六話 登城の足音は小さく響く!④
「失礼します」
「ん?おお、チマじゃないか!父上と母上にでも会いに行っていたのか?」
「はい、正に。一緒にお庭弄りをして参りました」
「そうかそうか。チマが訪れて二人共喜んだろう?」
「ええ、大喜びでしたわ」
シェオとビャスは執務室、どころか政務区画に入ることすら出来ないので再び待機させて、叔父であるロォワと父のレィエの許へ足を運んでいた。
「お仕事は…大変そうですね。何かお手伝いでも出来たら良かったのですが、立場的に…」
「厳しいね。チマがどんな道に進むかは分からないけれど、今は未だ学校に通う生徒の身だから、お父さん的にはそちらを優先してほしいな」
「ああ、少しばかり遅れた入学になってしまったようなものなのだから、学校生活を友達仲間と共に楽しんでこい」
「畏まりました」
ロゥワが椅子を手で刺し、そこにチマが腰を下ろせば政務官の一人が茶を差し出して、礼を伝えてから喉を潤す。
時刻は夕刻を少し過ぎて、茜色の空に薄っすらと星々の光が見え始める頃。特にこれといった用事もなく、顔を出すために足を運んだチマは、ゆっくりと周囲を見回して山のような仕事に眼を丸くする。
「先ほどお手伝いと、チマは言ってくれたよね」
「はい。出来ることは多くありませんが、多少の役に立てると思っていますわ」
「なら、今日明日のことではないのだけど、周年式典で
「国際公式戦ですか。国の
「ドゥルッチェ王国の王族に連なる公爵の娘だ、出場の可否を問われれば可能だな。但し間違いなくチマとレィエを面白く思わない派閥からの反発はある。が、そちらの方は此方で対処を行うから、参加して欲しいと私とレィエが頼んだら、参加してくれるだろうか?」
「…。…伯父様とお父様からの頼みと有れば喜んで出場しますわ。ドゥルッチェ王国の王族、
(なるほど、国際公式戦での勝利を掲げれば、アゲセンベ家とお父様の地位は盤石なものになる。これに乗らない手はないわね!楽しみを一時の義務に変えてでも、やってみせるわぁ!)
めらめらと燃ゆる闘志はチマの表情へと表れて。
(なんというか…)(ものすごく簡単に説得できてしまったね…)
ロォワとレィエはチマのチョロさに少し不安になった。
雑談も終えてそろそろ帰宅するかという時間になって、チマとレィエの二人が席を立てば、ロォワは思い出したかのように手を叩く。
「また近い内に一勝負しないか?持っていかれた道具を回収したいのでな」
「挑戦者からの対戦を拒む者はいませんわ、伯父様が都合の良い日程を用意してくださいませ」
「言ってくれるじゃあないか」
「ふふっ」
「良いだろう私、いや俺は挑戦者として挑ませてもらう。国王ではなく、一人のガレト・ロォワとして」
「では私は姪っ子ではなく、卓越者のアゲセンベ・チマとして眼前に立ちはだかりましょう」
ロォワを見下すなど一国民として有ってはならない事なのだが、それが許されるだけの強者がチマである。
歯牙を剥き出しな悪役顔で仁王立ちしていたチマは、ぷふっと笑いの籠もった吐息を吐き出して満面の笑みを作ってから踵を返して退室した。
(今の表情はデュロルートでチマと戦う前に見せたスチルと一緒。場所も執務室だったはずだから、…
「ふふっ、漫画の悪役みたいではありませんでしたか?」
「お父さんはチマが倒されてしまわないか心配だよ」
「伯父様に負けても道具をお返しするだけですから、問題ありませんわ。勝ったらどうしましょう」
浮々と足を進めるチマを見て、レィエは複雑な感情を渦巻かせ後を追っていく。
(チマに栄誉なんてなくても、他の貴族たちから認められずとも構わない。穏やかに幸せにさえ暮らしてくれれば私は満足なんだ。でも、…仲間と共に進んでいってしまうのだろうね、君は)
大切な我が子、そして生前の推しであるチマが楽しく幸せに生きていけることを願って、レィエは手回しを確実に行っていく。
(私に接触のない
レィエの生前はしがない会社員であった。
時間を見つけてはゲームを嗜み、緩やかな平凡な生活をしており、アクションゲームを求めて色々と探していたら、
物語にそこまで入れ込んでいたわけではないのだが、アクションパートの触り心地が良く気持ちよくプレイできたため、流れで隠しキャラを含めた全ルートをクリアするに至ったのだ。
そんな彼の推しはチマ。猫系獣人で見た目が可愛く、主人公に対して別け隔てなく接しては導いてくれる親友キャラに惚れ込み、どのルートでも同じ道を歩むことのできない寂しさを胸に、キャラクターグッズを買い込み、二次創作を楽しんでもいた。
ある程度時間が経って熱も冷めてきた頃に、彼は体調を崩して医者に罹ってみれば、大病が進行していて必死の闘病生活も浮かばれず若くして世を去ってしまう。
両親や親しい友人などへ申し訳なく思って暗い水底に意識が沈んでいくと、そこは別世界で、ガレト王家の第二王子レィエとして生まれ変わっていた。
生まれたての頃はこれといって出来ることもなく、あやふやな意識と記憶の中で数年を過ごし、情報を手に入れてみれば前世で遊んだゲームの世界。
ならばと思い立ったのは推しの生存ルートで、早くに王位継承権を返還し、兄であるロォワに仕える道を選んだのだ。
時を同じくして王城へ現れたのは、どこかチマの面影がある
誤算があったとすれば、本気で惚れ込んでしまったことだろう。
そうこうして、愛の証としてチマが誕生し、父のフュンが譲位すればロォワと協力し自身らの盤石な地位を確保するため奔走して、今日に辿り着いたのである。
(この一年を乗り越えれば、いや乗り越えたとしても面倒事は絶えないけれど、一安心は出来る。チマが誰を選んで誰と人生を歩むかはわからない、けれども晴れ姿を見るまで私は死ねないし、チマも死なせない)
「今度私とも布陣札しようか」
「はいっ!是非是非しましょう!」
満面の笑みを咲かせるチマに、レィエは心の底から幸せを感じた。
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