六話 登城の足音は小さく響く!③

「今日はこんなところでしょうかね、兄上」

「いい区切りであろうな」

 今上王たるロォワとレィエはググッと伸びをしてから、政務官に仕事を終わらせるよう指示を出し、卓上を片付けていく。

「二五〇〇周年式典、大きな時の節目に国王を務めるとはな…」

「毎回それですね」

「舞い込んでくる書類を睨めつけること丸一日、早く終わってほしいと思わぬ日はない。…それに、そろそろ姪っ子チマから、布陣札ふじんさつの一式も取り返さねばならんしな」

「勝てますかね、チマは手強いですよ」

「スキルを持つ分こちらが僅かに有利、駆け引きと読み合いの実力は対等。あとは運を引き込めるかどうかの勝負、取り返せるだけの目はある。…国際公式戦迄には取り返したい」

「前日にでも一時的に返してほしい、と伝えれば解決するじゃないですか」

「それでは面白くない。が、いざとなったら頼むとしよう」

 国王という立場上、チマと布陣札をして遊ぶだけの時間が無く、対戦回数も少ない。それ故にロォワの脳内には全ての対戦記録が事細かに残されており、対策や捲り手を考えていく。

「そういえばだ、デュロがチマを国際公式戦に引き込みたいなどと言っておってな。レィエの方でも口添えを頼めないだろうか?」

「構いませんが、チマを国際公式戦に出すのですか?」

「私は二年前の北方九金貨連合国ナインコインズユニオンで出場せざるを得なかったからな。再来年には出場制限が間に合わん」

「重要な盤面でしたからね。兄上が勝利を収めてくれたおかげで、…今までの負債を全て吹き飛ばせたところはあります」

 レィエが言い淀んだのは、低迷の時にあったフュン王に起因するからだ。

「締付は確実に外せた。だからこそ、『二五〇〇周年式典ではドゥルッチェ王国の再起を周囲に見せつける必要がある』とデュロが息巻いていてな。私も賛同しているというわけだ」

「となると相手が大事になりますね。くカリントとの勝負は避けて、北方九金貨連合国の獅子国イュースア、鹿国インサラタアに当てたいですね」

「奴らも私と同等の実力者がいるとは思っていないだろうから、はははっ腰を抜かすだろうな!」

「国内の公式戦にも顔を出していませんから、番狂わせにはなってくれますが…。…デュロの方からチマへの出場依頼を公的に出していただかなくてはなりませんね。それでも反対意見が多く上がってきそうですが」

「種族とスキルの数、そしてレィエの娘で年若い少女だ、反対など山ほど来よう。…反対に対する処理は提案をしたデュロに動かせつつ、必要であれば我々で手を貸してやれれば、八分方は問題なく進められような」

「卒業後の年に式典があると考えたら中々…、デュロにも苦労を掛けることになってしまう」

「式典を乗り越えられれば、暫くは安泰であろうよ」

「…ですね」

「なにか心配事でもありそうな間だが?」

「世の中とは上手くいかないものだと思いましてね」

(どちらかといえば、今年度末が私とチマ、そして主人公ブルード・リンの正念場。そのために準備はしてきた心算だ。何があろうと娘は守ってみせる)


「御機嫌好う、チマ姫様」

「ごきげんよう、グミー・ラチェ騎士」

 夕刻の王城にてチマはラチェと遭遇して足を止める。

「本日は…第六騎士団へご来所を?」

「ええ、そうよ。それにお祖父様とお祖母様の庭弄りのお手伝いもしていたの」

「そういうことでしたか。警護を務めている第一騎士団の面々から無礼を受けたりは?」

「第一に無礼者なんていないでしょう。丁寧な対応をしてくれたわよ」

「それは何より」

「もし仮にそんな者を離邸の警護に配置するようなら、色々と疑わなくてはならないわね」

 僅かに視線の鋭くなるチマに、ラチェは微笑みを送り口を開く。

「ですから問うたのです、お二人を愛し、耳の良いチマ姫様に。もう一度問います第一騎士団に問題はありませんか?」

「…。本日の訪問では問題なかったわ。護衛の二人を離邸の近くに置いていたから、軽々とそういう無礼を働くことが出来なかったとも言うべきかもしれないけれど」

 シェオとビャスに視線を送れば、二人共首を左右に振って何もなかった事を表していた。

「それは何より。第一騎士団も一枚岩ではありませんし、昔のことを根に持つ者や現状を面白く思わない者もおります。チマ姫様に限らずアゲセンベ家の方々はご警戒ください」

 忠告をしたラチェは弾む足取りで王城を歩いては消えていく。

「グミー・ラチェ騎士が言うのなら嘘や脅しでないわね」

(お父様を面白く思わない貴族は多い。失脚を狙うなら時期は…私なら…、今現在を含む周年式典前迄の期間を狙うわね。ふむ、…あのグミー・ラチェ騎士が態々私に忠告したことを加味すると、独自に動けるようにした方がいいわよね。……、そういう時のための人脈構築)

「私キャラメ・シェオは何があろうとお嬢様の味方であり続けます」

「っ僕も、ひ拾ってもらった恩義と、っとかありますので」

「ふふっ、安心していいわよ、頭数に入っているから。そもそもの話しだけど、大前提なのよね貴方達は」

 並外れたスキルポイントを有する侍従二人は戦力の要、荒事に発展した場合には頼らざるを得ない味方なのだ。

「はい」「っ!」

(現段階で、デュロがお相手を決めるまでは派閥に入ることは悪手、あっちの土台を傾けかねないから、お膳立てをしてくれた二人とリンを上手く取り込まないとね。…不登校のままならどんなに気持ちが楽だったか、…でも、こういうことを知らずに後悔もしたくないし)

 背反する気持ちを胸に、チマは自身の道を探っていく。

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