六話 登城の足音は小さく響く!①

「それじゃあしっかりと安全帯をしてくださいね」

「大丈夫よ」「…っはい」

 翌日。正装に身を包んだチマと小綺麗な格好の護衛シェオ二人ビャスは蒸気自動車に乗り込んでアゲセンベ家を出て、ドゥルッチェ王国の王城へと向かっていく。アゲセンベ家は王弟の住まいということもあり、王城直ぐ近くに位置しているので然程の時間を掛からずに側門へと到着し、アゲセンベ家のチマとその従者であることを示せば、容易く登城することができた。

 正門から入らないのは、事前に予約を行っていないことと、客人待遇での登城ではないからである。本日の予定は第六騎士団への鉄板の仮付け連絡と、チマが祖父母に会いに行くためで親戚の家に足を運ぶくらいの状態なのだ。

 とはいえ部屋着で王城内を歩くわけにもいかないので、服装はきっちりとした正装。緩く巻かれた銀灰色の髪には、よく映える青い桔梗ききょうの髪飾りを刺している。

 先ず向かうのは第六騎士団。

「あらシェオさん、また来てくれ、っ。お久しぶりですチマ姫様、本日は如何なご用事でしょうか?」

 受付の女性は居住まいを正しては、チマへ用件を伺っていく。

「楽にしていいわよ。ちょっと第六騎士団に学校の関連でお願いがあってきただけだから。通っても構わないかしら?」

「はい。今、入所許可証をだしますので、今暫くお待ち下さい」

(悪いことをしてしまったわね、外で待ってた方が良かった?)

(王城で危険はないと思いますが、旦那様を邪険にする貴族もおりますので、離れないで頂いた方が此方も助かります)

(…っ僕は貴族の彼是に詳しくないので…、びゃビャスさんがいてくると)

(わかったわ)

 密々話をしていれば受付は急ぎで許可証を三枚用意し、眉尻を下げて駆け寄ってきた。

「お待たせしました。此方が入所許可証となっております」

「ご苦労さま。これからもシェオが顔を出すと思うから、その時はよしなにお願いするわ」

「いえいえ、シェオさんには何時も何時もお土産を頂いてばかりで!騎士団施設なのでお怪我のないようお気をつけてお進みくださいねっ」

「わかったわ」

 満面の笑みを咲かせたチマに受付の女性は少し見惚れ、我に返ってからは自分の席へ戻って見苦しい姿になっていなかったかを確かめた。

(驚いたぁ、まさかチマ姫様がいきなりやってくるなんて。…色々と好き放題言われてるお方だけど、見下したような態度はしないし、シェオさんが熱心に仕えている事を考えると為人は良さそうよね。…、一度二度会っただけの私の事まで覚えてくれているみたいだし)

 「猫ちゃん飼うの、ありかもねぇ」と受付は呟いて、仕事へと戻っていく。


 さて、チマが訪問の予定も無しに第六騎士団詰所に足を運んだ場合に起こることはといえば、驚天動地の大騒ぎなわけで。騒ぎを宥めようとする彼女の言葉も聞かずに、詰所に残っている騎士は綺麗に整列してはひざまずいて頭を垂れていた。

 第六騎士団は男爵だんしゃく爵士しゃくしといった公侯伯子男士こうこうはくしだんし六爵りくしゃくでも、下位に位置する貴族や市井出身者が殆どなレィエによって新設された組織。故に彼によってすくい上げられた騎士団の面々からすれば、チマは恩義のある上司の愛娘。何一つ失礼が有ってはいけないと、姿を見せる度に大騒ぎとなっている。

