七話 スズキのカルパッチョ!②

「…っこ、この辺りのはずなんですが」

「地図を見せてもらってもいいですか?」

「…っ」

 コクリと肯いたビャスはリンに手書きの地図を渡し、迷子からの脱却を試みる。

 この二人は道に迷っていた。どちらも王都外の出身で土地勘があまりなく、大まかな地図での移動であったが故に、おかしな場所にいた。

 『ここが近道!』『こんな感じのワンちゃんがいるお宅の三軒先を曲がる』『道中、このお店でおやつを買うと良いですよ』等々、余計な情報が妙に多い、市井に歩き慣れた者の地図を見て、リンは目を覆った。

 有用な情報はあり、辿り着けないことはないのだろうが、目印ランドマークが一々細かくて見つけるのが大変なのだ。あと妙に小道を進ませたがる。

(出来の悪い地図アプリかっ!)

「これって、誰が書いてくれたんですか?」

「……シェオさんです。っ街中には詳しいみたいで、色々と書き加えてくれて」

(切れ者なのかポンコツなのか…)

 キャラ変はなはだしい侍従に呆れながら、二人は道を戻って目印を探していく。

「ここを…行けばいいのかな?」

「たた、多分」

 一つ見つけてしまえば後は芋づる式に見つかっていき、地図の指示も少なくなってきた。

 『この辺は少し治安が悪いですが、新参者でもない限りアゲセンベ家の使用人衣を見れば、手を出すことはありません。絡んでくる者がいた場合はこの地図を見せて、尚も絡んでくるようならビャスの実力で捩じ伏せてください』

「えぇ…」「え、えぇ…」

 なんともまあ無責任だが、それくらい乗り越えられるという、実力に対する信頼か。

 本日のビャスはサーベルを佩用はいようしていない。つまりは徒手空拳としゅくうけんで悪漢を倒さなくてはいけないのだが。

「いざとなれば私もいますので、さっさとお使いを終えましょうか」

 と一歩踏み込んだ瞬間に柄の悪い男と鉢合わせてしまい、リンは自分の運の無さを呪った。

「良い身なりの坊っちゃんに嬢ちゃんじゃねえの。へへっ、どこ行きたいか知らないが俺が案内してやろうか?」

「はい」

「ん?地図だぁ?」

「ぷ、ははは!嬢ちゃん坊っちゃんのガキ二人で、レベル24の俺を倒せるとでも思ってんのか?」

「えーっと〜…」

「いいからついて来い」

ったぁ!」

 リンは腕を掴まれ無理矢理引っ張られた結果、体勢を崩し膝で地面を突いてしまう。擦りむいたのかじんわりと赤色がスカートに滲み、面倒くさそうな表情を露わにする。

「ちょっと―――」

「………っリンさんから手を離せ」

「んだよガキ。お前は持ち物置いてどっか行っていいぞ」

「離せって言ったんだ!」

「チッ、うるせぇな。これだからガキは嫌なんだよ」

 リンから手を離した悪漢は拳を握りビャスに殴りかかった。

 が、それを軽く、最低限の動きでかわして、ビャスは力勁ちからづよくく踏み込んで拳を突き立てた。

 次の瞬間にはドンガラガッシャンと音を立てて路地を転がる男の姿がそこにあり、何が起きたのかわかっていないビャスとリンは目を丸くする。

(なんだ!?今の力!)

「うぐぁ!」

 格闘術は取得していないビャスは、拳の使い方が悪かったようで手首を骨折し、うずくまって悶え苦しむ。

「今回復するから!カイラ!」

 リンは大急ぎで回復魔法を使い治癒していけば、手首の骨折は瞬く間に治癒仕切り、涙目のビャスは礼を言う。

「っありがとうございました」

「いいのいいの、守ってくれたんですし。おあいこってことで」

「…、ですが、その、服も駄目にしちゃいました。しししっかりと僕が弁償するんで」

 あわあわと二人が会話をしていれば、騒ぎを聞きつけた住民たちが顔を見せて状況の把握に努めている。

「ん?その使用人衣はシェオの所か。…、んでこの見慣れない奴は、あんたさんらに絡んだ、ってところか?」

「はい、強引に何処かへと連れて行かれそうになりまして…」

「っ!」

 力強く肯くビャスを目に住民たちは二人を取り囲み。

「お嬢ちゃん、膝小僧を怪我してるじゃねえの。アゲセンベんとこあんたは大丈夫かい?」「何か布でも持ってこようか?」「消毒ってのした方が良いんじゃないか、良いとこのお嬢さんみたいだしさ」

 なんて話し合いを始めていく。

「怪我は大丈夫です。回復魔法を使えますし、自然治癒も持ってますので」

「そうなのかい?ならいいんだけも。お嬢さんはアゲセンベ家に関連する人?」

「直接ではありませんが、チマ様のお友達で」

「アゲセンベのお嬢様の友達!?」

「こいつ、とんでもないことしてくれたな…」

 ざわめく一同は延びている悪漢の様子を確認しては、どこに捨ててくるかを相談し始めていた。ここは住民たちの縄張りであり、外部の厄介事を引き込む相手には厳しい対応をしているのだろう。

「まああれはこっちで処理しておくから、お二人さんはもっと安全な場所に行きなさいな」

「はい、そうします」

「…っ、その、服屋に行きたくて!」

 ビャスはリンから地図を受け取って住民へ見せれば、全員揃っての呆れ顔。

「まったく、シェオは…」「もっと安全な道を教えれば良いものを…」「こっちへの紹介も兼ねてんだろうがなぁ…」

 親しいと思われる面々からもこの評価、よくあることなのかもしれない。

「また変なのに絡まれても可哀想だ。付いてきな!」

「っは、はいっ」「よろしくお願いしますっ」

 悪い人じゃなさそうな住民の後を追っていけば、大通りへと出て目当ての仕立て屋を発見。二人は胸を撫で下ろす。

「街歩きに慣れてないみたいだし、あんま細い道は使わないようにな」

「承知しました」「っ!」

「そんじゃ、シェオによろしく伝えてくれ」

 ひらひらと手を振って、住民は路地へと消えていった。

「仕立て屋に行きましょうか」

「はいっ」

「「…。」」

 意気揚々と踏み出せば仕立て屋の隣には、アゲセンベ家の車輌が停まっており、二人もまた呆れるのであった。

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