八話 剣術と猫好き!④

 力の出し渋りや暴発の心配がないビャスの剣撃は鋭く真っ直ぐだ。だが、真っ直ぐ故にチマには僅かな動作で回避され、細々とした反撃を喰らう。

(動きが硬いわね)

 元より師の許で習ったわけではない我流剣術に、夜眼剣術の混ざった発展途上の腕前では、しっかりと夜眼剣術を習った彼女に一撃を加えるのは難しい。

 ならばと小手先で剣筋を曲げてみたり工夫をするのだが、付け焼き刃が通用するはずもなく。

 振り下ろされる木剣の腹にチマが裏拳を当てて大きく軌道を逸らし、勢い余って地面に剣先が触れると同時に峰を踏みつけられてしまった。

「っ!」

 得物を潰されたうえで徒手空拳の間合い、ビャスは僅かにひるみ木剣へ力を加えて引き抜こうと試みる。するとチマは足の力を緩め、よたよたと覚束無おぼつかなく退く彼に対して木剣を振り下ろす。

 カンッ!限々ぎりぎりのところで木剣を持ち上げることの出来たビャスは、振り下ろされた一撃と返しの斬り上げを受け止めながら体勢を整え一歩踏み込んだ。

 軽い一撃を繰り出すと直感においで感じ取ったチマは一気に距離を開け、ビャスは次の機会を伺う。

(お嬢様は妙に鋭いところがある。退かれなければ僕の流れに持っていけたと思うのに)

(早い立て直し、だけど)

(あの踏み込みは!)

 チマが本気で攻め込んでくる時には、姿勢を低くしてから動き出す。これを数度目にしていたビャスは、木剣で防御を行うべく構えるのだが、夜眼剣術には相手の攻撃を防御する術は多くない。本能と身体能力強化で無理繰り防ぐために、木剣を寝かせた構えを取れば、若干視界が阻まれ。

(ここかしら。)

 チマは視線から姿を消すように位置取りを行い、間合いに入り込んでから自身の勢いを殺して砂を巻き上げた。

「っ?!!――ふぐっ!」

 顔面に迫りくる砂の数々に目を閉じてしまったが最後、チマの回し蹴りがビャスの側頭部に命中して僅かに体勢を崩し、そのまま襟を掴まれ、彼女の全体重が掛けられて引きずり倒されるのであった。

「ふぅ、私の勝ちね」

「っはい…」

「絶好調なんだけども、レベルが上がると身体能力が上がったりするものなの?」

「いやぁ…そういうことはないはずですよ。もしかしたら怠惰スキルが関与しているかもしれませんが、詳細がわかりませんので」

「……っお、お嬢様は夜眼族ですし、そっちの関連しょうか?」

「種族特性か才能か。どうせならスキルっていう目に見える形で欲しかったわ」

「…どんなスキルが、ほ欲しいんですか?」

「なんでもいいわよ、剣術でも裁縫でも学問でも。そのために色々と試してきたんだから。今ので発現してないかしら」

 巻紙スクロールを出すその瞬間までは楽しそうなチマだが、いつも通りと分かればつまらなそうに口を尖らせてしまう。

「あっ、僕は剣術と身体能力強化の上限が上がってます」

「ホント。ビャスは成長期なのね」

「なんというか、お嬢様となにかに挑戦しているや修練時には、スキルの発現や上限上昇が起こりやすいんですよね」

「羨ましい限りよ」

「…っそ、そういえばリンさんから、『チマ様との行動中にスキルを取得しやすかったりしませんか?』と、…聞かれました。なんだか、ゲッペの時とパンケーキの時で、すスキルが発現したとかで」

