廊にあるのはマカローニの作品だけでなく、レィエが保管しているチマとマイの絵画や、未だ未だ普及のしていない高級な映写機で撮影された写真も飾られている。そちらに視線を向けては、バツの悪そうな表情で外方を向いては画廊を出ようときびすを返す。

「いやはや、私の損失を補っていただきありがとうございます、アゲセンベ・チマ様」

「いいのよ。今度は本物を持ってきてちょうだいね」

 パスティーチェに良い縁が出来たとチマは喜び、ラザーニは金子を受け取って背負鞄にしまっていく。

「それでは再びお会いできることを願って、お別れは言いません」

「ふふっ、お元気で」

「アゲセンベ・チマ様もお元気で」

 軽く見送ってから、チマは購入した絵画を眺めつつ、何処に飾るかを考えていく。

「ちょっとしたところに飾るのが粋かしらね」


(いやぁ驚きました…。結構な力作だと思っていましたが贋作と見破られて、初見で変装まで看破されてしまった。お宝は見れた、という収穫はありましたが………、あそこまで私の描いた贋作を絶賛してくれるのなら安くしておくべきでしたね)

 ラザーニはドゥルッチェの猫姫を思い返しては笑みを零す。

(それにマカローニの事を本当によくご存知で。………はぁ…アゲセンベ・チマ様には悪いと思いますが―――)

 商人ラザーニは元からそこに誰もいなかったかのように姿を消していく。

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