七話 スズキのカルパッチョ!③

「なにかお使いに出していることは知っていたけど、結果的にリンとビャスに怪我を負わせてスカートも駄目にしてしまったと」

「はい、その通りにございます。リン様は謝罪を受け入れていただけまして、スカートの弁償と病院の診察代を私がお支払いするとお約束いたしました。ビャスへも謝罪を行い、許しをいただくことはできました」

「シェオ、貴方は時折自分目線で物事を測り進めてしまう嫌いがあるわ」

「…はい」

「先ずは一旦、落ち着いて本当に大丈夫かどうかを考え直してから進むこと。いいかしら?」

「胸に刻みます」

「そうね…、自分に問うてもわからないのであればトゥモみたいな、視点の異なる相手に判断を仰ぎなさい。シェオからの相談であれば、アゲセンベの者は快く考えてくれるから。言っとくけど私でもいいのよ、貴方の主で貴方を心を置く一人なんだから」

「ありがとうございます、お嬢様」

「はい、これでお説教は終わり。とりあえずリンとビャスを呼んできて頂戴…ちょっと待って。私の前に来てひざまずきなさい」

 チマの言う通りに跪いたシェオは、気持ちの良い毛並みをした彼女の両手で頬を包まれ、驚きを表情にして発露させた。

「お嬢様なにを?!」

「辛気臭い顔をしてたからほぐしてあげているのよ。普段は図太い性格しているのに、ちょぉっと怒られたら直ぐこれなんだから。シェオが私と一緒にスキルを取得しようと一緒に頑張ってくれたみたいに、私も貴方が失敗をしようと放りだしたりしないわ。損失を出したら支払うし、誰かを怒らせたら一緒に謝る。…罪を犯したなら、共に償う。それくらいの覚悟を持ってシェオを手元に置いているの」

「お、お嬢様…」

「わわっ、泣き出してどうしたのよ」

「すみません。すみません…昔を、亡き母を思い出してしまって」

「そう…。お母様の事は好きだったの?」

「大好きでした。…病にふせせってしまい、私や近所の知り合いと孤児院の先生の協力虚しく、この世を去ってしまいましたが。…大好きな母でした」

「シェオのお母様がどんな方かは知らないし、お母様になってあげることはできないけれど、あと少しの間だけ一緒に居てあげるから、いつものシェオに戻れるよう尽力なさい」

「…はい、ありがとうございます、お嬢様」

(どっちが従者なんだか)

 チマはシェオの手を握り、涙を拭いては甲斐甲斐しく世話を焼いては立ち直らせていく。


「醜態を晒しました…」

「良いわよ別に。何かあったら、『お母様ママですよ~』って攻撃できる手段を手に入れたのだから」

「…。」

「ほらリンとビャスを呼んでらっしゃいな」

「すぅー…、…はい」

(顔真っ赤にしちゃって。案外に子供っぽいところもあるわね)

 忙々いそいそと部屋を出ていったシェオが、今回の件で被害を負った二人を私室へと連れてきて、チマが着席を促す。

「シェオが原因となり二人に怪我を追わせてしまったこと謝罪いたします」

 立ち上がったチマは垂直に腰を折って頭を下げての謝罪を行う。

「だ、大丈夫ですよチマ様!そこまでしていただかなくても!シェオさんにはもう謝罪をいただきましたし、弁償もしていただけるということなので」

「っっ!」

 首を激しく振るうビャス。

「弁償に関してもシェオではなく、私、アゲセンベ家から行わせていただきます。我が侍従が至らぬが故に招いた無礼をお許しいただければと」

「大丈夫です!全然許しますんでっ!」

「はははいっ!だだ大丈夫です!」

「ありがとうございます」

 にこりと微笑んだチマは、シェオにも着席を促してから自分も席に着く。

「本当にごめんなさいね。シェオはちょっと考えに至らないところがあって、これからも迷惑をかけてしまうかもしれないけど、邪険にしないでくれると嬉しいわ」

「申し訳ございませんでした!」

「普段のシェオさんを知っていますから、これくらい悪く思ったりしませんよ」

「しませんっ」

「良かったわぁ。シェオ、土地勘を養ってもらいたいなら、今度からは詳しい者も同行させるようにね」

「承知しました」

「ふふふっ、さっきまでのシェオったら面白くってね」

「わ、わー!ちょっと!」

「叱られてこんなに丸くなっちゃってたのよ。普段はあんななのにね」

「お嬢様!?」

 仔細を語ることはないが、シェオをからかう材料として面白がったチマは、赤面する彼をみて大笑いし沈んだ空気を吹き飛ばしていく。

「ところで」

「ところでじゃないですよぉ…」

「話しによるとビャスが一殴りで悪漢を吹き飛ばしたなんて聞いたけど、もうちょっと手加減してあげないと駄目よ?」

「…っ力の制御が、上手く出来なくて」

「なるほどね。リンの身に危険が差し迫っていたのなら仕方ないところはあるけど、必要な時に必要な手加減を出来るよう心がけるようにね」

「っ承知しましたっ!」

(咄嗟のことで理解が及ばなかったけど、ちょっと前までレベル3だった実力じゃないよね…。実際はレベル3っていうのが嘘で、もっと高レベルだとか?態々レベルを低く見せる理由ってなんだろう)

 探りを入れたい気持ちがあるものの、彼女らが自分から打ち明けてくれるのを待っていた方が美味しいと考えて、気持ちをそっと抽斗ひきだししまおうとしたのだが。

「ねえ、リン。友達になって日が浅いけども、こっちの派閥に属してしまわない?派閥なんていうけど、実際は私とシェオとビャスの合計三人、学校だと実質二人のね」

(チマ派閥、いや王弟宰相アゲセンベ派閥と考えたほうが良いよね。現在の状況を鑑みれば政的に一番強い派閥ではあるけど、対立派閥も多い、けどブルード家は)

「ブルード家は中央から離れたブルード領の領主家で、所属派閥は西方領派閥。彼らはお父様派閥ではないけれど王弟親和派、悪くない話しだと思うのだけど」

 考えが読まれているかのような的確な言動に、リンは息を呑む。

「生徒会に属している以上、デュロ派閥に入っちゃうのが一番美味しいとは思うのだけど、リンのことは手放したくないのよね。こうして私室に入れて、漫画が詰まっている本棚を見ても気にした風はないし、シェオとビャスに対して高圧的な態度も取らない。末永く隣に居て欲しい人材なの。とりあえず時間を置いてもいいから――」

「喜んでチマ様派閥に加わります!」

「あら、即決なのね。天秤にかけてもいいのよ?ブルード家とのこともあると思うし」

「ブルード家に関してですが、昨日ブルード男爵様と会食を行い、生徒会に加われた事と王弟宰相の娘チマ様と交友関係を結べた事を報告いたしましたら、大変喜んでおられました。西方領は立地が良いよは言えず地位の高くない貴族家が多いが故に、レィエ宰相の幅広く国民が活躍できる政策へ賛同したいと考えているのです。ですからチマ様の派閥に入れるのであれば、故郷が活気づく切っ掛けになるだろうと、学校での縁を大事にするように言われまして」

「西方がそこまでね」

 少しばかり考えこんだチマは、リンへと視線を戻し微笑みを返して手を差し出し握手を求めた。

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