七話 スズキのカルパッチョ!①

 鼻歌交じりに街を歩いて私服や根系統の武具などを見て回るのはリン。ゲッペの穢遺地あいゆのちで、それなりの収入を得た彼女の懐は暖かく、多少の無駄遣いをする程度の余裕はあった。

(ビャスさんはいないだろうけど老夫婦のパン屋に行ってみようかな。大まかな位置と背景イラストしか情報はないけど、まあいけるでしょ〜)

 呑気しきりなリンは歩き慣れていない王都を進んでいくが、それらしい建物を見つけるには王都は広すぎて、長椅子に腰を下ろして休憩とする。

(ゲーム通りに物語が進んでたら…、ビャスルート進むのめちゃくちゃ難しくない…?いやまあ隠しルートなんだけども、情報が足りなすぎるよ)

 足を投げ出し果実水で喉を潤していれば、見慣れない男衆三人がやって来て前に立ちはだかった。リンは面倒だと思いながらも視線を上げてみれば、下卑げびた表情が並んでいた。

「お嬢ちゃん、お暇なら一緒にお食事でもしませんか?いいお店を知ってるんですよ」

(ナンパか客引きか、若しくは誘拐か。そこそこ良い服着てるし貴族家のご令嬢とでも思われてるのかな?…、いや養女だし間違ってはいないけど)

「恥ずかしながら武器の購入で手持ちが全然なくって〜」

 ちらりと見せるのは手提げ鞄に収まる鉄棍てっこん一本。長さが足りない影響か、一本では棒術スキルが乗らないのだが、重い金属の塊三本を持つよりは楽だと、護身用に持ち歩いている品を見せつけ笑顔を作る。

 王都内での武具の佩用はいようは一応のこと届け出が必要となる。無くても持ち歩く者はいるのだが、騎士団や警務団に佩用についての彼是あれこれを尋ねられた際の対処が異なってしまう。

 物のついでに佩用許可証を見せれば、面倒そうな相手だと悟って男衆は何処かへと消えていく。

(王都内で態々わざわざ武器を所持している人なんて、残響炭ざんきょうたんを集めに穢遺地に行く人ばっかだし、大体は武器スキル持ち。変に近寄ろうとは考えないよね)

 どうしようかと考えていれば、またもや声を掛けられて視線を移す。

「…っあ、あのリンさん。こここんにちは」

「ビャスさん、こんにちは。…あれ、今日はお一人ですか?」

 街中でビャスに会うのなら、主であるチマも一緒であると考えて探るも、…姿はなし。

「…王都の土地勘を養うために、お、お使いに出ているところですっ」

「なるほどね〜。今日はなんのお使いなんですか?」

「仕立て屋に僕の服を取りに。二着の着回しは良くないからって」

「そういうことでしたか、…ご一緒しても?」

「…お面白くはないですけど」

 怯々おずおずとした態度であるが、否定的な色は見られない。

「暇つぶしに街を歩いてただけだし問題ありませんよ。じゃあ行きましょうか」

「はいっ」

 リンは立ち上がり、ビャスの隣へ並んで歩く。

「アゲセンベ家でのお仕事は如何ですか?」

「………皆さん親切に仕事を教えてくれて、す少しずつですが護衛以外も出来るようになりました。お庭の手入れをお手伝いしたり、この前はマカロさんが毛玉を吐いていたので片付けました。あ、でもマカロさんのブラッシングをしようとしたら逃げられてしまって、…ぶブラッシングと爪切りに関しては一部の方以外許してくれないみたいなんです。面白いですよね」

「頑張っているのですね」

「……っはいっ。その、…話し始めに言葉が詰まったり連続したり、言葉が不自由な僕でも受け入れてくれるアゲセンベ家の方々は、お、お父さんとお母さんみたいで役に立てたらって、頑張ってます」

(ビャスさんは早くに流行り病で両親を失い、吃音きつおんもあって村では冷遇されてきた。居た堪れない過去をもっているのはゲームでも変わらずで、パン屋の老夫婦を両親のように慕っていたから、…そういう愛情に飢えているんだろうな~…。アゲセンベ家に仕える人たちは平民の出が多いみたいだし差別や冷遇もなさそうなところを聞くに、こっちの世界でも善い人たちから可愛がられてて何よりだよ)

 推しの表情は幸せそのもの、衣食住に困ること無く、役目を与えられ頼りにされ、冷遇なんてされることもない。リンは仕事の彼是を語るビャスを可愛く思いながら、話しにしっかりと耳を傾けていく。

「そういえばマカロさんってアゲセンベ家で飼われている猫ちゃんですよね?」

「は、はい。そうです」

「前回お邪魔した時には見られなかったのですが、どんな猫ちゃんなんですか?」

(ゲーム内でも登場していない猫。…いや飼われていたのかもしれないけれどゲームのチマは寮暮らしで、屋敷は背景すらない程登場しなかった)