「そろそろ慣れそうね…。皆楽にしていいわよ」

「「はっ!」」

「この前にゲッペで私を見たときはこうじゃなかった気がするのだけど、王城内だと詰所以外でも毎回こうよね?」

「いやぁ…、王城でチマお嬢にお会いすると視察みたいな感覚になってしまうもので」

「ごきげんよう、ウィスキボン・キュル第六騎士団長」

「どうもです。ウィスキボンうちの三男がお世話に成るみたいで、未熟者ですがよろしくお願います!」

 深々と頭を下げたのは第六騎士団の団長職を務めるキュル。年をしたリキュといった印象の男で、顔に実直と書いてある。

「私が世話になる側かもしれないけどね。今日は第六騎士団にお願いがあってきたのだけど」

「お願いですか?チマお嬢のお願いであれば、我々第六は地の果て海の彼方まで行進し、五つのお宝の献上をいたしますが」

「そんな仰々しいことでなくてね、騎士団の方で野外のお食事会をする時に使う鉄板を貸してほしいのよ」

「鉄板?あんなのをですか?ちっとばかし汚いので、洗浄をするだけのお時間はいただくことになりますが…何に使うんで?」

「学校で大きなパンケーキを焼くの」

「?」

「学校の催し物で夏の野営会サマーキャンプがあるのだけど、そこでの娯楽時間レクリエーションにとっても大きなパンケーキを焼く企画が立って、教師からの認可も得たの。だけど、今までに無い催しだから事前に予行演習をしておきたくて、大きな鉄板をもっている第六騎士団に協力を仰ぐことになったってわけ」

「なるほど!委細承知しました!然し我々第六では王立第一高等教育学校へは入場できません、そちらは如何しましょうか?」

「校門まで運んでくれれば、第二か第四が受け取ってくれるようグミー・ラチェ騎士が話しを通してくれるって」

「承知しました!お前たち聞いたな!準備だ!鉄板のな!!」

「「はっ!!」」

「日程は追って連絡するわ」

「ご連絡を心待ちにしております!」

 そんなに必要ないだろうという人員が倉庫へと向かっていき、見事な連携で大鉄板を運び出しては全身全霊を賭して洗浄作業へ勤しんでいた。

「急なお願いだから、今度差し入れをシェオに持たせるから、美味しく食べてちょうだいね」

「有難き幸せ」

「何か要望はあるかしら。男性の多い場所だし、お肉とか?」

「そうですね、食べ盛りの団員が多いので肉類は助かります」

「分かったわ。準備させるから、鉄板のことはお願いね」

 敬礼をしたキュルと団員らへ微笑み、チマは第六騎士団を後にした。


「あれ?あっ団長、これはなんの騒ぎですか?」

「急な視察でも決まりましたか?そうならば書類の片付けもしなければいけませんが…」

「ミザメにユーベシ、戻ってきたか。いやなに、さっき程までチマお嬢がご来所なさってて、その関連で忙しくなっているんだ」

「チマ姫が?どんなご用向きで」

「学校で第六うちの大鉄板を使いたいから貸してほしいって内容を態々ご自身でな」

「一言ご連絡いただければ、それだけで喜んで協力するのですがね」

「アゲセンベ親子の良いところであり、…彼是あれこれ言われてしまう原因でもあるんだよなぁ…」

 「第六の地位が上がれば」なんて団長副団長は考えるのだが、歴史とスキルを重んじるドゥルッチェ王国に於いて、新設組織であり騎士に必要な最低限必要な特化構成の者が多い第六騎士団では、今直ぐにどうこうできることではないので溜息を一つ吐き出して、賑やかしい騎士たちへ視線を向ける。

「というか…あんなに群がって洗浄する必要、あるんですか?」

「あるとおもうか?ねえよ」

「そんじゃ人員の振り分けしてくるんで。おーい、人が群がりすぎだ!分担してやるぞー!」

「また賑やかなのが一人増えて。んで市井警邏の結果はどうだった?」

「レィエ宰相が仰っていた件は発見できていません。あくまで可能性ということですし、現状の政策とそれから連なる市井への影響を鑑みれば、市井の者たちが王政を転覆させようなどという考えには至らないかと思いますよ。どちらかといえば」

「貴族方面の不満か」

「ええ」

「俺は政治に明るくないからアレなんだが、王族を排斥し貴族が国を取り仕切る国もあるって話だろう?」

侯伯こうはく制議会ですね」

「それらが上手くいっているかどうかは扨措さておき、国の舵を欲しがる貴族なんて五万ごまんといるはずだし、模倣先として目をつけるのもなくない話だ。第一じゃ見つけ難い市井への警戒は、第六こっちで上手くやらんとな」

「そうですね。…現状はアレですが」

 ディンが尽力しようやく分担した作業へと移りだした第六騎士団の面々に、二人は呆れ顔を見せたのである。

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