五話 生徒会っ!①

「……車出してくれて、あ有難うございます」

「いえいえ、お安い御用ですよ。…、今度に蒸気自動車を運転できるように練習しましょうか」

「はは、はい」

 ビャスは家令かれいのトゥモと共に車で郊外へと駆けていく。

 今日はビャスが護衛を外れ、自身の実家へと荷物の回収へ向かう日である。確実に保管すると村長が保証してくれてはいたものの、彼の家族が大人しくしているとも思えないので急ぎ向かうようにと、シェオから指示があったのだ。

 農村に見合わないお高い車輌に住民は「何か何か」と視線を向けて、口々に、あることないことを言っている。

「…、あそこです。あの屋根が欠けたとこ」

「承知しました。家の前に停めて荷台の準備をしていますので、荷物の選別等をお願いします」

「…っ」

 首肯しゅこうしては安全帯を外し、ビャスは蒸気自動車を降りると、見知った相手が群れてやって来た。

「おい、ビャス。お前がなんでこんないいところの車から降りてくるんだよ」

「…っ、雇ってもらったから」

「はぁ?お前なんかが?」

 村長の息子は納得のいかない表情でビャスの頭の上から爪先までを確認し、質が良く凝った意匠いしょうのアゲセンベ家使用人衣で、荷台の準備をしているトゥモと同じもの。

 田舎の小僧であろうと、良いところの貴族に仕えていることを一目で察せられ、面白くないと腹が立っていく。

「どうせ、お前なんかが仕えているところだ。くっだらない家なんだろうな!」

「…」

(ここで騒ぎを起こしたら、お嬢様が悪く言われる…、けど)

「…僕が仕えているところは、格式高いちゃんとした場所だっ!お嬢様も旦那様も奥様も、シェオさんやトゥモさん、みんなみんないい人たちなんだ!!」

 ナメられたまま家格を落とすようでは使用人失格、そのための質の良い衣や礼儀を教わるのであり、アゲセンベ家が低く見られない為にビャスは声を張る。

(もう少し冷静に対処できれば満点なのですが、今は及第点といったところでしょうね)

「当方はアゲセンベ公爵こうしゃく家に仕える従者で、私は爵士しゃくし地位を拝命しているポプコン・トゥモと申します。本日は先日に使用することとなった、ティラミ・ビャスの私物の回収にと足を運んだ次第なのですが、…何か問題でもありましたか?」

「いや、…何でもない。もう二度と顔を見せるなよ、この村には居場所がないんだからな!その家も、燃やしてやる!」

「…っ」

 虐めてくる相手だが世話になった村長の息子だと、自身に言い聞かせて腹を立てずにいたビャスは、アレらと顔を合わせることがなくなって清々する気持ちと、一四年過ごしてきた思い出の実家を手放さなくてはならないうら寂しさが混じり合い、難しい表情で振り返る。

「我慢を強いる事になってしまいますが、…お嬢様には何事もなく無事回収作業が終わったと報告をお願いしますね」

「…はい」

(お嬢様は怒るから、このことは心に秘めてくんだ)

 「悲しい決断をさせないでほしい」という言葉も彼の胸には収まっている。

「手伝いますので片付けをしてしまいましょうか」

「っ」

 ビャスは首肯して、扉を解錠し掃除のされた家から必要な物品だけ回収していく。


(枠の無い猫と思しき爵徴しゃくちょう、枠が無いのは…貴族家の中でも王族に近い公爵だっけ。…、こんなところに王族の従者が足を運ぶだなんて思ってなかったから、教えていなかった私の責任だ…)

 村にやって来た余所者、そして綺麗な衣服に身を包んだビャスが現れたと聞いた村長は、急ぎ駆けつければアゲセンベ公爵を示す爵位のしるしが刻まれた車輌。高級車というよりは使用人が作業に使うような見た目であることへ、僅かばかりの安堵をしつつ、胃がじ切れん思いで足を進めた。

 他国と比べれば市井への当たりが柔らかなドゥルッチェ王国であるが、粗相をしようものならば首が飛ぶことも十分にありえる相手。支援や施しを行うのも文化の一端と優秀な者を召し抱える為であり、ナメて掛かっていい相手ではないのだ。

(知り合いのパン屋で世話のなっているとばかり思ってたけど、…貴族家に召し抱えられるなんてどういう風の吹き回しなんだろうか)

 村長としては、子供がおらず店の継ぎ手のいない優しげな夫婦のもとへ紹介状を出し、親子とはいかないまでも良好な関係を築けるように、ビャスが言葉を得意としないが働き者であると文言を添えていた。

 結果を見ては驚き千万である。

「あー、ビャスはいるかい?」

「…、はい」

 荷物を仕分けていたビャスは、村長の声を耳にして顔を出し小さく礼をした。

「元気そうでなによりだよ。…追い出した側の言葉ではない気もするけど、安心したよ」

「…っ村長は気にしないでください。おおお世話になってばっかりだったので」

「そういって貰えると気持ちが楽になるね。私も荷造りを手伝おうかな」

「はいっ、お願いします」

 せめてもの罪滅ぼしと村長はせっせと荷造りの手伝いをして、不要な品々は村の方で処分すると提案をする。車輌に積みきれないことは明らかだった為、ビャスは承諾し、半日を掛けて作業を終えた。

「アゲセンベ公爵家…、学がなくて詳しい事はわからないけれど、良い雇い主と職場に恵まれたようで本当に良かったよ。この村では苦しい思いばかりさせてしまったし、今の場所で頑張り、そして幸せになってほしい」

「…っ」

 首肯したビャスは、口をハクハクと動かして、一度呼吸を飲み込んでから。

「、お世話になりました村長。りょ両親のお墓はお願いしますっ」

「任せてくれ。あの二人にはそれくらいしかしてやれることがなくなってしまったからね…」

「それでは我々はこれで失礼します。此処での回収作業は無事、何事もなく終わったと主へ報告するので安心してください」

「助かります」

 蒸気自動車に乗り込んで村を立つ二人に手を振り、彼らを睨めつける息子を見て、村長は溜息を吐き出すのであった。

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