「……っ大きさが九〇センチくらいで、鼻から尻尾までです。毛色は橙色オレンジっぽい茶色の、落ち着いた性格で…ええっと、触るだけなら全然怒ったり逃げたりしないんです」

「九〇センチ…、結構大きいんですね」

「…はい。お嬢様が抱きかかえている姿をみると、ちょっと驚きます」

 チマは結構小柄な体躯をしているのと、本人も猫系な見た目なので、大きな毛玉が服を着て歩いているようにみえるのだとビャスは語る。

「学校に行ってない日はお嬢様に毛繕いブラッシングしてもらってたり、私室の長椅子で一緒に丸くなって寝ているんですよっ」

「見たいっ!!」

「っ!?」

「あっごめんなさい、つい大きな声をだしてしまって。チマ様とマカロさんがお昼寝している姿なんて、眼福だと思ってついつい気持ちが高ぶっちゃいました」

 ペコリとリンが頭を下げれば、ビャスは大丈夫だと身振り手振りで表して、頭を上げてもらう。

「ぼ、僕も驚いただけなので、大丈夫です。ただ…、…お客様が来ている間にお昼寝をすることはないので……」

「そんな何がどうしても見たいってわけじゃ、…わけじゃないけれど。ちょっと惜しいです」

 良い策はないかとビャスは首を傾げていく。


「っくしゅん!」

「体調不良ですか?」

「心当たりはないのだけど、まあ要人はしておくわ」

「なら本日のお勉強はこのくらいで片付けましょうか。学校では退屈と仰言ってましたし」

 教本を閉じた家庭教師は、メガネを蔵い一息つく。幼少からチマに勉学を教えてくれている彼女は、ニコニコと笑顔を浮かべてはお茶の用意をして、茶菓子を並べた。

「そろそろ家庭教師も不要になってしまいますかね」

「そうね、後二年半くらいかしら」

「うふふっ、後一年もしないうちに、三年生までの勉強は終えてしまいますよ」

「なら学院の勉強でも良いわ、先生であれば教えられるでしょ?」

「学院となると私も勉強し直さなくてはいけませんねぇ」

 ほのぼの笑顔の家庭教師が用意した茶で喉を潤し茶菓子を食んでいくと、長いこと彼女と顔を合わせているが相手のことをよく知らないとチマは考えた。

「先生は普段は何をしているの?別の生徒への家庭教師?」

「チマ様にお勉強を教えていない時は、学院で勉強を教えています」

「学院の先生だったのね。…なら勉強のし直しなんて必要ないんじゃない?」

「間違えがあってはいけませんので、教師というのも日々常に勉強なのですよ。昨年の常識が今年の常識とは限りませんから」

「ふぅん、そういうものなのね。でも史学なら、過去が変わることなんてないし気楽でいいわ」

「うふふっ、歴史もそれなりに変わるものなのですよ。新しく発見された文献が、今までの解釈をひっくり返すなんてこともありますので。直近、といってもチマ様の生まれる前なのですけど…ケニャ王の在位期間が違っていたという話がありまして」

昇暦一〇四一年いきはよい即位のケニャ王よね。王子であったクォへ王に譲位するも病で亡くなってしまい、再び王座について崩御されるまで王の責務を全うした」

「はい。二年間と短い期間ということもあり、クォへ王が即位した記録が失われていまして、フュン太上王が一一五代から一一七代に変わる大騒ぎだったのです」

「第何代って事細かに記録していたわけじゃないのね…」

「みたいです。その時の気分で名乗っていた時期もあるみたいで、面白いですよね」

「ご先祖様ながら少し頭が痛いわ。…記録が新たに見つかれば、これからも変わる可能性があるし…実はフェヴ王とは血縁がありませんでした、なんて言われる可能性もあると」

「そうです。後者に関してはここ一〇〇〇年弱は確実な記録があり、公表がされた場合に王権が揺らぐことはないですが」

「地盤を崩そうとする輩は現れるだろうし、国は荒れるわよ…」

「ドゥルッチェ王国は幾度となく危機に見舞われましたが、乗り越えてこれた歴史を持っています。これからもきっと、我々ドゥルッチェの民は、王家に寄り添い歩んでいきますよ」

「そういう時は知恵者である先生に頼るわ」

「しがない一教師に務まる事とは思えませんが、チマ様のお願いであれば断れませんね」

「あっそうだわ。ちょっと先生にお願いしたい事があったのよ」

「そうなのですか?」

「再来年には周年式典があるでしょ?それに際して諸外国について学んでおきたいの。流石に先生一人では大変だと思うから、必要なお給金を払うから頼りになりそうな方を引き入れてくれていいわ」

「なるほど。そうですね、チマ様のお立場であれば諸外国の賓客とも接することはありましょうし、諸外国文化と軽い歴史は学んだ方が良いですね。…畏まりました、頼りになる宛もありますので李月7月を目処に開始しましょう」

「頼りになるわ、先生。お父様には私の方から連絡をしておくから」

「よろしくお願いします」

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