六話 登城の足音は小さく響く!②

 城仕えの貴族たちはチマの来訪に視線を向けるも、学校の生徒ほどわかりやすい反応はせず通り過ぎてから密々と話しをしていく。

 ドゥルッチェ王城にいて夜眼族やがんぞくを見かける機会は少なくない。それはチマの母であるマイが王妃の侍女として多くの日々登城しているからであり、レィエとは別方向で影響力があるからである。

 「学校よりも過ごしやすかもしれないわ」なんて呑気なことを口走るチマは、早々と王城内部を歩き抜けてひっそりと佇む離邸りていへと到着した。王族の住まいとしてやや質素な造りをしていながら、第一騎士団が多く配備されており、色鮮やかに夏の花々が咲き乱れるこの場所は、今上王へ王位を譲位した太上王たいじょうおう太上后たいじょうごうが隠居する住まいだ。

「ごきげんようチマ姫様。太上王ご夫妻はお庭に御出ですよ」

「ありがとう。ではシェオとビャスは此処で待っていてね」

「承知しました」「っ」

 二人は第一騎士団の邪魔にならない場所で待機し、チマ一人で庭へと小走りで向かう。

「お祖父様お祖母様!ごきげんようっ!」

「おやおや、急な訪問だねチマ」「うふふっ、ちょっと見ない間にまた大きくなりましたね」

 唐突に現れた孫の姿に笑みを咲かせる老夫婦は、太上王のガレト・フュンと太上后のガレト・パヌ。抱きついて頬へ口付けをするチマを可愛がり、三人で庭の長椅子で腰掛ける。

「今日はどうしたんだい?」

「ちょっと学校で必要な道具があったので、借りようと騎士団に足を運んでいたのですわ」

「学校でねぇ」

「ふふ、何を借りにきたのでしょうかね」

「当ててみてくださいっ。夏の野営会で使うものですよ」

 二人に挟まれたご機嫌なチマは溢れん笑顔を輝かせて、祖父母との時間を過ごしていく。

 彼女が心の底から慕って懐いている太上王フュンは、「不佞王ふねいおうフュン」と軽んじられる程に世間的な評判のよろしくない王であった。為人ひととなりは穏やかそのもので悪人ではないのだが、優柔不断な性格と政に対する才覚の無さがたたって、国威こくいを弱めることになってしまったのだ。とはいえ代わりに誰かを立てようにも、王位継承権を有する貴族は居らず頼みの綱であった王弟は流行病で急逝きゅうせい。暗雲立ち込める時代が続いてしまったのである。

 その状況を見かねたのは太上后パヌ。サヴァーラン伯爵はくしゃく家出身の彼女は、元々政務官として王城に仕える心算で学校へと通っており、政務をこなせるだけの器と才覚、そしてスキルを有していたので、彼を傀儡かいらいとすることで国勢を緩やかに回復させていき、今上王へ譲位するまでの間を食いつないだのだ。

 実権を握っているのがサヴァーラン伯爵家出身ともなれば、パヌの実家が黙っているはずもなく接触を図ったのだが、断固として接触を拒み王を導く后として振る舞ったと口々に語られているが、真偽は不明。

 フュンの代で反乱等が発生しなかったのは、ひとえにパヌのおかげであろう。

 そうして若くして二人の息子に国の行く末を託したフュンとパヌ夫婦は、王城の片隅で庭弄りをしながら孫を可愛がり穏やかに暮らしているのである。

「まあ大きなパンケーキを?今年の生徒会は面白いことを考えたのですねぇ」

「はい!皆で意見を出し合って決まったのですよ」

「私の時代ときはなんだっかた。三年間とも舞踏会だった気もするなぁ」

「お祖父さんと私が一緒に在籍した年は舞踏会でしたね。今でも思い出しますよ、壁の花になっていた私に『踊ってくれないか、林檎りんごの花のような貴女』と誘ってくれたことを」

「そ、そうだったか?ははは」

「それ、人口膾炙じんこうかいしゃの誘い文句になっているのですよ」

「え?」

「私と同じくらいの年齢の男女が、一番最初に誘う本命の相手への誘い文句だそうで、観劇の際にも耳にしましたわ!」

「お、おぉぅー…」

「うふふ、そんな事になっているのですね」

 声を腹の底からひねり出したかのようなフュン、そして彼とは対照的にパヌは高調させて喜んでいる。彼女からすれば王子殿下時代の彼から見初められた青春の一頁で、忘れることにない大切な思い出なのだろう。

「チマちゃんは言ってもらえそう?」

「三年生に成るくらいには、誰か一人くらいは言ってくれると思いますわ。直近は少し厳しそうですが」

「そうなの?チマちゃんなら引く手数多のモテモテさんだと思うのですけど…」

「モテモテでなくともいい、い人を一人と一緒になれたのなら、私たちの許へ連れてくるのだよ」

「はいっ」

(好い人ねぇ)

 生徒会の男衆を思い起こすも惹かれる気持ちは起こらず、精々が同じ組織の仲間程度で、なんとなく、そういう相手ではないと篩い落とす。

(デュロは…気心を知れているって利点があるけど、后妃なることと貴族勢力図が中々厄介になるのはほぼ確定。というか直系に夜眼族の血を入れるのは、余程のことがない限り避けたいはず。難しいわよねぇ)

 こういった悩みを、レィエたちに考えて貰いたかったから、学校へ行っていなかった事をチマは思い出す。

 誰を選ぼうが誰に選ばれようが、チマの婚姻は少なくない影響を及ぼすことになるのだから。

「お庭のお話をしましょう!先程は何の手入れをなさっていたのですか?」

「チマの尻尾のようにふさふさした赤い花を咲かせるキャットテールというお花の、鉢変えをしていたのだよ」

「そんなお花があるのですね。それじゃあ私もお手伝いしますわ」

「正装が汚れてしまうから、先ずはお着替えからですね」

「はいっ」

 チマは一旦着替えてから、祖父母の庭弄りを手伝っていく。

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