「確定ですかねぇ」

「『怠惰』って私が怠惰になるんじゃなくて、周囲の人を怠惰にするってスキルなのかしら…」

「お嬢様に仕えている限り、その心配は無さそうですが。…そうですね、使われ方を考えれば有り得る話しです」

「…っお嬢様の顔に泥を塗るような真似はしませんっ!」

「大丈夫だとは思っているけど。…私の存在って劇薬どくよね」

「ですねぇ…」「……。」

 「身の振り方には気を付けないと」というチマの言葉に二人はうなずいて、ビャスの修練に付き合っていく。


「はぁ…はぁっ、もう無理」

「あ、ありがとうございました…」

 何度も模擬戦を繰り返して、夜眼剣術を目に焼き付けていたビャスは、体力の絶え絶えになったチマから漸くの思いで一本を取り、大きく呼吸を行う。

「…未だ、硬いわね。やっぱ種族的に厳しいところもあるから、夜眼剣術を完璧に熟すのでなくて、織り交ぜて自分の剣術としてやっていきなさいな」

「…っ厳しいですか」

「ビャスに悪影響が出ない範囲で頑張って貰う心算つもりだったのだけど、今の貴方には夜眼剣術が足枷になっているわ。成長を妨げている、のではなくて重荷になっているの」

「っ!」

「分かっているみたいね。私は挑むのが嫌いじゃないし、何かに挑む姿勢は応援する。だけど。悪影響があるのなら話は別、貴方が潰れる姿を見る気はないのよ」

「わかりました」

「食い下がらないのね。言いたいことがあるなら言ってもいいわよ」

「…っ、同じ土台ではチマ様に敵わず、第六でも指摘されました。そ、それに自分自身でも天井は見えてしまいましたので」

「そう。でもね、諦める必要なんて無いわ、夜眼剣術でも得られるものは有ったでしょ?全てを貪欲に取り込んで自分の力にしてしまいなさい、優秀なスキルを保持していてスキルポイントもある。何れ、ビャスは私にとっての自慢に護衛になる、その保証してあげる」

「っ!はいっ!」

「いい返事ね。慣らしも兼ねて第六に通いなさい、気の良い騎士たちだし」

「…っ!」

 頷いたビャスは握りこぶしを作り、チマからの期待に応える可くやる気を燃料に機関こころへ火をべる。


―――


 獣医がマカロの全身を隈なく触診を行って、異常がないかを確認していく。本日はマカロが健康診断日を行う日であり、飼い主であるチマや食事の管理を行っている料理長も様子を眺めている。

「最近変わった点などありますか?」

「ほんのりお肉がついたくらいかしら、お腹がぷにっとしているでしょ?」

「ふむ。マカロ様はそろそろ高齢と呼べる年齢に差し掛かる時期ですから、それに伴った食事へ切り替えていく必要がありますね」

「といいますと、どういった食事を用意したら」

「そうですね。我々と同じで熱量カロリーや塩分などが少ないものを、一〇日に一度前後の頻度で混ぜ徐々に切り替えていって上げてください。いきなり変えてしまうと、変化に戸惑って体調を崩してしまう方もいますので」

「承知しました」

「マカロもそろそろおばあちゃんね」

「んぁ」

 マカロは七から八歳程で人に換算すれば四〇代半ば。お婆ちゃん、というには若いが高齢期といって差し支えない年齢であろう。

 欠伸を一つしたマカロはチマの許へと戻ってはくるりと丸まり、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

「本日の診断で異常はなく、これまでも大きな病や怪我はなく健康そのものでしたが、やはり加齢と共に身体は弱っていくものですから、ご家族マカロ様に少しでも変化が見られたら、直ぐにお呼びください」

「ええ、わかったわ。何時も足を運んでくれてありがとう、代金とは別にお土産も用意してあるからご家族と一緒に楽しんでね」

「ありがとうございます」

「では、お医者様がお帰りになるから案内を」

「はい」

 使用人に指示を出しては、チマはマカロを優しく撫でていく。


―――


 ここ最近、市井に布陣札ふじんさつを流行らせようとした動きがあり、それに興味を持ったチマが試作品を取り寄せては一枚一枚確認していく。

 表面の印刷はやや質素で絵柄にも華々しさはない、現行で貴族たちが用いている物と比べたら月とすっぽんなのだが、裏面は違いが出来ないよう完璧な印刷がなされており、小さな差異での判別は不可能な作りとなっていて、チマをして「及第点ね」と言わせるほど。

(かなり出来に拘っているのね。砂時計は…)

 自身の道具(伯父ロォワから勝ち取った最高級品)と同時に砂時計を立ててみると、二秒ばかし遅れていたがこの程度であれば問題ないだろうと思いながらも、一応のこと書き出していく。

 次いで規定書ルールブックの読み込み。チマの持つ物と比べれば、言い回しが柔らかくなり、わかりやすく噛み砕かれて、力を入れていることが窺える。

(本気で流行らせようとしているのねぇ。今までは埋もれていたとんでもない逸材がいると思うとわくわくするわねっ!)

 指摘と褒状ほうじょうの届いた紹介は『公爵令嬢が認めた布陣札!』と、一応名前を伏せながらも「お貴族様から太鼓判を押された」触れ込みで販売を開始。

 結果的に、布陣札を好み公爵令嬢チマを知る貴族が興味を持って購入、それに煽られて貴族界に流行りの風が吹き始め、市井にも広がっていくのだとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る